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School Savage VS. Identity Fragment  作者: ジョシュア
第二話:孤独の四人
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荒砥静志:正しさの在り処

 第九区でも特に有名なパンケーキショップ〈ゆーふぉにあ〉は、一時期に比べると客足は落ち着いているようであったが、未だ満員御礼であった。

 荒砥静志はその席のうちのひとつに腰掛けている。少女ばかり集うこの場所において市民権を得ているのは、何も紳士と謳われている聖ヴァルドル学院の制服を着ているからではない。

 女性ばかりの店というものはある。当然として、そういった店は女性客を想定してメニューを考えるし、内装の選択も女性受けと考える。マーケティングというのはそういうものであった。

 ときに、それが少なくない男性の好みと被ることは、ある。上品で落ち着いた雰囲気を好んでいたり、コーヒーや甘い物が好きであったりすることがある。

 静志がパンケーキショップなどを選んだのも、そういう事情があってのことだった。

 しかし、それだけでは彼が注目を集める時代ではない。スイーツ男子、などというものは死語になって久しいのであるから、彼の存在が珍しいなんてことはない。

 目の前にいる人物が、女性であることが最も重要な事項であった。

 雀瞬学院の制服を纏った、風貌の変わった少女。彼女が〈方舟〉に多くいる日本人や東洋人とは違う人種であることは一目瞭然であった。中等部であるにもかかわらず、その見目は大人顔負けであった。モデルとしても通用するであろう。とりわけ、女性から羨望を集めやすいタイプであった。

 先ほどの騒動の中で、静志が出てきたときに場は収まった。皇ノ木学園の生徒たちは早々に撤退していき、人だかりもそれとともに霧消した。

 そこで去ろうとしたエリュースに、静志が声をかけたのだった。

 できればお茶を一緒にしないか、と。


「……何か、見られているような気がします」


 エリュースはそう言った。

 確かに、周りから視線を集めている。静志は紅茶に口をつけて言った。


「きっと、君を見ているんだろうな。君は人の目を惹くからね」

「風紀委員長がこんなところにいるからでは?」

「腕章も外したから、風紀委員であることはわかっても、俺が委員長だとはわからないさ。顔も売れてないから」


 そう言って、静志は微笑んだ。

 正しく言えば、聖ヴァルドル学院と雀瞬学院という組み合わせが人々の目を引いているのであるが、肝心なところで鈍感な二人であった。


「それで、どうしてお茶に誘ってくれたのですか」


 エリュースが口火を切った。

 一瞬だけ、静志は固まる。さて、どう答えたものか、と思いをめぐらせる。

 明確な理由があるわけではないのだ。ただなんとなく、思いついたからというのが本音であった。

 だから、どうにかこうにか、言葉を絞り出す。


「気になったから……ごめんごめん! いまのはなし!」


 睨みつけてくるエリュースに、静志は思わずひるむ。あまりふざけたことは言わない方がよさそうだ、と咳払いをした。


「お礼、かな」

「あなたにはなにもしておりません」

「いいや、君は十分にいいことをしたんだ。その報いがあってもいいだろう」


 納得がいかない様子のエリュースに、メニューを渡す。目がチカチカとしそうなほどカラフルなメニューに、少し億劫になりながらも、注文をする。


「こうした写真の多いメニューに慣れていなくて」

「……言いたいことはわからなくはないが」


 お嬢様感を丸出しにしてくるエリュースに、少しだけ引き気味になる。

 もし冗談なのだとしたら、あまりにもいかにもすぎる上に、あまりにも通じないネタだ。

 しばらくして運ばれてきたパンケーキを食べる。一口食べたときのエリュースのほころんだ顔は、一見の価値があるだろうと静志は思った。


「ところで、先ほどの件だけれど」


 エリュースが話を戻した。

 暗に馴れ合うつもりはないと、そう言いたいのだろうと思った。静志は、女性が話題にすることへ口を出すほど野暮ではない。


「お礼、というのを聞かせてほしい。納得ができなくて」

「ううん」

「……そんな首を傾げる理由なんですか?」

「そういうわけじゃないが」


 どうにも口にするのは、恥ずかしい気がしてしまった。

 現にこうして誘う方が恥ずかしいのかもしれないが、静志としては、自分の内心を吐露してしまうことがなによりも恥ずかしかった。


「君が行動しなければ、俺は動けなかった」


 あの時、動くことができないでいた。

 一校の風紀委員長である己にはこの〈方舟〉の治安を守る義務がある。だから、あそこで行われていた卑劣な行為も止めなければならなかった。

 けれども、正当にバトルが申し込まれてしまったからには、間に入って止めることは規則上できないのだ。

 もちろん、死に至るような傷を与えてしまう場合であったり、個々人の先駆者へ課せられた制約を破ってしまった場合はその限りではないけれども。

 それこそがこの〈方舟〉の絶対であった。戦うことを是とする限り、逃れることのできないルールだ。そしてルールは、強い者のために整備されてしまうこともある。

 歯がゆい思いだった。守る力を手に入れたはずなのに、その力には責任と制限があって、本当に守りたい人たちを危険にさらしてしまう。

 そして、それを無視しなければならないときもある。

 だからそのことへの、感謝であった。


「……どういうこと、それ」


 だが、エリュースは気に入らなかったようであった。


「だって、悪いことをしてる人がいて、困ってる人がいれば、助けるでしょう? 何のための風紀委員なんですか?」

「耳が痛いな」


 苦笑いしかできない。

 ああ、その通りだ、と静志は思う。

 理想と現実は違う。現実というのは壁となって立ちふさがるのではない。いくら理想へと向かっていっても、どうしようもないほどに自分のいる場所こそが現実であると思い知らされるのだ。

 そう、だからこそ静志は……。


「ごちそうさまでした」


 エリュースは口元を拭きながら言った。

 ……早い。静志はまだ半分も食べていないのに、もう食べ終わってしまったのか。

 ここのパンケーキは男の自分でも量が多いと思ったが、女性にとってスイーツは別腹というのは本当のことだったのだろうか。それともエリュースがよほどの健啖家なのか。

 見たところそんなに大食いであるようには見えないが、それこそ見かけによらないというものなのだろう。


「俺のも食べる?」

「…………」


 顔を輝かせて皿を受け取った彼女に、嫌な気持ちは抱かなかった。

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