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暗殺ギルドの下っ端さん  作者: 海蛇
五章.暗殺ギルドの終焉

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三十七話.ギルドマスター

 夕暮れ時のセリウスの街は、店じまいの支度を始める商人たちで、やや忙しない雰囲気をかもし出していた。

商人の街、商売の発展地とも語られるこの街は、店舗を構える『店持ち』だけでなく、行商などして屋外に露店を構える『露店商』も非常に多く、この時間帯は特にざわざわと落ち着かなくなっている。

もうしばらくすれば誰もいなくなって静かになる通り沿いではあるが、今の時間帯はまだ客の姿もちらほら見え、片付ける前の最後のひと商売をと、精を出す商人も少なくはない。

だが、暗くなってはもう商売どころではなく、今客がついていない店はどこも片付けが始まっている。


 そんな慌しい世界に入り込んでからいくばくか。

馬車で街の入り口まで運ばれたクロウは、街の入り口で待っていた『アドルフの遣い』とやらに案内され、この建物の前に立っていた。

マドリス商会・本社社屋。

高い建築技術で建てられているらしく、まるで塔のように高いこの石造りの社屋は、バルゴアの商店などでは早々見られない威容を誇っていた。


「秘書のアドルフは、この中でお待ちです」


 案内をしていた女が恭しげに頭を下げながら、クロウに中に入るように促す。

クロウも静かに頷き、そのまま中へと入っていった。


 入り口には、本来なら誰ぞかが立っているのであろうカウンターがあり、その奥に階段と、奥間に通じているであろう扉が見えた。

高いだけでなく奥行きも広い建物である。

本気で探索する気なら中々に骨が折れそうだとクロウはじ、と、見つめるが、今回は協力者もあり、目標のいる場所は既に確定されていた。

本来ならば何も考える必要の無い『仕事』である。


 黙って階段を登り、二階、そして三階へ。

まだ騒がしさを残す二階であったが、そのまま階段を上り続けることでスルーできた。

三階にたどり着くと、それが急にシン、としずまり返り、沈黙の回廊が目に映る。

そうして歩いた先に、若い男が一人、クロウの姿を見つけてにやり、ほくそ笑んでいた。


「お前がクロウか。遠路はるばる、と言った所だが、早速仕事に取り掛かってもらおう」

銀縁の眼鏡をくい、と、直しながら、若い男はカツカツと革靴を鳴らしながら近づき、クロウを正面から見据える。

「アドルフか」

クロウも視線を逸らす事なく、油断無くその仕草を注視する。

意外と、殺気などは感じさせず、仕草も『普通の人』そのものであった。

「そうだ。そして、『暗殺ギルド』のギルドマスターでもある。お前の事は、幽霊神父やアンゼリカから良く聞かされていたよ。勿論、裏切り者のフィアーにも、だがね」

「……あんたが、ギルドマスターだと?」

今まで影も形も見えず、ただ『ギルドマスター』という単語のみが耳に入っていたクロウにとって、突然現れたこの男の言葉には若干の困惑も感じていた。

――正体不明の暗殺ギルドという組織を仕切る男が、こんな若い男だったとは。

驚き、そして疑問を感じ、クロウはアドルフを見つめる。

「まさか、ギルドマスターがバルゴアの国外にいたとは思わなかった。なるほど、正体などつかめない訳だ」

「万一という事もあるからな。自分の手足に、自分の喉元を噛み切られてはたまらん」

一見抜け目ない男のように感じさせるが、しかし、こうしてクロウを前にして無防備でいる辺り、肝心なところで抜けているようにも見えて、滑稽に感じてしまう。

表情には出さないながらも、この、『打算的になりきれない男』の顔と性質に、どこか懐かしさを感じながら。

クロウは、話を進めることにした。


「この先に、マドリスがいるという事だが」

「ああ、そうだ。この奥の執務室で、今もまだ書類と格闘しているよ。何せバルゴア国内は火の海だ。巻き添えを喰らって大打撃を被った傘下の商人達や部下を救出するための方策を、必死に考えている最中だ」

回廊の先に見える扉。物音一つ聞こえてはこないが、確かに人の気配はクロウにも感じられた。

「マドリスは、仕事熱心な男だが、少々熱心すぎた。これ以上生かしても我々にとって益はないと判断したのだ。故に、殺してもらう」

腕を組みながらに、アドルフは扉に向け、冷淡な笑みを見せる。

「あんたは何の為にマドリスの秘書なんてやっていたんだ?」

その表情がなんとなく気に喰わなかったのもあり。クロウは、普段はしない問いを向ける。

「お前が仕事を終えたら教えてやるよ。解るだろう? 『内訳話は仕事の後に』だ」

「そうか」

にやついた顔をそのままに、アドルフは親指を扉に向けながら、顎で「行け」と指図した。

そのままに進むクロウ。通り過ぎるその一瞬だけ、クロウはアドルフを強く見つめてしまう。

アドルフは気付いていなかったようだが、確かにその一瞬、睨んでいたのだ。



 そうして、ノックもせずに開けたドアの先。

幅広の椅子に腰掛、机上の書類を前に汗を流す初老の男が、突然の来訪者に驚きの表情を向けていた。

「……君は?」

「あんたがマドリス=ヘルマンか?」

しかし、口調は取り乱す様子もなく、マドリスはジロ、と、睨み付ける。

クロウも物怖じせず、あくまで静かに問う。本来ならば必要ないが、クロウは問うた。

「いかにも、私がマドリス=ヘルマンだが。そんな事も知らずに、ここに来たのかね? 秘書のアドルフを通さねば、ここにはこれないはずだが?」

「あんたのところに来るために、アドルフに脅しをかけたのだ。喉元に刃を向け、『マドリスに会わせろ』とね」

全く必要の無い演技であった。

ドアを閉めながらに、いぶかしむような目で自分を見るマドリスににやついた笑いを見せながら。

クロウは、ありもしない事をさも真実起きた事のようにのたまう。

「――暗殺ギルドだ。これだけ言えば解ってもらえると思うが?」

「……なに。そうか、お前が――」

暗殺ギルドの名が出たことで、改めてマドリスは驚いたように目を見開いたが……抵抗する素振りも、誰ぞかを呼ぶ様子もなく、書類を持った手を手放し、椅子に深く腰掛けた。


「ふふ、君たちを黙らせる為に色々手を打とうとはしたが、結局、こうなるのか」

諦めの混じった顔で、しかしどこか清々しく笑うマドリス。

目の前の暗殺者に全く警戒を向ける事も無く、ただ自身に訪れた『死』を受け入れていた。

その潔さが、クロウには不思議に思えた。

「抵抗しないのか? 大声で叫べば誰ぞかが来るかも知れんぞ? もしかしたら、アドルフが助けを呼んでくるかもしれん。時間を稼がなくて良いのか? 命乞いなどすれば、時間位は稼げるかも知れんのだぞ?」

「馬鹿を言え。アドルフ君が生きているなら、それで十分だ。下手に抵抗などしてアドルフ君がここに戻ってみろ。連れてきた助けの者やアドルフ君まで、巻き添えになるかもしれんではないか」

それでは困るのだ、と、マドリスは笑う。それが、クロウには意外だった。

「自分が殺されるのが、惜しくはないのか?」

「もとより命など投げ出す覚悟の上だ。そうでなくては、このように商会を大きくしていく事も、維持する事もできんよ。人一人の力はな、そんなに大きなものではないのだ」

意思を感じさせる、まっすぐな眼であった。偽りなど何処にも無い、クロウには、眩しすぎる鋭い光。

人を寄せ付けぬ厳しさこそあれ、それはクロウにとって、得難い、ずっと欲していたもののように感じられた。


「強いんだな、あんたは」

「私は強くはないさ。だが、私を支えてくれる者のためなら、強くなければならん。そう見せねばならん事もある。さあ暗殺者よ、早く私を殺したまえ。だが、私を殺しても、私の後を継いでくれるアドルフ君がいる。彼は私よりも大局を見る力があるぞ。とても優秀な男だ。何せ、私の弟子の、ベイカー君の息子なんだからな」

私のようにはいかんぞ、と笑いながら。

刃を手に持つクロウに、先を促す。

だが、その言葉が、クロウには大きなショックとなっていた。

「……アドルフが、ベイカーの息子、だと?」

「そうだとも。私のかつての弟子。『改革』に加わった、愚かな弟子のベイカー君の(せがれ)だ。彼自身は気付いていないようだが、私は知っている。あの馬鹿げた改革に関わった所為で、彼が惨めな道を歩んでしまった事もね」

どこか遣る瀬ない表情でため息をつくマドリス。

ごくり、息を呑んだのは、クロウであった。

「そう、か……クク、フィアーの事があったからもしやとは思ったが、やはり、そうだったのか」

彼が今頭に浮かべているのは、かつての『改革』、そして、それにより死んでいった者達の顔であった。


 なるほど、言われてみれば確かにアドルフは、ベイカーに良く似た面構えのように感じられた。

初対面ながらもどこか懐かしさを感じたのは、ベイカーが肝心な時に詰めが甘くなる性質を、アドルフが受け継いでいるからなのだろう。

フィアーも初対面の時には言っていた。

『私はかつて改革に関係した者の娘です』と。

恐らくは、『暗殺ギルド』そのものが、かつての改革の参加者の末裔(まつえい)や残党、かつての反国王派などで構成されているのだろう。

そう考えれば、かつての国王派だった者や『改革』を著しく妨害した者、処刑者などを優先して狙っていたのが良く解る。

つまりこれは、彼らにとっての復讐だったのだ。


 そこまで考えれば、もう十分であった。

そして、ギルドマスターであるアドルフが、マドリスを殺せと命じた理由。

つまり――自分の父の仇を、よりにもよってクロウに取らせようとしたのだ。



「いくつか、聞かせて欲しい」

短剣をしまいこみながら、クロウはマドリスにぽそり、小さく言葉を投げかける。

「……む?」

その様子が不思議に感じられたからか、マドリスは瞬きしながらに、クロウの言葉を待つ。

それを了承と取ってか、クロウは言葉を紡いでいく。

「改革は、あんたにとって好ましくなかった事のはずだ。だが、あんたの親友バレンシアは、その道を往くことを選んでしまった。それは何故だと思う?」

マドリスの前のソファに腰掛けながら、小さく息を付き、問いかける。

「何故君がバレンシアの名を……いや、いいか」

決して忘れぬ親友の名が、何故この男の口から出たのか。

それに驚きながらも、マドリスは腕を組み、やがて言葉を紡ぐ。


「バレンシアは、恐らく内心で気付いていたのだ。私が進める、バルゴア国内での商業開発。これは、性急過ぎるきらいがあった。地元の商人らには、その土地なりのコミュニティと言うものがある。それを顧みずに自らの力だけで推し進めれば、それは土地の人間にとって、過大な圧力になってしまう。そうして、私やこの商会に向けて叛意の芽が広がるのを、あの男は避けようとしたのだろう」

「……ほう」

「同時に、バレンシアにとって、目に入れても痛くないほどに大切な、愛娘の存在があったのだろう。エリスティアは、恋をしてはならぬ男に恋をしてしまったのだ。そしてバレンシアは、それを止める事ができなかった」

「……」

「全ては、『近衛騎士ガイスト』。この男が目論んだ事なのだろう。エリスティアを口説き落とす事で、エリスティアに懸想(けそう)していたリヒター第一王子を仲間に引き入れ、更にバレンシアをも味方に組み込めたのだから」

「つまりあんたは、ガイストがエリスティアと恋仲になった事も、バレンシアやリヒターを仲間に引き入れるための策略だった、と見るわけか」

「同時に、私の秘書にまで甘い息で囁いて、私まで炊きつけてくれた様だが。おかげで、当時の私は何も気付く事無く彼女の言う事を鵜呑みにし、バレンシアの裏切りに、その理由に気付けないまま、彼らを叩き潰す事ばかりを考えてしまったが、な」


 ここまで話して、マドリスは大きく息を付き、傍らの瓶をコップに向け傾ける。

とくとく、と、水が流れ落ち、やがて半分ほどになったところで、マドリスはコップを口に付け、飲み干した。

「――ティセ君が、全て教えてくれたのだ。騙されていたのだと気付き、傷心のまま自殺してしまったが、失意の中で書かれた日記が、ガイストへの恋心と、疑心に塗れ自身を追い詰めていってしまうその過程を、痛々しく残していってくれたよ」

「なるほどな、よく調べている。ただ自分に敵対するからと叩き潰しただけではなかったらしい」

恐らくはそれぞれの情報はバラバラのパーツでしかなく、それ単体ではまとまった情報として繋げる事は不可能だったはずである。

それらを繋ぎ合わられるだけの情報を、マドリスは自力で入手し、そして自ら組み上げたのだ。

クロウは、素直に感心していた。この、目の前の男は、ただの商売馬鹿ではないのだ。

「私があの改革で憎む相手がいたと言うなら、他でもない、私の親友と弟子と、秘書を奪い、関係したものを全て巻き添えにした、ガイストただ一人だ」

はっきりと憎しみをこめてそう告げるマドリスに、クロウは思わず笑ってしまった。

笑いが堪えられなかった。

「何がおかしいのかね?」

それがマドリスには腹立たしかったのか、ジロ、と睨みを利かせてくる。

この状況下でそれができるのだ。この男、やはり腹が()わっていた。商人ギルド主宰なりの大人物である。

「いや、すまなかった。あんたの本気を笑ったわけではないのだ。ただな――ただ、あんたは、あの改革の参加者を、その全てを憎んでいたのだと思っていた。それが違ったのが、少しだけ嬉しかったのだ」

「馬鹿にするなよ。私はただ物事を表面だけで捉えるような小物ではない。殺されるならばそれでも構わん、だが、大物として死なねば、マドリス商会の名に傷が付く!」

笑うしかない。こんな事を本気でのたまい、それが故に抵抗しなかったのだ。

(――面白い男だな。仕えていた主が違っていたなら、私も――いや)

心の中でだけ思い、口に出しそうになり、それを(わきま)え。

クロウは立ち上がり、手に持ったダガーを、マドリスに向け投げつける。

「……何をしている?」

ダガーはマドリスの喉元に当たるかに見えたが、ギリギリその外側を通り、後ろの壁へと突き刺さった。

わずかばかりの静寂の後、冷たい空気が流れる。

「――人違いだ」

背を向けながら、クロウはドアノブに手を掛け、また一言。

「どうやら、クライアントが望んでいた『復讐相手』は、別にいたらしい」

にやり、マドリスに向けて笑って見せながら、クロウはそのまま部屋を出た。



「終わったか。思いのほか時間が掛かったようだが――『後片付け』まで自分でしていたのか?」

部屋を出て、さきほどの場所まで戻ると、アドルフが階段の前で待っていた。

どこか興奮気味で、じろじろとクロウの手やら服やらを見ていたが。

クロウはそんな事気にもせず、アドルフの顔をじ、と見つめる。

「あんたは、何故マドリスに復讐しようと考えた? このタイミングで」

「内訳話か。いいだろう、答えてやる」

階段の手すりに手をやりながら、アドルフは眼鏡をまたくい、と直し、語り始める。


「マドリスは――私の父の仇だった。御用商人ベイカー。かつて、バルゴアで起きた『改革』を扇動した主要人物の一人でね、マドリスの弟子だったが」

「……」

「ふん、だがな、改革は介入してきたマドリスによって全てぶち壊しだ。私の父も無能な国王の怒りを買って処刑されてしまった。そして私は、当時少年だった事もあって国外追放だ。解るか? 十になったばかりの子供が、親も無しに何も知らぬ土地に放逐されて――どれだけ惨めな人生を送ったか」

「だから、復讐を考えたのか?」

「そうだとも! 全てはマドリスが悪い! そして、当時の国王が悪い! 国王派だった者も、改革を邪魔した者も!! だから私は『暗殺ギルド』を立ち上げた! 父の仲間だった者達の末裔を集めて。私の思想に同調してくれる者達を集めてな!」


 両手を広げながらに、アドルフは高らかに演説する。

聞く者などクロウしかいないであろうに、それがいかにも高潔なものであるかのように。正義であるかのようにのたまうのだ。


「お前とて、そうなのだろう? フィアーは言っていたからな。『私達の苦しみを誰よりも理解してくれる方なのです』と。きっと、あの改革を直に目にした者なのだろう? 語らずともいい、お前の苦しみは、私達が共有できるモノのはずだ!!」

「……そうか」

「そうだとも! だからなクロウ、お前には期待している!! 私は、こんな小さな復讐で終わる男ではない!」

「最後に聞かせてくれ。このギルドは、王族が関与しているものと、フィアーから(・・・・・・)聞いた。それは本当か?」

「なんだ、そんな事まで聞いていたのか。いや、しかし妙だな、あの娘にはそんな事は教えたつもりはないが……ふん、だから裏切ったのか。小癪な!」

「質問に答えろ」

「ああ、そうだとも。現国王アレックスが、我々暗殺ギルドの後ろについている。バルゴア国王自らが、我々の活動を保証してくれていた、という訳だ」


 そこまで聞いて、クロウはにやり、口元をゆがめた。

もう、聞くだけの事は聞いた、十分であった。

「やはり、そうだったか」

「あの方はお若いが、中々に優秀な国王らしい。先代とはまるで違う。先代の愚かな欲望塗れの政治とは違い、間違いなくバルゴアという国を発展させ続けるだろう」

「そうかもしれんな」

それが誇らしいかのように語るアドルフであったが、クロウの考えるところは全く別にあった。

「……ふふ、まあ、この話はもういいだろう。お前には次の仕事が待っているのだ。裏切り者の始末が、な」

「ほう」

勝手に話を切り上げ、次の話を持ち出すアドルフ。

しかし、クロウの眼はもう、こんな小物など(・・・・・・・)は見てはいなかった。

「クロウよ、お前の次の目標は――裏切り者のフィアーだ。かつては近衛騎士ガイストの婚約者、そして宰相バレンシアの愛娘であったエリスティアの娘だったからと重用したが、あの娘の単独行動は目に余る。放置すれば、敵対勢力にもなりかねんからな」

「……フィアーを、殺せ、と」

「そうだ。そしてそれがお前自身の(みそぎ)にもなる、という訳だ」

中々にふざけた内容であったが、だが、クロウはどこかおかしそうに笑い始めた。

「そうか、フィアーが……あの娘が、エリスティアの娘だったか。どうりで似ているわけだ。エリスティアと、そして――私にな」

手にはダガー。それが、アドルフに向け振るわれていた。

「――なっ!? お前っ」

突然の事であった。アドルフは、自身を守ることすらできず、胸を一突きにされていた。



「な、何故、だ……おま、えは……」

驚愕の表情のまま、ダガーを抜き取られ、血が吹き出たままの胸を押さえながら、アドルフはその場にどう、と倒れてしまった。

「『ベイカーの息子アルフレッド』よ。お前は勘違いしている」

「かん、ちがい、だと……? なぜ、お前が、私のなま……を――っ」

「お前の仇はマドリスではない。ここにいる、この私が、そして、お前が何より支えだと思い込んでいた相手が、お前にとっての仇であった。そんな事も知らずに、考えずに、お前は『あの方』に利用されていたのだ」

哀れな男だ、と、慈悲を向けて、ふるふると震える身体を見下ろす。

「わた、の――かた、きがっ、ち、ちが――?」

「そうだ。マドリスは、仇などではない。お前は、恨むべき相手を間違え、討とうとしていた仇の相手ですら、間違えていたのだ」

それが、彼なりの慈悲であった。

「せめて私を恨め。フィアーが言ったことは、ある意味では間違いではない。だが、ある意味では、全く違うのだ。全く、な――」

「お前は……おまえは、まさか――」

「さようならアルフレッド。会えてよかった。おかげで、あの方の名をまた聞くことができた」

血のついたダガーを宙空で十字に切り、そうして、倒れたままのアルフレッドに向け、振るった。



「……アドルフ、君」

そして、それを見ていた者がいた。マドリスである。

恐らく、クロウを追いかけてきたのだろう。

そして、一連の出来事を見てしまったのだ。

「見ていたのなら解るだろう。マドリス。あんたの眼は曇っている。この男は、あんたが全幅の信頼を寄せるほどの男ではなかったらしい」

「……違う。そんな事は無い。彼が私を恨んでいた事など、私を憎んでいた事など、とっくに気付いていた。父の仇だと思ってくれても構わなかったのだ。それでも――それでも、その怒りをバネに、私を越え、いずれはこの商会を背負ってくれると……」

それはあまりにもショックだったのか。マドリスはその場に崩れ落ち、動かなくなったアルフレッドを、涙を流しながらに見つめていた。

「ティセ君だってそうだ。私は、私は、一度だって人を見誤った事などない。私にとって、彼らは皆、大切な、信用に足る者達だったのだ……!!」

「そうか……失言だったらしいな」

嘲笑(あざわら)う事すらできず、クロウはマドリスの度量の大きさに驚かされてしまう。

もう、笑うことなどできやしなかった。

「私はもういかなくてはならん。だが、ひとつだけ、最後に聞かせて欲しい」

「……」

背を向け、役目を果たすために歩き出そうとして、しかし、最後の最後、問いを投げかける。

マドリスの無言を了承と受け、そのまま勝手に口を開くクロウ。

「あんたが一番憎んでるのは、誰だ?」

「――全てを仕組んだ者だ。こんな事が起きる、その全ての大元になった者だ!」

「やはり、そうか」

まあそうだろうな、と、小さく息をつき。

マドリスをそのままに、クロウは歩き出した。

向かう先はセルジオ。フィアーの待つ街であった。


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