第一曲 静寂なる墓地への行進曲
「深夜番組のレポータ?」
ライヴが終わり、楽屋に戻ってきた四人にマネージャーの近藤さんが次の仕事の話を持ちかけてきた。
「夏の特番で、アイドルに心霊スポットを探検してもらう奴」
「え、どこどこ?」
彦○が目をキラキラさせながら近藤さんに迫る。
彦○はこの手の話には異様な食い付きを見せる。
「裏野ドリームランドだったかな」
「裏野ドリームランド!
五年前に廃園になった所ですよね」
九十九ことつくちゃんも食い付く。
つくちゃんもこの手の話が大好きな口だった。
克美にペットボトルを渡しながら、美加はつくちゃん達の方を見る。
「結構、有名な所ですよね。色んな噂がネットに上がってますよ。
深夜に動くメリーゴーランドとか、アクアツアーの謎の生き物とか」
「今回はドリームキャッスルらしい」
近藤さんは手近の椅子に座り、答える。
「ドリームキャッスル?」
彦○の?な表情を受け、つくちゃんは早速ネットを検索する。
「あ、あった。
ドリームキャスルの拷問部屋だって」
「拷問部屋?」
「うん、ドリームキャッスルってお城があって、そのどこかに秘密の拷問部屋があるんだって。
あ、地下にあると言う情報も有りますね」
「へー。
で、その拷問部屋は見つけるとどうなるの?」
彦○がつくちゃんのスマホを覗きこむ。ほとんど頬と頬がくっついている。
「う~ん。その手の情報はないなぁ。
そもそも見つけた人がいないのかな」
「拷問部屋なんてガセじゃないの。
単なるう、わ、さ。
無いものは見つけられないよね」
クリッとした大きな瞳を近藤さんに向けながら彦○は云う。
「拷問部屋を見つけるのが目的ではないから、見つけても、見つけられなくてもどうでも良いよ。
要は女の子がキャイキャイ怖がる画が録れれば良いんだ」
近藤さんは面白くも無さそうに答える。
「ヴー、バカにして」
彦○は口を尖らせると抗議のうなり声を上げる。
「バカにしちゃいないさ。
僕は日々、みんなによい仕事を持ってこようと努力しているだけさ。
今回の仕事は深夜枠だけどれっきとしたテレビの全国区だよ。
出れば間違いなく知名度が上がる」
テレビの全国区と聞いて、つくちゃんと彦○の表情が『えっ』となる。
「はい。私、やりたい!」
つくちゃんが元気よく手を挙げた。
「私も。私も」
続けて彦○も手を挙げる。
仲良く手を挙げたまま二人は美加と克美の方を期待を込めた目で見る。
克美はさっきから鏡の前で艶やかな黒髪を鋤いていた。
さっきから、ほぼ話を無視していた。それはいつもの克美の無言の反対表明だった。
克美はもともと怖いのが苦手だったし、歌以外の活動には消極的なのが常だったから、彼女が今のような態度に出るのは想定内だった。だからつくちゃん、彦○のニ人の視線は自然と美加に集まる。
「美ィー加。やるよね」
彦○が上目遣いで迫って来る。
美加はうーんとうなる。
ズバズバ物を云うところから度胸の座った女の子、というのが周りの美加への評価だが、実はかなりのビビり屋だった。
正直、怖いものは苦手。だから、今回の仕事も心情的にはパスしたいところだが、それを言い出すことはためらわれた。
美加にはチームリーダーとしての矜持と責任がある。
全国へ名を売るチャンスを潰すことなどできない。しかし、怖いものは怖い。
「えっと……」
相反する思いに悩みながら口を開きかけた美加につくちゃんの何気ない言葉が重なる。
「行こうよ美加ちゃん。まさか怖い、何てことはないよね」
美加の心の振り子がカタンと傾いた。
「勿論!
行くに決まってんじゃん」
プチコンサートの三日後の土曜日、午後6時。
美加たちは裏野ドリーム跡地にいた。
ドリームランド跡地と言ってもほとんどの施設は撤去もされずに残されている。
時期的に日は大分傾いていたが、まだ十分明るく色んなものがはっきりと見える。
鎖で封鎖されている正面ゲートから右手に大観覧車。その背後にはジェットコースターのレールらしきものも確認できた。
観覧車の左手、ドリームランドのほぼ中央に青色に塗られたお城が立っていた。
美加は一目見たとたんあの世界一有名なネズミさんが住まう夢の国を思い出した。
アレが今日の目的地、ドリームキャッスルであることは一目みればわかる。
「それじゃ、行こうか」
髭面、サングラスの中年の男の号令でマイクロバスから出てきた人々がゾロゾロとゲートに向かって移動し始める。
360度、どこからどう見てもうさんくさそうなこの男がディレクター、つまり、現場で一番エライ人だった。
名前は……
さっき確かに紹介してもらったはずなのに、スッカリ忘れている自分に美加は思い至る。
ま、後で克っちゃんかつくちゃんに聞けば良いかと、美加はLet'it Go (日本語バージョン)を口ずさみながらみんなの後についていった。
午後11時。
ドリームキャッスル前。
さすがに周囲は暗闇に包まれていたが、昼間の熱は冷めることなく美加達の肌に不快な熱の膜としてまとわりついていた。
「使い方はわかったかな。できるだけ相手をフレームに入れるようにしてね」
ディレクターの伊川、こっそり克っちゃんに教えてもらった、の言葉を聞きながら美加は手にもったハンディカメラの画面を覗きこむ。
画面には克美が同じようにカメラを自分に向けていた。
つくちゃん、彦○も互いを映しあいながらキャイキャイ騒いでいる。
四人にはそれぞれにハンディカメラが渡されていた。
そのカメラを持ったままドリームキャッスル内を探検する段取りになっていた。
ハンディカメラの映像と音声は無線でキャスル前に設置されたモニタで確認できるようになっている。
「じゃぁ、いってきまーす」
彦○が元気一杯に手を振り、つくちゃんがそれをカメラに収めながら四人はドリームキャッスルに向かって歩き出した。
「わー、結構広い」
中に入ると同時につくちゃんが歓声を上げた。
確かに広かった。
正面奥に両開きの扉、部屋の両側に2階へ続く階段があった。大理石、恐らく偽物、の床には埃が積り、ペットボトルやタバコの吸い殻が辺り構わず落ちていた。不法侵入者達の置き土産なのだろう。
「汚ねー」
彦○が床を映しながらボソリと呟く。
「わたしら、上に行くね。」
美加、克美チームと彦○、つくチームに別れて探検することは最初の打ち合わせで決められていた。彦○達は1階、美加達は2階担当だった。
互いに手を振り、別れる。
二人になった彦○とつくちゃんは顔を見合わせると正面の扉に向かう。
「扉、開けまーす。
……
うわ!」
扉を開けたとたんつくちゃんが悲鳴をあげた。
無数の人影が暗闇の中に浮かび上がる。
「なにこれ。
蝋人形……?」
色とりどりの服を着た男女がペアになって踊っている。
つく、彦、二人のライトが交差しながら闇を照らす。ライトが蝋人形を照らす度に影がユラユラと蠢き、人形が動いているような錯覚をおこさせる。
「さすがに、これは不気味ですね。」
つくちゃんの声が微かに震えていた。
往時の頃なら優雅な舞踏会を再現したこの大広間も家族連れに人気があったのだろうが、破棄され人気の途絶えた夜となると不気味さしか感じられない。
「ね、なんか変な音しない。
カリカリ、カサカサって云うような音」
彦○が落ち着かなさげにカメラを動かしながら云う。
「え、止めてよ。
音何て聞こえない……
わ!なにか動いた」
ライトから逃げるように黒いものが床を走った。
「あっち行った!」
彦○がカメラを向ける。カメラのフレームから何が素早く消えた。
「つくちゃん、右から追って。」
彦○は言うが早いか影を追いかける。
カメラを向けると影は逃げる。
広間の奥へ奥へ。
まるで、誘うように。
広間の奥は一段高くなっており、玉座が設置されていた。
玉座には王様と王妃様の人形が仲良く座っている。
王様達の目前には甘いマスクの王子様が誰かをダンスに誘うかのように優しく手を差し伸べたポーズで固まっていた。
その手を取れば誰でもシンデレラの気分が味わえる、という趣向なのだろう。
「あっち、あっち。回って!」
夜の大広間に彦○の声が猛々しく響く。
どうやら今夜はシンデレラ志願者はいないようだ。
黒い影が跳躍し王様の足元に移動する。
「あっ!」
「えっ?」
「「……ネズミ、か」」
つくちゃんと彦○は同時に呟く。
ハンディカメラには怯えたように二人を伺うネズミが映し出されていた。
「なんだ、ネズミかよ」
ほぼ同じタイミングでモニタを見ていた伊川もガッカリしたように呟いていた。
同じようにモニタを睨んでいた撮影スタッフの何人かも期待外れのため息を洩らした。
「まあ、良いか。これはこれで面白かった」
タバコに火を着けながら伊川は気を取り直す。
「美加ちゃん達の方はどんなもんだ?」
隣のモニタを見ているADに問いかける。
「それがですね。
さっきから動いて無いんですよ、二人とも」
「何だって?」
伊川はそういいながら美加と克美のモニタに目を向ける。
モニタは両方とも裏野ドリームランドの夜景を撮している。
どうやらキャスルの屋上からの風景のようだが、確かに微動だにしていなかった。
音声もしない。
「どうしちまったんだ。
おい、定点カメラで二人の様子は分からないのか?」
「屋上にはカメラ設置してません」
一体、二人に何が起きたのだろう。
伊川のこめかみを汗が滴った。
2017/08/02 初稿
2017/12/19 三点リーダ、句読点修正。後、若干手直し。