59.それは、空のように(2)
ガタッ……カタッ
倉庫になっている小屋の扉をすこし突っかかりながら開ける。
……唯一、父が燃やさず残しておいてくれただろう場所、だ。
……それならば、ここに、……必ず、隠されている筈だった。
……父は、あの日、わたしに、何かを言いかけて、止め、激情に駆られた振りをして、こちらの場所へ、押し込めた……そういうことだったのだろう、……あれは、きっと
気づくことが出来なかった、……当然だ。わたしに、父の気持ちなど、推測できるはずもなかった。
--ずっと、隠されてきたもの、……父が、箱庭を維持するために、隠さなければならなかったもの。
倉庫の右の壁、スイッチを押すと、凝り性の父の趣味が詰め込まれたような、倉庫の様子が浮かび上がる。……そこは、まるで、父専用のおもちゃ箱のようで、隅の方には、わたし向けなのかもしれない、小さな子供が喜びそうなブリキのおもちゃが、今か今かと出番を待っているように、生き生きと飾られていた。
照明は、温かな暖色の光を辺りに広げ、
奥に設置されている天窓を開ければ、そこからは、柔らかな光がそっと入り込む。
屋根裏へ続く縄梯子は、その時初めて見つけた。
……わたしは、暫くその縄梯子を見つめて、これは後回し、と目線を奥まったところに向ける。
……父のことだから、それはそれは厳重に隠している筈で……、わたしは、壁を押しながら、隠し扉を探した。
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カコッ
微かな音がしたと思うと、そこは、くるりと壁板が回り、優しい音が流れる。
わたしが、ずっと聞いてきた……ピアノの音、『Ave Maria』
……ずっと、母が弾いているのだと、……わたしが、独り勝手に思い込んでいた、母の曲だ。
クルクルと回るレコードの針。
わたしが、こちらを開けると動くように仕掛けがしていたらしく、誰も居ないのに、曲だけが流れる。
……そこに、青い縁取りの白いドレスをまとって、真っ白な肌をした、……わたしが、母だと思っていた、蝋人形が、豊かな髪を何気なく纏めて、目を閉じたまま、そっと、柔らかそうな台に寝そべるように、置かれていた。
……わたしは、ひとつ、大きく息をすいこみ、ひとつ、息を吐き、
そうして、ぼろりと、左目から涙をこぼすと、
そこに、力なく崩れ落ちた--
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……父が守り続けた箱庭は、……それは、とても、美しくて、
涙がとまらないほどに
苦しかった
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