62.それは、空のように(5)
わたしは、一枚目の手紙を、ぐちゃぐちゃな気持ちでめくった。よく解らない感情が、次から次へと押し寄せて、顔を青ざめさせて
……未だに自分が、倒れていないことが奇跡に思えた。……意外に、わたしは、頑丈にできているようだ、と、自虐的に思う。……血を吐くような気持ちで、まだ終わらない手紙をめくる。
**
多恵、……ここから先は、……僕は、君に手紙という形ですら、伝えきれない、
……こんな、無機質なもので、君に伝えて良いはずのものでもない……
……だから、……多恵、きっと、僕からの一生で初めで最後の君へのお願いを、どうか、聞いてくれないか
……君が、これ以上知りたくない、というのならば、この手紙の先は、破って捨ててしまい、君は、今までのことを全て忘れて、君らしく、自由に生きて欲しい。
君が、一生困らないだけのものは、……準備出来ていると、僕は自負している。……僕が、君にあげられるものは、……それしか、残されていなかった。
多恵、すまない。
本当に、本当に、君を愛していた。
**
わたしは、震える指先で、その手紙の最後の部分を見つめた。
……そこには、知らない人物の名前と、その人物の住所、
そして、その人に聞いて欲しい、全ては伝えてある、という言葉、
そして、父からの、”本当に、本当に、君を愛していた。”
という、言葉……だった。
**
手紙をぎゅっと、握り締めて、ぎゅっと胸に押し付ける。椅子に座っていて良かった、と思った。
……座っていなければ、きっと、わたしは、力が抜けたまま、沈み込んでしまっていただろう、どこまでも、どこまでも、底なし沼に、引きずり込まれていくかのようなそんな、場所まで、沈み込んでしまっていただろう。そう、思った。
**
何時間、そのままの状態だったろうか、しわになってしまった手紙を開き、奇麗にして戻そうと、やっとわたしが、手紙に目を向けて、ふっともちあげたとき、手紙と手紙の間に挟まっていたのだろう、モノクロの写真が机の上に滑り落ちてきた。
ひらっと、机の上に留まった写真を目にして、わたしは、思わず、涙をこぼす。
……そこには、……わたしに面影が似ている細身の女性と、少し緊張気味に、それでも幸せそうに、穏やかにほほ笑む父、そして、笑みを浮かべる細身の女性に抱えられていたフリルがいっぱいついた産着を身につけられた赤子が、すやすやと眠っている、そんな幸せそうな写真だった。
ぽたっぽたっ、と、写真の上に零れ落ちる涙
それが、何の涙なのか、わたしには、もう、判断がつかない。
ただ、ひとこと、
「……かあさん、なのかな、?ねぇ、父さん?わたしは、初めて……はじめて、かあさんに、……」
言葉は、最後まで口に出来ずに、途切れて、嗚咽にまぎれて
わたしは、むなしさに、肩を落として、ぼろぼろと、泣いた--
**