鬼門遊仁:血の行方
「いったい、どこにいるんだ……!?」
鬼門遊仁は〈方舟〉の中を駆け巡る。
彼にはひとつ、探し物があった。
妹である。
自分とは違って優秀な妹であった。自分たちの家は少しだけ特別な家であった。太古の昔に、鬼払いをし続け、しかしその技能故に鬼とされてしまった一族、その末裔であると言う。傍系であり、いまではその風習も残っていないものの、わずかでもその血を引いている。
先駆者の能力には、血が関わっているのではないか、と言われる。
それはエクソシストと神主という、極めて異様な組み合わせの両親を持つ深景がインド神話のアスラにも似たものを使役する力を持っているように、だ。
件の妹は〈鬼化〉とも言われる能力〈鬼神奮迅〉を振るう先駆者であった。身体能力系の超能力の中でも、指折りであった。戦いでは親友に劣るとはよく言っていたが、少なくとも能力は相当に上であると言えるだろう。
その妹がいなくなったとあれば、一大事であった。
あまり仲の良いとは言えない妹ではあったが、家にいないならばいないで、寂しいのである。
自分の能力が使えれば、と思った。
遊仁の先駆者としての能力は極めて限定的であった。効果もお世辞にも強いとはいえないが、このときに限っては有効である
多くの先駆者が、体力と精神力、集中力が続く限り使える能力であるが、遊仁のそれは極めて特殊である。それは、発動条件が厳しいことである。
だが、使えないものをいつまでも悔やんでいても仕方ない。
「確か、今日は」
SNSを確認する。妹が使っている公共SNSのアカウントはわからなくとも、お互いに連絡を取り合うためのものであれば、と思って開いていた。
普段はあまり話さないからか、このトークアプリを使うことも滅多にない。だが、今日に関してはいくつか会話をしていたのを思い出す。
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Log
ゆーじん:そういえば今日は委員の仕事だった
帰るのは7時くらい(08:08)
ゆーか:わかった。ゆーかも帰るの遅くなるから
でもごはんは買って帰るね(08:10)
ゆーじん:どこに行くんだ?(08:12)
ゆーか:どこでもいいでしょ
先生来たから、またね(08:13)
ゆーか:第九区に行きます
デザート、買って帰ります(16:21)
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「第九区……」
アミューズメントエリアである第九区は、確かに遊ぶのにはうってつけの場所であった。
けれども、雀瞬学院はそういう俗な遊びに対して厳しいことで有名であった。校則などではなく、学校の雰囲気としてだが。行くにしても第十二区など、少し高級なあたりであった。
妹がわざわざ行くというのだから、何か理由があるのだろうとは思う。
だが、その理由というものにいまいち、心当たりがなかった。
(きちんといろいろ、話しておけばよかったな)
少なくとも、普段読んでる雑誌だとか、そういうものをちらっとでも見ておけばよかった。彼女の興味関心に少しでも目を配らせておけば、見当くらいはついただろう。
ともあれ、第九区へと向かうことにした。
モノレールに乗って移動している間にも、情報収集は欠かさない。
とにもかくにも、自分が知る限り最後の足取りは第九区であることはわかった。夜ご飯を買って帰る、ということは少なくとも第九区にあるフードコートか、家の近くにあるスーパーに寄るかするつもりであったと考えられる。さらに寄り道をする可能性はかなり低い。
そして家の近くにはいなかったのだから、やはり第九区にいまもいる可能性が高い、と考えるのが妥当だろう。
だから、まずは第九区で何かあったのではないか、と公共発信型SNSを開く。
学生の多くがこのツールを使って、お互いのトレンドを語り合う場として利用していた。匿名であるから、好き勝手言うのが普通である。些細な情報でもいいから、拾う必要がある。
画面をスクロールしていって、言葉をひとつひとつ追っていく。
『噂の占い師さん、今日は大通りに来てた! さっそく占ってもらったんだけど、人に言っちゃいけないって言われちゃった』
そんな書き込みがあった。他校の学生のようであったが、同様の書き込みが数件あったことから、ほぼ確定の情報だろうと思う。
「占い……」
そういえば、妹もそんなことを言っていたな、と深景との会話もともに思い出す。
クラスメイトがその占い師に見てもらい、理想の恋人ができたのだ、と。
占いなんてものはこの〈方舟〉内にはない、というのが深景の言葉であったが、この占い師はどうやら実在するらしい。
そんなものを信じる妹だっただろうか、と思った。もしかしたら自分の知らないところで彼氏がいるのかもしれないし、密やかな恋をしているのかもしれない。彼女であったとしても雀瞬学院であるから、驚きはしないだろう。戸惑う、かもしれないが。
いや、占う内容が恋であるかはわからない。親友がクラスで孤立しているのではないか、とぼやいていた姿も思い浮かんだ。誰かを想える優しい子であるから、余計に心配であった。
そうしているうちに、第九区へと着いた。
もしかしたら駅にいるのでは、と思ったが、そうは甘くない。
その代わりに、見覚えのある制服が目に入った。
雀瞬学院の中等部制服。三年生ということは、妹と同級生だ。見るからに日本人ではない顔立ちを見て、ほとんど確信した。
「すみません、うちの妹を知りませんか?」
話しかけられた少女は、瞬きを繰り返す。
不審がる様子はない。ただ、遊仁の正体をつかみかねている、という感じであった。
そして合点がいったように、少女は頷いた。
「もしかして、ですが。鬼門悠果さんの、お兄様でいらっしゃいますか?」
ああ、よかった。
少しだけ、遊仁は安堵する。
この子はやはり、妹の、悠果の友達だったのだ。
その名はエリュース・ディネラ。
最強になりうる存在と、ささやかれている少女であった。