「15歳」 リィリィの日記
転換期。ちょっと長めです。
【若緑月6日】
とうとう6年生。
上級生と呼ばれる年になってきた。
今年の素行によって、7年生の時の監督生になれるかどうかが決まる。
監督生になれるのは、各寮の中で2人。
その後は最高学年である8年生の寮長争いになるけど、それは選ばれなくていい。
重要なのは、来年、監督生に選ばれること。
だって監督生になれば、警護をつけたらある程度自由に街へ出かけられるし、
なにより監督生だけの執務室がいただける!!
ちなみに、今のところわたしたちの同期で監督生候補は、わたしとロゼッタ様。
これが、重要。
ふだんは派閥が邪魔して、寮内でもあんまり一緒にいられないけど
監督生になれば、執務室では二人きりになれる。
そしたら、今は話せない込み入った話なんかもできるんじゃないかなって思う。
正直、最近は前世のことはあまり思い出さない。
リィリィとして生きることで忙しくて、時々前世のお父さんやお母さんのことを思い出すくらいだ。
だけど一方で、この世界が乙女ゲーム「リィリィの恋日記」の世界じゃないかっていう疑惑は大きくなっている。
ゲームの世界と現実が一緒だなんて馬鹿げているけど、偶然と笑い飛ばすにはあまりにも一致することが多い。
ロゼッタ様にゲームを知っているか伺ったけど、ご存じないみたいだったし。
ちゃんとお話して、対策をとりたい。
そのためには、今年はいい子でいなくちゃ!
【若緑月18日】
バララーク川が氾濫した。
なんてこと!
同じ王都でも貴族たちが住む屋敷は高台にあるから被害は出ていない。
そのせいか議会の救援はほとんどないという。
これだから、貴族ばっかりで議会するのは無意味だなんて新聞社に叩かれるのよ!
平民を圧する前に、自分たちの義務も果たせっていうの!!
即座に家に戻って、お父様たちと打ち合わせ。
王へ願い出て、我が家で下町の被害が大きい地域で救援活動をすることをお許しいただいた。
幸い、うちの商会は貴族運営ということで貴族街に近いところにも店舗や保管所がある。
そこにあった在庫はすべて無事だったので、食べられるものや毛布などを下町に運んだ。
すべて無償で提供したよ。
おかげで倉庫は空っぽ。
3日後に戻る予定の船が戻らなかったら、我が家はおしまいだ。
船が無事戻っても、今年の経営はそうとう苦しいだろう。
従業員の家も被害が多くて、優先的に援助したから今のところ苦情はないけど
彼らの生活を考えると、早まったことをしたかもしれないと思う。
でも下町の人たちが救援物資を受け取ってくれた時の顔を見ると、後悔はしてはいけないと思う。
【蛍月6日】
王宮のパーティで、去年のドレスを何回も着ているって笑われた。
貴族としては、ダメだってのはわかるし、仕方ないなぁって思う。
ドレスつくったりして需要を生み出すのも、貴族の仕事だし。
けど、我が家は父の代で男爵という爵位をいただいた成金貴族だ。
今でも商会を経営している平民よりの貴族。
いくら貴族の仕事がドレスや宝石、ぜいたく品を購入することで、平民の仕事を産むのだと言われても
バララーク川が氾濫して家や明日食べるものも失って絶望した人々を助けるために提供した物資のほうが
正しいお金の使い方だって思ってしまう。
ぜいたくは好きだけど、食べるものや寝るところは誰にとっても絶対必要なんだよ。
だから恥じる気はない。
でも、わたしを笑う彼女たちだって、たぶん正しいんだと思う。
寮に戻って、少しだけロゼッタ様とお話できた。
でも、ロゼッタ様にはわたしの気持ちはわからないらしい。
ロゼッタ様の派閥の女の子がわたしを笑ったことは謝罪されたけど
「平民なんて助けなくても」とおっしゃっていたのは、正直ちょっとキツかった。
うすうす気づいていたけど、ロゼッタ様はわたしと同じ転生者だけど
ロゼッタ様の前世は、私と同じ時代の日本とか…いわゆる先進国っていわれる国の人じゃないっぽい。
価値観が、違う。
むしろ今のこの国よりずっと昔の世界に生きていた人のような、封建制の時代の人みたいな気がする。
ロゼッタ様が大切な友達ということに変わりはないけど、ちょっと距離は感じてしまう。
【月待月21日】
今日も王宮のパーティで、ドレスを笑われた。
最近これルーティンになってるなぁ。
気にしないつもりだけど、ちょっとへこむんだよなぁって思いつつ、受け流していたら
クレイン王子が止めに入ってくださった。
「ガストン商会には、王も感謝していらっしゃる。言いたいことがあるのなら、私が聞こう」だって。
王子が止めに入ってくれたおかげで、ごちゃごちゃ言ってた女子たちは即解散してくれたし、
その後も王子は、ガストン商会のおかげで国民が助かった、嬉しいっておっしゃってくださって、
新聞の取材に「ガストン商会が動けたのは、王が許可を出してくださったおかげです」って
王の意向をアピールしたのも「ありがたい」っておっしゃってくださった。
救援物資を街へ届けた時、うちの徽章をつけた従業員や紋章入りの馬車が使われたことで、
救援物資がすべてガストン商会から出ているって新聞で取り上げられたのは宣伝になってよかったけど、
貴族社会では問題視されていたから、王の許可を全面に押し出したのはこちらの利でもあるんだけどね。
でも最近、学校でもパーティでも冷たく当たられていたから、王子の言葉はめちゃくちゃ嬉しかった。
あとなんか、王子って言葉が通じるっていうか……。
平民のことも大切に思ってくださっているとことか、好きだなぁって。
だめだ、わたし、疲れているのかも。
ゲームではバララーク川の氾濫なんて描かれていなかったし、
今日のわたしの行動も、王子の行動もぜんぶゲーム外の出来事だ。
だから王子を避けられなかったけど、今度からは近づかないように気を付ける。
王子は、ロゼッタ様のものなんだから。恋なんて、しない。
【葡萄月3日】
ひさしぶりにロゼッタ様とお話した。
週末、内々で王宮にお招きされているらしい。
クレイン王子との婚約話が進んでいるっぽい。
いいなぁって思ってしまった。
そういう感情を気づかれたくなくて、「おめでとうございます!」って全力でお祝いしちゃった。
ロゼッタ様はあまり嬉しそうじゃなかったけど……。
でもクレイン王子は、素敵な人だから。
きっとロゼッタ様も、すぐに好きになると思う。
わたしにとって、二人とも大切な人だから、
二人がご結婚されて、幸せになってほしいって、まだ心から願えている。
パーティでかばってくださったときから、王子は時々声をかけてくれる。
どれだけ王子を避けるつもりでも、ゲームのイベント以外の王子の行動は予測できないし
王子から声をかけてくれているのに無視するなんて、立場的にできない。
だからつい、時々話し込んでしまうけど……。
もう王子とは、二人ではお話しないようにしよう。
ご婚約されたのですからって言えば、角がたたないはずだ。