美術室編その2
「誰もいない」
人影はなく普通の美術室。だが、中に入ると私たちはある一ヵ所に目を奪われた。
イーゼルに置いてあった一枚の絵に可愛らしい少女が描かれていた。
「あからさまに怪しいな、この絵」
浅葉くんは絵を見ながら言う。
「でも惹き込まれる、素敵な絵だね」
「いい絵だけど状況的に描かれてる女の子がさ迷える者に関係ありそうだな」
「そうだね、オトナシさんにメッセージ送ってみるよ」
【美術室に着きました。女の子の絵がありますがさ迷える者と関係がありますか?】
【貴方たちは自分で考えることを知らないのかしら。彼女の名前と作品をちゃんと見つけて。】
「こいつ、上からすぎだろ。腹立つ」
「彼女とは絵の女の子のことだよね。この絵をよく調べてみようよ」
と怒る浅葉くんをたしなめる。
「そーだな」
私たちは絵の裏までくまなく観察した。
左から近づいて絵をじっと見つめる。
すると正面を向いて描かれている女の子の眼球が左側に動いて私は短い悲鳴をあげた。
「!? どうしたんだよ、いきなり」
浅葉くんが驚いて私の方を見る。
「今、さっき絵が左側を向いたの!」
少し興奮ぎみに話す。
浅葉くんが左から絵を凝視するが特に何も起こらなかった。
「見間違えじゃね」
「うーん、そうかな」
浅葉くんにはそう言ったが見間違えなんかじゃない。この絵のことをもっと知らなくてはならないと感じた。
「絵の右下に何か書いてあるぜ」
鉛筆で薄く消えかかっているが桃陽高等小学校二年七組という文字と下に書かれている五文字のうち三文字は識別できた。
「桃陽高等小学校?」
「昔、桃陽中学校は桃陽高等小学校と言われてたんだって。2年生なら確か、今の中学2年生だから私たち同い年だね」
「へー詳しいんだな」
「うん、桃陽高等小学校は私のひいおばあちゃんの出身校だから。旧校舎に関するいろんな話を聞いたよ」
「下の5文字は絵の女の子の名前かな。中何とか真何とか子さん……」
「例えば中井真佐子みたいな名前か」
うーんと浅葉くんは考え込む。
「裏にも何か書いてあるよ」
昭和十五年十一月とあった。
「すげぇ、昔だな」
「70年以上前だね。昭和15年5月までにこの絵が描かれたと考えるのが自然だよね」
「だな」
美術室全体を見て回ったが女の子に関する手掛かりはなかった。
「2年7組の教室に行ってみたら、名前が分かるかも」
「よし、行ってみっか」
一旦、美術室を出る。私は去り際は絵を見ると今度ははっきりこっち向いた。私には寂しげで何かを伝えそうなに見えた。
どうしたらこの人を救えるのだろうか。いや、救ってみせる。
「2年生の教室ってどこなんだろうな」
「ひいおばあちゃんの時と同じじだったら1階のはず」
「んじゃ、1階から探してみるか」
1階に降りて教室を探す。
「ここだね」
2年7組の教室を開けると木製の椅子と机がたくさん並んでいた。
私たちは手分けしてひとつひとつ机の中を見てまわる。
「うーん。何も入っていない。」
「あ、ここの机、何か入ってるぜ」
浅葉くんが一冊のノートを手に持っていた。
見てみると日記帳と書かれている。
「見てみるか」
人の日記帳を盗み見るのは気が引けるがそうも言っていられない。
私たちは椅子に座り日記帳を机に広げた。
「うっ、読みづら」
「これは、えーと」
【四月廿日 ついに最高学年の二年生になってしまった。学校を卒業したら、働くか嫁にいけと言われる。絵を学べる学校に行きたい。だが女だから絵の才能なんて必要ないと言われ親と大ゲンカした。絵が好きな気持ちは誰にも負けないのに。】
「と書いてあるね」
「読めんのかよ、桜井。すげぇな」
「ひいおばあちゃんが読書好きで古い本が家にいっぱいあったから、よく読んでたよ」
「だから、頭いいのか」
「それは関係ないと思うよ」
日記にいろんな出来事が記されてあった。
好きな役者の舞台を見に行ったこと、友達とケンカし仲直りしたこと、絵の賞をとり、学校新聞の載ったことなどなど。
ページをめくっていくと11月2日の日記に目が止まった。
【自画像が完成した。これは福岡に住んでいる祖父母に送ろう。そして、もう少しで完成する。まだ、誰にも見せてない私の最高傑作が】