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31. 白百合の香り
わたしが、母を思い出す時、かならず、香るように思う花がある。
……それが百合だ。
母の部屋では、一年中、白百合の花が咲いていた。百合の開花時期は、夏だが、父は、一年中、白百合が常に花をつけ香る環境を好んだ。
夏は勿論、冬も低温処理をした球根から咲かせた百合の花が常に庭先には控えており、母の部屋を白百合で埋め尽くした。
父に隠れて覗いた母の部屋は、むせかえるような白百合の香りで、常に満ちていたことを覚えている。
わたしは、その中で、ぼんやり庭が見える大きな窓を見つめる女性の後ろ姿を見て、母なのだろうと思った。
外に出ない母は、日に焼けることが無く、病的に見えるほどに、ぬけるような白い肌をしていた。
漏れ聞こえるピアノの音。
母が生きているのかそれとも……なのかを、わたしは、母が奏でるピアノの音でのみ、判断していた。
誰に教えられずとも。
わたしにとって、白百合の香りと、母が奏でるビアノの音色は、母、そのものだったのだ。
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