親友は不思議な少女ですが、とても大切です (ロゼッタ)
ここからロゼッタのターンです。
監督生の執務室に戻ったロゼッタは、リィリィが机につっぷして眠っているのを見つけた。
「リィリィってば、またこんなところで眠ってしまって……」
ロゼッタは苦笑して、リィリィの肩をゆすって起こそうとして、ふと手を止めた。
リィリィの頭の横には、書きかけの日記が開いたままになっていた。
他人の日記は見てはいけないと思いつつ、自分の名前が書かれているのが目にとまり、ついつい真新しいその手帳に目を走らせる。
その内容は、ロゼッタにとって考えさせられるものだった。
「やっぱり、リィリィはクレイン王子のことが好きだったのね」
ロゼッタは、小さなため息をついて言う。
今年監督生として二人きりになれる時間が持てるまで、ロゼッタとリィリィがともに過ごす時間は短かった。
けれど5歳の時にたがいに前世の記憶があると知ってから、折に触れひそやかな交流を図ってきた。
自分の前世の記憶と、この世界の社会の成り立ちの違いにとまどうロゼッタにとって、同じような悩みを抱えるリィリィの存在はどれほど大きな助けになってきただろう。
リィリィは、ロゼッタにとって大切な友人だった。
リィリィも前世のことを多くは語らなかったけれど、ロゼッタはリィリィの言葉の端々から、彼女の前世が平和で豊かな時代に生きたのだろうということを察していた。
だから自分の前世が、動乱の時代の王族……正確には兄弟を殺し王座に就いた女王だとは、言えなかった。
あの時の自分が生き残るには、王になるしかなかった。
そのために邪魔な兄弟を殺害したことは、あの時代では普通だったし、悔いる気持ちは今もない。
けれど血で王座を得、またその王座を守るため、我が子でさえも何度も殺害した前世は、一瞬たりとも気のやすまることのない苦難の日々でもあった。
それにくらべ、今世のなんと穏やかで平和で、幸福なことか。
唯一の懸念は、クレイン王子との婚約が調ったことだった。
前世の記憶から、ロゼッタはどうしても王族との婚約は喜べなった。
現在の王族は、前世のような血塗られた王座を欲しないとわかっていても、王座と平穏な日々は遠いもののように思えて仕方ない。
それ以上に、今世の王族のあり方は、貴族たちや平民の意向を慮ろうとするもので、それがロゼッタの肌にあわない。
というより、根本的に理解できないのだ。
王たる者、絶対的な権力者として貴族を統率し、命令を下す。それがロゼッタの前世における「王」だ。
平民のことなど、考えたこともなかった。
前世と今の世ではいろいろと違うのだと、何度もリィリィと語った。
その違いはわかっているし、受け入れたつもりだった。
けれど、自分が王族となり、未来で王妃となった時、現代が求める「王妃」としてふるまえるかというと、不安しかない。
ロゼッタにはなぜ格下の者に命令を下すだけではだめなのかがいまだに理解できないからだ。
いっそこのまま公爵令嬢として、「王」とはまったく異なる存在しとて生きていくのなら、違った生き方もできる。
この16年間、公爵令嬢としてそれなりに周囲に合わせて生きてこられたのだ。
どうにかして、王子との婚約をなかったことにできないだろうかと、ロゼッタは近頃ずっと考えていた。
いま、リィリィの日記に、その婚約破棄のヒントが書かれていた。
リィリィと王子が仲がいいことをうとんで、全力で嫌がらせをすれば、王子との婚約が破棄できる、という。
日記に書かれていた「ゲーム」というのは理解できなかったが、ロゼッタはリィリィに未来予知のような不思議な能力があることは気づいていた。
王子やその側近たちについて、リィリィは時々誰も知らないような情報を得ている。
それは少し先の未来の情報であることもあって、初めは偶然の一致かとも思ったけれど、不思議とリィリィの言葉が外れることはなかった。
だから、この婚約破棄の方法についても、きっと正しいに違いない。
リィリィと王子が互いに思いあっているということはうすうす気づいていたが、ロゼッタがそれを疎ましく思うことはなかった。
むしろ仲良しのリィリィの恋なら、応援したかった。
ロゼッタは恋などというあまやかな感情に重きをおかないが、親友はそういった感情をとても大切に思っている。
他人事の恋の話ですら、いつも目を輝かせて聞いていたのだ。
自分の気持ちも、きっと大切にしたいだろうに。
リィリィは、ロゼッタのために、自分の恋を捨てようとしてくれていたのだ。
リィリィに嫌がらせをすれば、王子と婚約破棄ができるのなら、そうしよう。ロゼッタは心を決めた。
嫌がらせを受けるリィリィはかわいそうだけど、それで思いあう王子と結婚できるなら、彼女なら許してくれるだろう。
王子と婚約破棄した場合、ロゼッタが平民へと堕とされるというのは気になるけれど、王子と結婚して王族になるのも同じくらい嫌だから、嫌ということでは大差ない。
「16歳」と標題紙に大きくかかれたこの日記帳を読めば、リィリィがロゼッタのために恋をあきらめようとしているのは明確だった。
だからロゼッタは、リィリィに相談する気はなかった。
あどけないリィリィの寝顔を見ながら、ロゼッタは「全力で嫌がらせ」する方法を考え始めた。