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School Savage VS. Identity Fragment  作者: ジョシュア
第一話:人か虎か
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蝶ノ芽惰烙:睡眠不足は癒せない

 蝶ノ芽ちょうのめ惰烙だらくは夜を彷徨う者であった。

 不良、ではあるだろう。深夜であってもゲームセンターを好み、繁華街を歩いていることが多い。騒がしい場所を好んでいる。

 吸血鬼、というわけではない。浮かんでいる隈や、充血した目がその証拠だ。寝不足を通り越している。

 ヘッドホンをつけている。とりわけ音楽が好きなわけではない。ただ必要な事情がある。それだけだった。

 〈方舟〉内で最も大きい大学である方舟中央大学に通っている学生である。しかし、その態度は不真面目極まりない。遅刻の常習犯であり、無断欠席のオンパレードだ。友人もいるのかいないのかはっきりしていない。

 そんな彼女の姿を見る者の多くが、誤解をする。しかしそれを解こうともしないのが、彼女が怠惰なところであった。

 あくびをして、惰烙はその日も歩いている。噛み殺すこともできない。あくびというのは、寝そうになる体の中で、顔の筋肉を動かすことによって目を覚まそうとする自然の行為だ。それを妨げるほど、惰烙には余裕がなかった。

 あと五年だ。彼女は考えていた。あと五年で、この苦労から解放されるのだと。

 おおよそ二十五にもなれば、先駆者はある事情から〈方舟〉を出ることになっている。それまで耐えればいい。しかし、逆に言えばあと五年もあるのだ……と思うと、気が遠くなってしまった。

 そう思いながら、またふらつく。誰かにぶつかった。空返事で謝りながら、また前へと進んで行く。


 ……気がつけば、暗い道にいた。

 惰烙は慌ててヘッドホンをつけた。

 流れてくるのは音楽などではない。いいや、多くの人はそれをまともに音だとは思わないであろう。

 雑音、騒音、ノイズ。

 おおよそ、規則性があるとは思えない音の連続であった。

 ただ耳障りな音だけが響いている。

 決して 惰烙はその音を好んでいるわけではない。だとしたら、そもそも正気か怪しい。

 彼女は正気を保つためにその音を聴いている。雑踏の中にいるのも、うるさい音の鳴り響く場所にいるのも。夜になってもどこかをずっと歩いているのも。

 おおよそ正気とは思えないことをして、正気を保とうとする。もはやそれは、狂気に等しかったが、惰烙にとっては何よりも大切なことでもあった。

 早く抜けて、大通りへ出よう。そう思い、足早に歩いていった。

 そのとき、偶然にも惰烙の視界に入るものがあった。

 占い師だ。いまどき机を広げて、ランプを灯す、古典的な。そしてテンプレートだ。

 くすり、と笑ってしまった。

 それを目ざとく見つけた占い師は、惰烙を手招きした。


「ようこそ、占いの館へ!」


 思ったより若い声だ。それはそうだ。ここは〈方舟〉なのだから、学生である可能性の方がずっと高い。


「館って、ただテーブルがあるだけじゃない」

「魔術師がいればそこは儀式の場ですし、奇術師がいればそこは舞台です。であれば、占い師がいればそこは館なんです」


 ささ、お座りください。占い師はそう言った。


「さて、何かお悩みのことはないかな? なんでもいいですよ。勉強、運動、夢、恋愛……ええ、ええ。私ほど経験を積んだ占い師であれば、どんな悩みであれ即時解決! ただいま顧客満足度は百パーセントを維持しておりますとも! なんとか!」

「とたんに信じられなくなったんだけど、どうすればいいかな」


 苦笑いをする惰烙。まあ、暇つぶしにはちょうどいいだろう。

 椅子に座って、正面から見据えた。占い師の顔はよく見えない。こういうとき、相手の顔を意識すると本音を話しにくくなるという。教会の懺悔室も同じような仕組みなのだというのを聞いたことがある。

 まあ、話してみるのもいいだろう。


「えっと、少し話しにくいのですが」

「彼氏さんが浮気? ええ、最高で十三股をしている人であれば知っていますが」

「一日二人ペースぐらいで会わないといけないんじゃないかな、それ……ってそうじゃなくて!」


 前言撤回。この人、とても話しにくい。

 はあ、とため息を吐いて、惰烙は言った。


「実は、自分の能力のことで悩んでいて」

「と言いますと?」

「……実は、寝てしまうと制御ができなくなってしまうんです。自分が何をしでかしてしまうかわからなくて、それが何よりも恐い。ふと意識を飛ばしてしまえば、眠ってしまったならば、もしかしたら街一つを壊してしまうかもしれない。尤も、そんなことになる前に誰かが止めてくれるかもだけれど……、人を一人、殺めてしまうのは簡単なんです」


 そういう能力なのだ、と言った。

 本当のことを明かしてしまうのは、致命的な失態につながる。戦いを是とするこの〈方舟〉において、手の内をバラすような真似は極力避けるべきであろう。

 だから、あえてぼかした。いままでなんども使ってきた典型文である。しかし、それだけで十分であるし、少なくとも嘘はついていない。

 占い師の雰囲気が変わった。真剣に聴いているのか、興味が惹かれたのか。先ほどまでの軽薄な態度はどこかへと消えていた。


「はは、まあ、こんなこと占いで解決はできないですよね。すみません。代金はきちんと払いますので……。お話、聞いてくださってありがとうございます」

「まあまあお待ちなさい。何も、解決ができないと言っているわけではないじゃないですか」


 え、と惰烙は驚いた。

 そんな簡単に? という疑問もあった。

 けれども、藁にもすがるような思いがあった。普段であれば、こんなことで揺らいだりはしないだろう。そんなものは嘘だと言い切って、この場を去ることだってしていたかもしれない。

 ただ、この占い師の作る雰囲気に圧倒されていた。夜の、細い道であったこともあるだろう。思わずじぶんが想いを零してしまった手前もある。無下にはできない……という甘さがあった。


「それは、どうやって?」

「ええ、私は占い師ですから。あなたのことを考えるのです」


 そう言って、占い師はその瞳を覗かせた。

 妖しい瞳であった。


「さあ、私を見なさい……」


 その言葉に従って、魅入られるようにして、惰烙はその目を見た。

 光が満ちた。それは明滅して、路地裏を満たす。

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