13.黄泉わたり(2)
わたしの回復は、奇跡だと言われ、わたしは、とまどう ことになる。
わたしの若い担当医は、わたしが何事もなく起き上がっている様子を目にしたとき、すこしだけ、表情のない強ばった顔立ちを緩めた。
ぼんやり、と、わたしは、シミのない白いシーツに触れながら、病院特有の無機質で、消毒された匂いに不可解さを感じていた。
今まで気にしたことも無かったことが、目が覚めてから、わたしは、気になるように……否、正確には、気づけるようになっていた。
たとえば、身体を起こして、外をみたとき、窓の外の景色の中に、ほんのわずかに混じる湿った匂い。
ああ、雨が降るな、と感じたとき、その後、間も保たず、雨がぱらぱらと降り始めたり、
たとえば、無表情としか思えなかった、若い担当医のわずかな表情の違いに、気づき、何故か、細やかな感情の動きを把握できるようになったり、
母が、時折、わたしの手を気づけば撫でていることに、違和感を感じ取ったり、
一番、大きな変化は、
わたしが、母の表情を、まるで能面のようだと、感じるようになったことだ。
母は、傍目からみれば、表情がとても豊かなように映る。
それなのにも関わらず、わたしの変わってしまった感覚は、それを素直にそう取ろうとはしなかった。
どうにも、落ち着かない。
まるで、人形と話しているような錯覚に陥るからだ。
そう、まるで、わたしが、子供の頃に大事にして、片時も傍から離そうとはしなかった、ブリキのおもちゃ の、 それ に、母の面影が、重なる。