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いつのまに、わたくしの牙は鈍ったのかしら。でも悪い気分じゃない、なんて?

あぁ、そうか。

ロゼッタはふいに悟った。

従兄が妙に支度に時間がかかった理由。

ガラスの天井から、ガラスを破ってホールの人込みの中から的確にリィリィと王子を狙った実力のある射手が、結局はリィリィにかすり傷を負わせただけで逃走した理由。

あの小柄な射手の身のこなしは、ローゼンタール公爵家の汚れ仕事をする者のひとりにそっくりだったのではないか?


「セーゲル」


ロゼッタは、隣に立つ従兄の名を呼んだ。

呼びかけに応えてロゼッタへと顔を向けたセーゲルの表情は、穏やかで、凪いでいる。

けれど瞳の奥に、熾火のようにともっている火を、ロゼッタは見逃さなかった。


あの射手は、あなたが用意したの?

いちばんの問いを、ロゼッタは口にしなかった。

口にせずとも、確証を得ていた。


この従兄は、ロゼッタが部屋で毒物を持っていたのを見て、すべてを察知したのだろう。

とはいえ、いくらセーゲルが敏かろうと、遠目で見た瓶入りの液体を見て、毒物だと判別したとは思えない。

おそらくロゼッタの侍女の中にでも、彼への内通者がまぎれていたに違いない。

ロゼッタの悩みも、あるいはリィリィの日記の内容も、その者を介してセーゲルに知られていても不思議はなかった。


ロゼッタは、自分を腹の底から嘲笑したかった。

前世での血塗られた記憶があるので、自分は奸智に長けた娘のつもりだった。

ところが、穏やかな今世を生きるうち、すっかりその刃は鈍っていたらしい。

自分の手元にいる侍女が間者であることすら、気づかなかったなんて。


けれど今、重要なのはそれではない。


「リィリィ様とクレイン王子の婚約が望ましい、そう世潮を誘導できるかしら」


「王家に大きな貸しをつくらせる形でだって、誘導できるさ」


「お願いしても、いい?」


ロゼッタが問うと、セーゲルはロゼッタと目を合わせた。

もともとセーゲルが描いた計画なのだ。

断られるとは、思っていなかった。

けれどセーゲルは即答せず、ロゼッタの目をじっと見つめる。

灰褐色の目が、銀色に光る。

自分をとらえようとするような熱のこもった視線に、ロゼッタの体が熱くなった。


「君が、わたしのいちばん欲しいものをくれるならね」


ロゼッタの頬が赤くなったのを見て、セーゲルが低い声で囁いた。


「それは、わたくしに差し上げられるものかしら」


ロゼッタは首をかしげて、セーゲルを見つめる。

一瞬ほほを染めたことなどなかったのように、不思議そうに自分を見つめ返すロゼッタにセーゲルは眉をひそめた。


「気づいているくせに、とぼけるのはナシだ。君が無事、王子と婚約解消できたなら、わたしと結婚してくれないか?」


「……いいわよ、お兄様!」


ロゼッタは、小声で答えた。


実のところ、ロゼッタは王族が相手でなければ、どんな相手と結婚してもいいと思っていた。

その相手がセーゲルなら、申し分ない。


公爵令嬢という今の立場は気に入っているし、両親とも仲がいい。

そこに幼いころから親しくしている従兄が婿として家に入ってくれるなら、ロゼッタに否という理由はなかった。

それにどこか自分に似た思考回路の持ち主である従兄に、ロゼッタは心を許していた。

セーゲルの特別扱いを嬉しく感じていたのは、ロゼッタも彼のことを特別に思っていたからだ。


お兄様と、禁止されていた呼び方で呼んだのは、ちょっとした嫌がらせだ。


セーゲルは眉をひそめてにらみつつ、口元は笑みくずれるというなんとも奇妙な表情をうかべた。

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