鬼門遊仁:未来を知る方法
「よく当たる占い? そんなもの信じているの?」
幽弦高等学校の図書館、その準備室で藍沢深景は言った。笑みを浮かべながらであった。ポップを作る手も止めていない。
器用だな、と彼女に話しかけた鬼門遊仁は思った。
ちなみにこの幽弦高等学校は、オカルトを好む生徒が多いことで有名だ。在籍する先駆者たちの能力も大方、オカルトに関することが多い。他ならぬ深景の能力『三面闘神』もそうである。
さらに言えば、この図書館こそがその温床と言っても過言ではない。
東洋では陰陽道、八卦、気法など。西洋では悪魔学にタロット、数秘術、錬金術などなど。おおよそ、原典の写本からそれらの解説本は古今東西を問わず置いてあると言ってもいい。
現に深景が作っているポップ、先月の貸し出しジャンルトップファイブの内訳は悪魔学、黒魔術、数秘術、UFO、アトランティスである。なんとアトランティス関連書籍は二年三ヶ月ぶりにランクインしたらしい。知らんがな。
なお、クトゥルフ神話に関連するものはない。深淵を歩む者は、深淵の道を知る。そういうことである。
簡単に言えば、この空間こそがオカルトである。否定する要素などない。
そして、一般に言われるオカルトの筆頭と言えば、占いだ。
だから占いの信憑性を彼女が否定するのは、ひどくおかしな光景に見えた。
「わからないって顔をしているね」
「いやだって、そうでしょ。一応言っておくけど、妹が言うには、友だちにすっごい好みな彼氏ができたのもその占いに従ったからだし、運動ができるようになったのも占い師さんに言われたようにご飯を食べたからなんだって。占いは気の持ちようだって言うこともあるけど、それとはレベルが違うよ」
「それこそ、眉唾な話だね」
深景はジャキン、とハサミをきらめかせた。
「だって、ここは〈方舟〉なんだよ?」
それは、そうだ。ここは異能を持つ者たちの集まりである。全人口を三百万を超える超巨大人工島だ。その多くがなんらかの異能を持っており、その中には当然「未来を見通す能力」を持つ者もいる。
珍しい能力ではあった。そして強力な能力でもある。
深景が言いたいのは、それは占いなどではなく、何らかの能力によるものではないか、ということだった。
「だけど、予知能力というのは、能力者自身が把握している事象の範囲内でしか予知できないはずだよ。誰かに彼氏ができるとして、彼氏ができるように誘導するのは難しいと思うんだけど、違うかな」
「それこそ、その術中にハマっているよ」
いいかい、と彼女は嬉々として占いの本を取り出した。
「占いというのは、かつては天文学だったんだ。天体を観測し、自分たちに降りかかってくる災厄の正体を知るんだよ。エジプトの話は知ってるかな? ナイル川が定期的に氾濫すると気づいた背景には、彼らの天体観測による蓄積があったからだ。治水神話は世界中に多くあるけど、これは王権の正当性を示すものだ、という解釈が一般的だね。自然を支配する、というのは当時において上に立つ者の必須スキルだったんだよ」
それはよく知っている。自分も調べたことが、いくらかあるからだ。
しかし、それは自然科学であり、統計学である。こういう時に、こういうことが起こる。そうしたデータを持っている人が誰かに助言を与える。それが天文学の原点であり、意義だった。やがては人の知る世界が広くなり、地理学とも繋がっていった。占いもその派生で生まれたのである。
陰陽道で曰く、方違えもそうだ。この時期にこの方角へ向かうのは危険だ、というようなことを伝え、危難を回避する。
「で、占いというのはそういう法則性であったり、経験則であったり、そうしたものから推測していくものなんだよね。ここまではオーケー? ストップはいるかい?」
「いや、続けてくれると嬉しいな」
「物分かりがよくて嬉しいよ。それで、占いというのはその逆をしていくものでもあるのさ」
つまり、と彼女は、ポップの切れ端に書き込みを入れていく。
わかりやすく図解をしてくれたようだった。軽妙な絵柄に少し笑った。
「望んだ未来に誘導していく、ということもできる」
「ははあ、なるほど? でも、そういう異能は聞いたことないね」
「それはそうだよ。これはとても難しい」
例えば、だ。未来というのは無数にある。誰かの選択によって、意思によって結果が異なってくる。それは平行世界という名で、ありえるかもしれない世界と言われる。ここに偶然などというものはない。バタフライエフェクトと言って、蝶が羽ばたいて起こした風が巡り巡って嵐になる、ということもありえるからだ。
深景は、「今」と書かれた点から線を伸ばしていく。その線は途中で別れる。何本も、何本も。この一本一本が、世界線ということだろう。
「人はこれを、世界樹に例えたりするけどね」
「ふうん……確かに木に見えるけど」
未来予知の能力というのは、このうちの一本ないしは数本を知り得ることである。
それだけでも、とてつもなくすごいことだ。もしこの中のすべてを知ることができるのだとしたら、それは途方もない能力であると言えるだろう。
〈災厄〉と呼ばれる、世界を歪めてしまうほどの先駆者として数えられるほどだ、と素人でもわかる。
「この平行世界をすべて運用するエネルギーが宇宙に果たしてあるのかも疑問だけどね。そのときは平行世界はきっと、切り捨てられているに違いないんだ」
「ということは、もしかして……その能力を『未来を確定させる能力』と言うことができるのなら」
この無数にある可能性も、平行世界も刈り取ってしまう能力と言えるのではないか。
それは観測するよりも難しいことだ。
もはや、次元が違うと言えるだろう。
好きに未来を確定させることができる、などと。
「そう。それで、その占い師さんの能力はここまで大げさではないだろうけど、似た力なのかもね。道筋を示すだとか、そういうね。だから、占いなんて信じるものじゃない。そういうものだ、と受け止めることなの」
少なくともこの〈方舟〉ではね。
なるほどな、と遊仁は頷いた。そして深景のことをじっと見つめる。
視線に気づいた彼女は、しかし笑顔を浮かべた。この図書委員の同僚が笑顔以外を浮かべたのを見たことはない。人がいい、と言えばそれまでだが、表情が笑顔からまったく変わらないから、一緒にいればいるほどわからないことが増えて行く。
「なに?」
「もしかしてだけど、占い信じてる?」
そのとき、遊仁は笑顔にも種類があることを実感として初めて知ったのであった。