70.それは、空のように
彼女は、程なくして、僕の姉さん、となった。初め会った頃の彼女は、全く何も話そうとはしない、本当に人形のような子だった。
—―全く、表情を変えようとはしない。歳は、僕よりも数か月、姉さんの方が早く生まれていたから、僕には行き成り姉さんが出来た。
……母さんは、厳しい人でね。—―僕が人形師の才能がないと早いうちから見切られないかといつも恐れていた。……その当時、僕は気づいてはいなかったのだけれど、……僕は、父さんの子ではなかったらしい。……顔も全く似ていなかったし、それは、一部ではもう密やかにささやかれていたものだった。母は、この家に出入りをしていた庭師の男と関係を持ち、僕を身ごもった。—―そんな事情もあって、母は、正妻だというのに、いつも、本当にぴりぴりしていた。
毎日毎日、嫌になるほど、母さんの叱責を受けて過ごした。まだ幼児だというのに、毎日、何時間も模写をさせられ、人形師としての知識を刷り込まれるように植え付けられて過ごした。
姉さんとは中々会わせてもらえなかった。姉さんは、僕よりもさらにひどい立場に置かれていたようだから、父さんが側で姉さんを見守っていると、その当時の教師に聞かされていた。僕の教師は、父さんのお弟子さんの何名かが交代で行っていた。母さんがそうさせたのだった。
僕は、教科書通りのものはつくれるようになっていた。これでも、器用な方だったから。
—―けれど、僕がいくら模写と同じようなものを作り出しても、皆、芯からほめてくれないことは、なんとなく僕も解っていた。
一度、障子の隙間から覗き見ただけの僕の姉は、父が天才と称すほどの子で僕とは違うのだろうと、僕は全く疑いもせずにそう思っていた。彼女は、あの瞬間から、僕にとって、ひどく何か神聖なものにしか思えないほど、鮮烈な印象を僕に与えていたから。はかなくて、人ばなれしていたそんな人形のような彼女に、僕はきっとあこがれ以上のものをその当時から持ち続けていたのだろう。