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——たとえば、その家は、つたでおおわれて白いかべの。
藺連と、呼ばれた少年は、縁側に入り込む光の影のゆらめきに、美しい新緑の見事な庭木の初々しい鮮やかさに目を奪われたまま、夢中になって、空想の家のなかをかけまわる。
それは、いつか姉さんが見せてくれた絵本にでてくる下町の白い壁のレストラン。美しい白い壁と緑の蔦が絡まり、藺連はそのあまりにも美しい絵の世界に魅入られたようで。
老舗のレストランという設定のその洒落た洋館風のレストランには、白百合がモチーフにされていて。
そのレストランがとてもきれいだと言ったら、姉さんは美しく頬をパッと蒸気させて、
『私も、藺連と同じ、私、白百合の花が好きなの。母さんがこの絵本に出てくる白百合の花が好きで、いつも私に読み聞かせてくれて……。だから、私、母さんと同じ白百合の花が好きになったの。この本は私の宝物よ。ひとにみせたのは、藺連が、はじめて……!』
そう、蒸気した頬で嬉し気に微笑んで、姉さんのその言葉に、藺連も、その本が好きになった。
藺連が、気になったのは、惹かれてやまないのは、きっと、白い蔦の絡まる洋館の方であったけれど……
夢見心地で、外の光のまどろみに目を奪われ、空想の世界を駆けている藺連は、当然、手元の創りかけのお人形には手を触れずに、魂すら外側にむけて……
そんな藺連の意識を破ったのは、頬に感じた、
まるで、破れるような熱い衝撃。
はっと、手を頬にあてて、そのまま斜め上に顔を上げると、そこには、口もとをわなわなと震えさせる女性の姿。
——先ほど藺連を叱責していた、母、清古の姿だった。顔は、怒りで真っ赤になった彼女をこわごわと見つめて、藺連は、狼狽える。
——母にぶたれたと解ったからだ。