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「……っ、ご、ごめんなさい……ぼく……」
こういったことは、よくあったが、藺連は、いつも、どのように、母に向かって言葉を発せば良いのか、解らなくなってしまう。母の怒気を目にするとそれにあてられてしまって、身体が動かなくなる。何度されても慣れることのない母の不安定さ。藺連は、いつも、母の顔色を窺い、不安におびえるしか無かった。今回は、それすらできなかった。藺連は、ただただ、顔を俯ける。母の顔をみていられなかったのだ。
母が、藺連に向かって何か叱責をしているようだが、藺連は、母が何を言っているのかを理解するのを身体が拒否してしまったようで、何も頭に入ってこない。ただただ、真っ青になり、顔を俯けていた。
何の反応もない藺連の姿に、母も言える言葉をなくしたのか、いつの間にか母の叱責は終わっていて、藺連は、自らの部屋の壁に背を預けていた。
——間の記憶が、全くない。
藺連は、暗い目をして、顔を俯けた。
(……ぼくが、きちんとした立派なものも創ることが出来ない、出来損ない……だから、きっと、お母さんは、いつも、……きちんと、ぼくを見てくれない……のかな)
母の目は、いつもどこか藺連を見てくれていないことを、気づいていたから。心がこおっていくようで、藺連は、ぎゅっと、ひざを抱え込んだ。
姉さんに会いたいと思っても、……もう今日は会うことが出来る時間は終わっていて、目の前が真っ暗になったような気持ちになって、藺連は、そのままこぼれそうな涙を小さなこぶしで拭った。