54.秘密(1)
わたしは、あの日、母に会ったのだ。
否、母で、あっただろうものに。
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--「わたしは、悪くないの、悪いのは、父さんよ」
一生懸命に、冷たいブリキの玩具に訴えかけている子供。
子供は、夢中になって、自らの中に潜むくやしさと憤りとさみしさをそのまま、人形にぶつけようとする。……心の中に収めておくには、辛すぎるそれを、外に吐き出したいというように、夢中になって
--「それに、何故、父さんはあんなに怒りっぽいの ……母さんだって、いつも、わたしの顔、見に来てくれない……」
子供は、零れ落ちる涙をぬぐおうとして、身体を身じろぎさせると、ぬぐおうとした指を目に当てた時、
不意に、倉庫の中に積んであったものに、腕が当たる。
--「うわぁああっな、なにっ」
子供の後ろに積んでいたいくつもの箱が崩れ、子供はバランスを崩して、後ろに倒れる。
--「い、いたたたた……」
……手に何かが触れて、それをつかみ、引く……と、
--そこには、指……白魚のような女性の手……が、あった。
……その指には、母さんの指輪がつけられて
子供は、息をのんだまま、後ろを振り向く。
……そこには、眠るように目を閉じた、母……が、いた。
蝋人形となった、母がいた。
今にも目を開きそうなほど精巧なそれは、まるで、生きているかのような……
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