第二曲 泣き叫べ 小鳥達よ
伊川達が美加達のカメラの異変に気付く十分程前に、美加達はドリームキャッスルの屋上に到達していた。
二人とも終止無言だった。
理由は二人ともガチで怖かったからだ。
眠れる森の美女だか白雪姫だか分からないが部屋の奥に棺(中身有り)が置かれていた部屋は扉を速攻で閉めて後にしていた。
2階には他にも扉があったが無視して突っ切り突き当たりの階段から屋上を目指した。
屋上はちょっとした広さがあった。
点々と双眼鏡が設置されていた。
昔は展望台として賑わっていたのだろうか。
美加が口元に指を立てながらカメラを双眼鏡の横に置く。そして、ゼスチャーで克美もカメラを置けと示す。
首を傾げながら美加の横にカメラを置いた克美を美加は屋上の反対側に連れていく。
カメラから十分離れたところで美加はようやく口を開く。
「ふー、暑いね。でも、さすがにここは少し気持ち良いか」
「ちょっと、美加。お仕事中だよ」
「良いの。
つくちゃん、彦ちゃんが頑張ってるでしょ。
少し克っちゃんと話がしたかったの」
美加はドリームランドの夜景を見ながら喋り始めた。
夜景といっても月明かりしかないのでドリームランドは黒いシルエットでしかなかった。
「話。
話ってどんな?」
「う~ん。克っちゃん、この仕事受けて怒ってるかなぁ~、とか?」
「え、別に怒ってないよ。どうして、そんなこと聞くの?」
「克っちゃん、歌を頑張りたいと思ってるのを知ってるから、こういうの嫌いでしょ」
美加はくるりと克美の方に向き直ると続ける。
「来週のプールイベントも水着、反対してたし」
「ああ、あれね」
克美は力なく笑い、手でお腹と背中を擦る。
「水着は単純に恥ずかしいのと自信がないから反対しただけなんだけどね……
ただ、みんなが水着の方ばかりに気をとられて歌を聞いてもらえなくなるのは嫌かな、とは思った」
「美加がアイドルに誘ったの、迷惑だったかな?」
一瞬、克美の目が丸くなる。
克美は驚くと目が真ん丸になる。同時にちょっと開いた口も綺麗な丸になる。ハニワみたいと揶揄されることもあったが、美加は克美の驚く顔を可愛いと思い、また、見るのも好きだった。
「そんなはことない。美加には感謝してる。
あの時の私は、歌がしたかったけど、じゃあ何をどうしたらいいか分からなかった。
ううん、違うなぁ。
やり方は知っていたけど単に勇気がなかった。
もしも、美加が誘ってくれなかったら、多分、なにもしていなかったと思う。
美加が誘ってくれたから、私は今、歌を歌っていられる。
それにつくちゃんや彦ちゃんにも出会えた。
だから感謝してる」
「そっか、なら良かった。安心した」
美加は本当に安心したようにニッコリと微笑んだ。
二人がカメラを手にして仕事に戻った時、嫌な音が屋上に響き渡った。
「え、なに、今、変な音しなかった?」
「う、うん」
キィ~
耳に障る甲高い金属音だ。
「うわ、なに。
どこからしてる?」
美加はあたふたしながら屋上を見渡す。
「あ、あっちかな。」
克美は両端に二つある尖塔の一つを指差す。
キィ~
キィ~
「な、なに」
美加は恐る恐る塔に近づく。
良く見ると壁の一部が剥がれそうになっている。
「違う、これ隠し扉?」
美加の背後から顔を覗かした克美が言う。確かに扉のようなものがある。それが風に揺れ、軋んで音がしているのだ。
扉の奥には螺旋階段があった。
「ね、この階段、下にも続いているよ」
克美が言うように螺旋階段は下にも伸びていた。
ドリームキャッスルの地下にある拷問部屋の噂。
二人は無言で顔を見合わせる。
「やっぱり、下だよねー」
「だな」
カメラを構え、二人は階段を降りる。
階段は延々と続く。
短いピッチでグルグル回るので、美加は少し目が回って気持ちが悪くなった。
屋上が四階建ての高さだったのでそろそろ地下に到達するぐらい降りたところでようやく階段が終わった。
「あ、開く」
扉には鍵は掛かってはいなかった。
扉の先は六角形の部屋になっていた。それぞれの辺に扉が付いてる。その内の一つが今、美加達が入ってきた扉だ。
部屋には埃が溜まっていたが、他の場所のようにゴミが散乱しているようなことはなかった。
ここへ到達したのは自分達が初めてなのか、と美加は思うとなんとも言えない息苦しさを感じた。
無意識にさわった克っちゃんの腕が粟立っているのが分かる、恐らくは自分の肌も同じだろうと広間をカメラに収めながら美加は思った。あれ程感じていた蒸し暑さがこの広間に入ったとたん感じられない。
むしろ、寒くすらあった。
クイクイと裾を引っ張られ、なにかと思うと克っちゃんが右手の扉のノブを指差している。
「わ、わたしに開けろって言ってる?」
克美は無言でコクコクと頷く。
克っちゃんは広間に入ってから美加の左腕にしがみついて離れようとしない。カメラを撮ることなどとうに放棄していた。
この根性無し、と内心で思いながら美加は右手の扉を開ける。
扉はなんの抵抗もなく開いた。
部屋を見て美加は言葉を失う。
部屋は思ったより小さかった。部屋の奥に大きな椅子が置かれボロボロの服を着た女が座っていた。座らされていた、と云うべきだろう。
何故ならば女の両手、両足は椅子にベルトで固定されていたからだ。
首にも太い革ベルトで椅子の背もたれに拘束され、無理やり上を向けさせられており、そして……
「拷問部屋だ」
克っちゃんが消え入りそうな声で言う。
まさしく拷問部屋だった。女の横には女の倍はあろうかと思える覆面の大男が女の口に棒のようなものを深々と差し込んでいた。
勿論、女も男も蝋人形だった。
しかし、何でこんな悪趣味なものがここにあるのか、美加には全く分からなかった。
二人はふらふらと広間に戻り、次の扉に向かう。
扉を開ける。
最初の部屋と同じような部屋だった。同じ大きさで椅子に女が座らされている。覆面の大男もいる。ただし、女は棒を飲まされる代わりに指を切断されていた。右手の指は既になく男は左手に取り掛かっている。
「なんなの、ここは」
胸のムカムカを我慢しながら美加は外に飛び出る。息が苦しい。
もう、これ以上は無理と心が折れそうになった時、背後の扉が勢い良く開いた。
耳元で克っちゃんが悲鳴を上げる。
美加はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受け、その場にうずくまる。
入ってきたのは彦○とつくちゃんだ。二人も入ってきた早々の克美の悲鳴の洗礼に腰を抜かし尻餅をついていた。
「あんた達、何でここに?」
美加の質問に、一階で探索をしていたらスタッフが来て屋上から地下の階段を使って美加達に合流しろと言われたと彦○が答える。
一体何があるのか、というつくちゃんの質問に美加は無言でさっきの部屋の扉を示す。
二つの部屋を覗いた後の二人は、美加と克美とほぼ同じ顔になっていた。
「で、次の扉、誰が開けるの?」
開けるのは確定事項なのか、と美加は内心思うっていると三人の視線が自分に向けられているのに気付く。
「え、わ、わたし?」
「だって、リーダーですから」
と彦ちゃん。
うんざりした表情で美加は正面の扉に向かう。
ため息とも深呼吸ともつかない息を吐くと美加はノブを掴んだ。
美加の視界がぐにゃりと歪んだ。
「つまり、妾のために歌うのを断る、というのじゃな」
知らない女の声が響く。
突然の変化に美加はついていけない。
辺りを見渡す。最初の拷問部屋に似ていたがもっと広い。
すぐ後ろにいたはずの克美達はいない。
美加一人だ。
(あれ、体が動かない。)
首は動くが体はピクリとも動かなかった。
目の前には中世の貴婦人が着るような服を着た女性の後ろ姿。
「そんなことは言っておりません。
わたくしはただ、誰でも歌を聞きたいという人のために歌いたいのです。その中には勿論、エリザベート様、貴女様も含まれています」
どこかで聞いたことのある声がする。
どこにいるのだろう。美加の位置では貴婦人の後ろ姿しか見えない。この女の人がエリザベートなのか。
名前からして外国の人なのだろう。
「それがもっとも腹立たしいのだ。何故、妾と下賤な者どもが同じになるのじゃ。妾の耳とあやつらの耳が同じと言うのじゃな。
ああ、腹立たしい。そのようなことがあるのならこの耳をえぐり取りたくなるわ」
エリザベートはイライラした様子で部屋を歩き始める。
視界が開けた美加の目に椅子に拘束された女が姿を現す。
椅子も服も拷問部屋の人形と同じだったが女の顔は克美だった。
(克っちゃん!)
美加は叫んだつもりだったが声にはならなかった。
「お前の声などもう聞きとうはない。
永遠に後悔するが良い」
エリザベートの声を合図に覆面の大男がぬぅと現れる。
男は克美の口をこじ開けると固定する。そして、火桶の中から真っ赤に焼けた鉄の棒を取り出す。
「ぐう、ぐぁめひぇて。」
何をされるか察した克美の顔が恐怖にひきつる。
棒がゆっくりと克美の顔に近づく。
「ひゃめ、ひゃめて、ああぁ、ぐぁあ、ああひぁあー」
男は棒をズブズブと克美の喉に差し込む。革のベルトを引きちぎらん程手足を突っ張り、絶叫する克美。
美加は目を閉じることも耳を塞ぐことも出来ない。
美加の視界が再びぐにゃりと歪む。
「私やってません。私じゃないです。
信じてください」
椅子に拘束された女が必死に叫ぶ。必死の形相の女の顔を見て美加は軽い目眩を感じる。
つくちゃんに瓜二つだった。
つくちゃんの傍らには、エリザベートと呼ばれた貴婦人が立っていた。
「では、何故お前の部屋から消えたネックレスが見つかったのじゃ?」
「そんなの知りません。とにかく私じゃないです」
「全く、強情な娘だ。
だが、その強情もどこまで続くか見物じゃの」
エリザベートの背後から大男が現れる。男は持っているナイフをつくちゃんの指に当て、もう片方に持つハンマーを振り上げる。
「え、ちょっとなにを……、ぎゃあ!」
ボキンと嫌な音と共に小指が落ちる。
「嫌、嫌、止めて、止めて、あ、ひぎぃ!!」
続いて薬指が切断される。
「もう止めて。止めて、下さい。
やりました、私が……」
苦痛に耐えきれず自白しようとするつくちゃんの耳元でエリザベートは囁く。
「ほう、認めるというのか?
認めれば、盗人の家族は皆同罪となるぞ」
その言葉に、つくちゃんは息を飲む。
「伯爵家から盗んだとなると死罪は免れんぞよ。
良いかな。皆、斬首じゃ。
ん?どうした、白状しないのか?」
歯を食い縛り、つくちゃんはブンブンと首を横に振る。
エリザベートは満足そうな笑みを浮かべ、男のほうにアゴをしゃくる。
男は再び仕事に戻る。
八度の絶叫が部屋に木霊した。
「ふん。白状せんかったか。つまらんの。
まあ、良い。こやつの首を跳ねておけ」
気絶してうなだれるつくちゃんを見下ろしていたエリザベートは、つまらなさそうにそう命じた。
美加の視界がぐにゃりと歪む。
今度は見たことのない部屋だった。
エリザベートの足元で一人の女が身を投げ出し懇願している。
「お許し下さい。
もう二度とあのような事は致しません。
どうか、どうかお許し下さい」
顔は見えなかったが、その声を聞いて美加は顔をしかめる。
彦○の声だったからだ。
エリザベートは床に伏せる女の後頭部に足をのせると、ガシガシと床に押し付ける。
「当たり前じゃ。何度もされては敵わぬわ。
スープを妾の手に落とすとはあり得ぬわ」
「申し訳ありません。しかしながら、お皿にいれるときほんの少し跳ねた一滴かと存じます。何卒、御慈悲を」
「たかが一滴だと。お主にあの熱さが分かるのか。
うーん?」
そう言うとエリザベートは血も凍るような笑みを浮かべ彦○の耳元で囁く。
「分かるか?
分からんだろうのう。
じゃから、体験してもらおうと思うのだ」
覆面をした男が二人現れ彦○を掴むと乱暴に引きずっていく。
「ああ、お助け下さい。待って、どうかそれだけは」
必死に嘆願する彦○をエリザベートは酷薄な笑みを浮かべたまま眺めているだけだった。
彦○は人が一人入れる位大きな大釜のところに連れていかれ、そのまま放り込まれる。
放り込まれると同時に釜に火が付けられる。たちまち、釜は真っ赤になる。
彦○は慌てて釜から出ようとするが男達が棒で釜の中に突き返す。
赤熱した金属に焼かれ彦○は絶叫する。
絶叫し、焼けただれた体で必死に釜から出ようとし無惨に何度も突き落とされる。
美加は耳を塞ぎたかったが体はピクリとも動かない。
これは一体なんなのだ。
現実とは思えない。
ならば夢なのか?
夢なら早く覚めろ、美加は声にならない叫び声を上げる。
と同時にぐにゃりと美加の視界が歪んだ。
美加は粗末な洋服を来て、木の板の上に立っていた。
裸足だった。
何故か荒縄を握っている。
荒縄は天井から垂れ下がっていた。
「さて、妾は退屈でのう。死んでしまいそうなのじゃ。
退屈で、退屈で、退屈で、退屈で、死んでしまいそうなのじゃ。
妾を可哀想だと思わぬか?」
目の前にはあのエリザベートがいた。
「別に」
その答えは想定外だったようでエリザベートは目をパチクリさせた。
美加もまた、声が出たことに少し驚く。今までは指一本動かすことができなかったからだ。
ならば、今までの鬱憤を晴らすことが出来る。
美加は深呼吸をすると大声でまくし立てる。
「全然、可哀想だと思わない。
退屈で死ぬんなら死ねば良いわ。
いえ、むしろ、死んで。
その方が世の中の為よ」
変な沈黙が両者の間に生まれる。
エリザベートは何か、この世のものでない物を見るような目で美加を見詰めている。
「じゃから、妾のために遊んで貰えぬか」
エリザベートの言葉には脈絡がなかった。まるでアドリブが出来ない女優が無理矢理台本に戻そうとするかのようだった。
「!?」
反論しようと美加が口を開く前に、美加の立つ木の床が抜けた。
反射的に荒縄を持つ手に力を入れたが、体重を支えきれず、ズルズルと下降する。手のひらが熱い。
下を見て美加は驚く。下には無数のネズミがひしめきあって美加の方を見上げている。
美加は手に力を籠め、落下を懸命に止める。
ネズミは嫌いだったが、それ以上にヤバイものを感じたからだ。
ネズミ達の目が殺気だっていた。
あれは餓えた動物の目だ。
美加のことを餌としか見ていない。それがヒシヒシと伝わってくる。
しかし、美加は少しずつずり落ちていくのを止められない。
下に落ちればたちまちネズミの餌食になるのは分かっているのだが、女の細腕で何時までも支えきれるものではなかった。
「ああ、ダメ」
ついに、美加は下に落ちる。待ってましたとばかりにネズミ達が美加には群がる。足にいくつも鋭い痛みが走る。ネズミが跳躍して美加の背中に飛び乗ってくる。
一匹、二匹ならともかく何十匹ものネズミに飛びかかられるとさすが重い。美加はグラリとバランスを崩し、膝をつく。そこに更に無数のネズミが襲いかかってくる。
美加が意識を失う前に思ったのは、重い、痛いだった。
美加が再び意識を取り戻した時、真っ先に見えたのは克美の心配そうな顔だった。
その後ろには彦○、つくちゃんの姿もあった。
「あ、みんな生きてる。良かった」
「生きてる、じゃない。心配したんだから」
克っちゃんの声は少し掠れていた。
「わたし、どうしたの?」
「正面の扉のノブ掴んだら急に倒れたんです」
冷えたタオルを美加の額に置きながらつくちゃんが答える。
「そうなんだ」
だとしたら、さっきのはやはり夢だったのだろうと美加はぼうっとした頭で考える。
あんな怖い状況で緊張し過ぎて気を失って怖い夢を見た。
うん、多分そう。
「大丈夫?まだ、調子悪い?」
「うん、なんか頭がぼうっとしてる」
「そっか、もう一回寝な」
克美の言葉に美加は小さく頷く。
頷くが、また悪夢を見たら嫌だなとちょっと思った。
しかし、幸いなことになんの夢も見ないですんだ。
2017/08/02 初稿
2017/12/22 句読点、三点リーダ変更。文章も一部手直し