28/89
28 .黄泉わたり(17)
俯いたわたしに、影が掛かった。
ふわりと、柔らかな花の香りがわたしを包む。
……この香りは、知っている。
箱庭のような母さんの部屋を、わたしは一度のぞいたことがある。
……激怒した父さんに追い出された時。
部屋に満ちていたのは、香りの強い庭白百合の香りだった。
……白百合の花言葉は、純潔や、汚れのない心……けれども、白百合には別の側面もある。
死者からの生者への挨拶……ともいわれていて……
無実でなくなった方の復讐を告げるものと言われている。
赤……赤が満ちる。
わたしの目の前に広がる記憶の底の赤い海はーー
わたしを包んだ強い香りの後に、
わたしを覆うようにやわらかな母の腕がわたしを包み込むように覆う。
母の言葉がわたしにシャワーのように降り注ぐ。
こだまのようなそれは、いくつもいくつも、わたしの周りで弾けるようにわたしを包む。
いくつもの、ありがとうと
いくつもの、ごめんねと
いくつもの、
**
【もう、心を縛らなくともよいのよ】