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 まだ、年端もいかない……けれど、その年頃にしては、理知的な目をした、少女が、傷ついたことのないような滑らかな白く小さな指を滑らせて、嘘みたいに美しい旋律を響かせて。


 彼女のグランドピアノには、楽譜が添えられていなかった。……彼女は、ただ、自らの今の感情を美しい旋律に変えて、たった一人の観客に聴かせているところ。


 小さな少女に合わせた高めに調節された椅子に負けないくらい高めに調節された椅子に座った少年が、まるで見ようによっては鋭く見えるだろう瞳をこれ以上ないほど美しくきらめかせて、小さな

ピアニストの奏でる音に酔いしれて。


 ポロン、とピアノの音色がとまり、少年は、きらめく瞳のまま、少女に今の感動を言葉にして伝えようと、まるで、言葉にできないと全身で伝えるように、吹き出す感情を抑えられぬように勢いよく


 「……ぼく、ぼく、姉さんのピアノの音、ぼく、とても好きです。なんて、なんていうんだろう!まるで、聴いたことのないくらい、うつくしい、音がするんだ。きれいな!まるで、いま、ぼく、水辺でのどをならす、緑の小鳥になったきぶん!でした。周りはまるで美しい緑のなかで!姉さんの好きな白百合のはなもさいています。はぁ、本当に、きれいだったんだ!姉さん、今の曲は、なんてタイトル

なんですか?」



 興奮冷めやらぬ様子の少年を見つめ、澄んだ目をした少女は、静かにやわらかな笑みを浮かべる。



 姉さんと少年は少女のことを称しているが、少女と少年は見た目の印象から全く違い、二人は全く似ていなかった。少年は、少女よりもより若く見えるが、少女の柔らかな雰囲気よりもずっと、その鋭く見える目のせいかかたい印象に見える。一種鋭い刃のような少年の様子が柔和な様子に緩むとき、少女と少年は、まるで一枚の絵のように美しく馴染んで見えた。


 「まあ、藺連イズったら、いつもおおげさなのだから……こんなのだれでもひけるわ。藺連イズだって……でも、ほんとうに藺連イズの表現ってすてき。私、藺連イズに聴いてもらえるの好きよ。

この曲は、いずみってつけたの。でも、そんなに気に入ってもらえたなら、藺連イズってタイトルにして……あとで紙に書きとめてあげる。藺連イズもいつかひけるように」



 少年は、歓声を上げると嬉しそうに目を一層輝かせて、少女に抱きついた。生憎、少女の方が少年よりも背が高く、少女の腰元にコアラのように抱き着くような様子で。


 ——するとその時、……少年に対してだろうか、探すような叱責が、廊下の方から聞こえてくる。



 僅かな休憩時間の合間に密かに少女の部屋に入り込んでいた少年は、途端、暗い顔をすると、少女に、悲し気にお礼をつげると、


 ぱっと、部屋から走り抜けていった。

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