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 「……藺連イズ、どこに行っていたのです!あなたには時間がないのですよ。今度のお披露目で、あなたの作品も並ぶのだから……布地など、大まかなものは決まっているのですか……」


 藺連と呼ばれた少年は、白い面を俯かせると、ほんのすこしピンっと水が張りつめたような目をして、その一瞬後には背筋を伸ばして、はい。と透明な声を響かせた。彼の髪は、つややかで、よくよく見つめれば、少年と言っても凛とした表情は、人を何故か引き付けるものがあるようで


 受け答えに満足した、女性は、ほっとしたように肩の力を抜いたよう。どこかとげとげとした彼女の言葉が丸みを帯び。その声音の変化に、少年は敏感に目元をゆがめたが、それは微細な……変化で気づけるものはその場にはいなかった。

 

 その日も、作業場には、ピンと張りつめた静けさが漂い、精錬とした雰囲気に、藺連イズは、緊張した面持ちとなる。清潔な日の光が十二分に入ってくる作業場には、(けれど、布地などには光をあてぬよう、絶妙な光の加減の部屋)父の弟子と言われる大人たちが、作業着姿で、人形制作にあたっていた。今度の個展に出展する父の作品一点ものとは別に、父のお眼鏡にかなった者たちの作品も出展されることに決まっており、作業場は静かな熱気に包まれていた。生き人形と言われる父の作品は、主に球体関節人形で、人形の身体の関節部分を動かすことが出来る。


 藺連は、姉さんをイメージした人形を創ろうと考えていた。今まで様々な父の作品を模写してイメージを掴み、木の肌を削り、人形を組み立て、いくつもの命のこもらない人形を創り捨ててきた。澄ましたお人形さん。藺連イズの作品はいつだってその域を出ない。


 藺連が創り出した人形は、どうしても父の作品のように表情を生み出してはくれなかった。どこが悪いのか解らない。丸い目のお人形。彼女は、細い手足をきちんと整えて、座って藺連をじっと見つめている。瞳を入れてもいない、髪も作ってはいない、まだ空っぽのお人形の形。それを見つめながら、藺連は、何故、ぼくはお人形を創らなければならないのだろう……と、思えていた。


 周りの大人たちを見つめれば、藺連よりもはるかに美しい人形たちに向かって真摯に作業をしているように見える。藺連のように、人形から目を背けている者たちなどいなかった。彼らは、人形を真摯に愛しんでいる。


 ——ぼくは、姉さんの人形を創ろうとすることより、まじかで姉さんのピアノを聴いている方がずっとずっと幸福で、……それに……と、


 ぼんやり、藺連は、大きな日本家屋、縁側から見える見事な庭。庭と共にある、大きな窓。そこから光が差し込む様をうっとりと見つめた。


 ——それにぼくは、お人形よりもずっと、お庭や、建物の不思議な光の模様や、そういったものを見つめている方がずっと……ずっと、好きなのに。


 


 

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