家族のことも大切に思っていますが、せねばならぬことがあるのです(ロゼッタ)
久しぶりに実家に帰ると、父や母が待っていてくれた。
一人娘のロゼッタが王子と婚約したため、かわりに公爵家をつぐために先日養子に迎えられた従兄のセーゲルも一緒だった。
ひとつ年上のセーゲルは、ロゼッタと幼いころから親しくしていた。
ロゼッタの金の髪を黄金の冠にたとえ「わたしのプリンセス」とセーゲルはロゼッタを呼んだ。
そして、セーゲルの実の妹であるマリベルを「兄様のプリンセスは私じゃないの!?」と怒らせていた。
その頃はマリベルは「セーゲルはわたしの兄様だから」という理由でロゼッタが従兄を「兄様」と呼ぶのを禁じていたけれど、今ではセーゲルは本当にロゼッタの兄となった。
「久しぶりだね、ロゼッタ」
セーゲルが灰褐色の目を親し気に和ませる。
そうするとローゼンタール公爵のゆかりの者によくみられる気難しそうな表情が嘘のように、人懐こく変化した。
「ええ、セーゲル兄様」
こんな時だというのに、ロゼッタはセーゲルの笑顔に心を和ませて、にこりと笑った。
セーゲルは、誰にでもこのような笑顔を見せるわけではない。
高位の貴族らしく、誇り高く気難しい彼の芯からの笑顔は、ごく身近な身内と、従姉妹の内でたったひとりロゼッタだけが見られる特別な笑顔だった。
従兄弟姉妹たちが祖父母のもとに集まった際、いちばん年長でしっかりもののセーゲルが見せる「特別」を、他の従姉妹たちからとても羨ましがられていた。
ロゼッタが学校に入学してからは、別の学校に通うセーゲルとは滅多に顔を合わせることがなかった。
久しぶりの再会でもセーゲルのロゼッタへの特別扱いはなくなっていない。
そのことが嬉しくて、ロゼッタは新しく許された「兄」という呼び方で彼を呼ぶ。
けれど、セーゲルは笑顔のまま、やんわりとその呼び方を咎めた。
「この年齢になって、急に兄様と呼ばれるのはこそばゆいな。今までどおりセーゲルと呼んでくれないか?」
「せっかくセーゲルを兄様と呼べるとおもったのに、残念ですわ。ですけど、セーゲルがお嫌なら、今まで通りセーゲルとお呼びいたします」
わざとツンと横を向いてロゼッタが言えば、セーゲルはくっくと喉の奥で笑いながら、
「申し訳ないね、わたしのプリンセス。君のご要望にお応えできないのは心苦しいが、こればっかりは譲る気になれないんだ。代わりに明日のパーティには、わたしが君をエスコートしよう」
「明日のパーティですか?」
そんな話は聞いていない。
ロゼッタはきょとんとして父を見ると、父は口元にたくわえた髭を手でなでつけながら「うむ」とうなずいた。
「急だが、王宮で私的なパーティがあってな。ロゼッタには、ぜひ参加してほしいとのことだ」
「わかりました」
ロゼッタはひとまず服毒は延期することにし、パーティの装いを侍女たちと相談した。
その日の夜の晩餐は、とても和やかなものだった。
父も母もロゼッタの婚約を喜んでいて、学校でのことを事細かに聞いてくる。
ロゼッタがそれに懸命に答えると、セーゲルも穏やかに見守ってくれていた。
この人たちを悲しませると思うと、申し訳ない気持ちになる。
けれど、仮のことだから。
私は一度死ぬけれど、すぐに生き返るから。
だから、悲しませることを許してほしい。
ロゼッタは晩餐の席で微笑みながら、部屋に隠してある毒薬のことを思い、沈みそうになる思考をごまかしていた。