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暗殺ギルドの下っ端さん  作者: 海蛇
五章.暗殺ギルドの終焉

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三十五話.バルゴアの暗躍

 フライツペルの夜の森は月日すら射さず。

この闇を支配する夜の王こそが、クロウと呼ばれる夜烏(よがらす)

一度空を舞えば人もネズミの如く容易く連れ去られ、一度そのくちばしが戦慄けば、エモノは一突きで穿たれ()ちる。

地上の王すら容易に屠る暗殺者。まさにその象徴、最強を示すに値する空の王であった。


 今もまた、空ではなく地を跳ぶ夜烏が一羽。

人気どころか獣ですら息を殺し明日の朝を祈る真闇(しんえん)の中、王の名を冠する暗殺者は悠々と陸を舞う。

ひたすら無機に、ひたすら無慨に、ひたすら無情に。

つまらぬ事など考えず、ただ一つ、(おの)が戻るべき場所に戻らんが為、己が巣に戻る烏のように、彼は先を急いでいた。

そんな夜道であった。



「……」

ある時、ふとした拍子で、男――クロウはぴた、と、地に足を付けた。

そのままの姿勢で数秒。鼻で小さく息を吸い――口を開く。

「付けてきているのは気付いている」

腰元のダガーナイフには手を伸ばさず、ただそのままの姿勢で、だが油断なく意識を背後の草むらに向けながら、クロウは言葉を紡ぐ。

「厄介者を、それと知ったまま巣に連れて帰るほど、私はお人よしではないぞ?」

響き渡るはクロウの声ばかりであったが、クロウは明確に、自分以外の存在を認識していた。

その場所も既にあらかた割り出しており、この『追跡者』が何者であろうと、不意打ち狙いであろうとかわせる自信があった。


「……なるほど、噂どおりの腕利きらしい。背を向けたまま、そうまではっきり言うとはね」

言葉と共に草陰から出てきたのは、黒髪を後ろで束ねた若い男。

「教団の生き残り……とは思えんな。受ける印象が全く違う。かと言って、全面的に味方だと信頼できる何か(・・)も感じられない――」

その顔をちら、とだけ見て、一歩、二歩、クロウは歩き出す。

先ほどまでとは異なり、ゆったりとした歩調で。まるで試すように、男に背を向けたまま、ゆっくりと進む。

そうして、それだけの隙を見せても襲い掛かってこない慎重さがこの男に備わっているのだと確認し、今度こそ振り向き、正面から男の顔を見た。

「――何者だ、お前?」

その眼は、見る者に何の色も感じさせない。

ただ見ているだけ。観察しているだけだった。

感情も求めず心も求めず、ただ、目の前にいるこの男の『次にどうするか』をつぶさに探ろうとする。


「僕はね、貴方の『主』からの命令を受けてきたのですよ」

だが、黒髪の男も身じろぎ一つ、恐れすらせず、しっかとクロウを見据え、語りだす。

「貴方がただ一人、命令を受けるべき方の指示を、僕は持ってきたのです」

「主、だと?」

「ええ、そうです」

ただ見ていただけなのをやめ、訝しげにその瞳を覗きこもうとするクロウ。

言葉の真意を探ろうとして、そして、やめた。

「――私は一介の暗殺者だ。誰かと勘違いしているのではないか?」

そうして皮肉気に笑ってみせ、また、背を向け歩き出す。


「そうツレない事を言わないで欲しいねえ。僕にも役目というものがある」

「知らんな」

「なら知ってくれ。僕は新たに貴方を担当する事になった『仕立て屋』だ。クラウンと言う」

冠の名を頂くその男は、まるで社交パーティーにでも出たかのように手を前に出し、姿勢を低くして笑った。

「クラウン……フィアーはどうした?」

新しい仕立て屋。

その一言で、ギルド内が今どのようになっているのか、クロウはうっすらだが感じ取れてしまっていた。

自然、歩もうとしていた足も止まる。

見れば、クラウンと名のった男はニヤニヤと楽しげに笑っていた。

「裏切り者の事なんて知らないね。でもまあ、その内にギルドマスターから粛清の指示が下りると思うけどね」

「フィアーが裏切り者か。では、その下についていた職人も同じように見られているのではないのか?」

――ギルドが動くにしても随分と身軽過ぎる。

本当にフィアーが粛清の対象となるほどの裏切り者扱いされているのか、クロウには甚だ疑問であった。

「貴方は別さ。何せ仕事ができる。とてもクレバーな職人だと、僕は聞いていたからね」

「……そうか」

ひとまずは、この男の話を聞く必要がある。

クロウはそう判断し、木を背に、男の語るままに任せることにした。


「こうして僕がわざわざ遠いフライツペルまで来たのは、ギルドの拠点たるバルゴア国内の政情が一変したから。貴方は知っているかい? 今、バルゴア国内では『商人ギルド』傘下の商人達が、次々と駆逐・排斥されていっている」

「例の、反商人ギルドを声高に叫んでいた商人達の声が全国的に届いた、という事か?」

「それもあるね。そして、それに求められる形でバルゴアの国王が動いたから、というのも大きい」

かつて商人ギルドを頼り、『改革』を妨害したバルゴア王家が、今では商人ギルドと対立。

その結果、国内の反商人ギルド勢力が潰される事なく増強され続け、商人ギルドに関わっていた者達が手痛いしっぺ返しを喰らっている、というのがこの男の説明によるところの『現在の情勢』であるらしい。

クロウはつい、笑ってしまった。

「それだけでもなかろう。『聖堂教会』の指揮するフライツペルのカルトが潰れた。これによって、それまでフライツペルを押さえつけていた『枷』が外れてしまった。遠からず、この国はバルゴアのように発展し、脅威となる」

「……」

「そうなってからでは遅い。だから、国王は今のうちに国内の反商人ギルド勢力を掌握し、同時に商人ギルドとの間に立つことによって自分達の思うままに『商業』を支配する事を目論んでいるのだろう。今、商人ギルドに対して国が反発して見せているのは、ただのフリだ。そう見せかけて、煽っているに過ぎん」

これはただの譲歩を狙うための策に過ぎない。

クロウはそう考え、国王の政策を評価していた。

「結果としてそれは当たり、商人ギルドは今、揺れに揺れている。そう掛からずマドリスが崩れるか、その前に過激な手段に出るか。後者であった場合に備え、先に手札を手に入れておきたい。だから私に接触した――違うか?」

相手の反応など解りきった上で、クロウはにや、と、クラウンの顔を見やっていた。

「……まさか、そんなところまで調べているなんてね。驚きだ」

意外にも悔しがったり警戒心を向けたりはせず、クラウンは素直に感心していた。

眼を見開き、ぱちぱちと、夜闇に不似合いな手鳴らしをして。

「調べるまでもない。私がしてきた仕事とその関係性、それにお前の言った『政情の変化』というものを考えれば、この位の答えは容易く導き出せるものだ」

そんな大した高説のつもりでもなく、褒められても心が動く事はない。

どちらかと言えばそんな面倒くさい事をわざわざ自分に言わせたこの男が、どこか腹立たしくも感じてしまっていた。

――回りくどい。

そう、この男は、どこか懐かしいその感覚を、クロウに思い出させていた。


「貴方に向けて、仕事が一つある。受けてくれるね?」

「それが『仕事』であるなら、な」

クロウは、職人であった。

職人である以上、正当な『仕事』はこなさねばならぬ。

これは、ギルドが決めるまでも無く、彼自身が抱いている矜持(きょうじ)でもあった。


「貴方の次の目標は、商人ギルド主宰、マドリス=ヘルマン。これを殺害してきて欲しい」

「仕事をこなす上で何か条件などは?」

「条件は特には無い。現地では『アドルフ』という名のマドリスの秘書が貴方に協力する手はずになっている。確実にこなして欲しい」

「そうか」

話の流れで、クロウも「そうなのではないか」と薄々感づいてはいたものの、「随分と思い切ったことをするものだ」と、呆れてつい、苦笑してしまっていた。

だが、それはそれとして仕事には違いなく、クロウは木から離れ、クラウンに背を向け、歩き出す。

「マドリスは今、セリウスにあるマドリス商会社屋にいる。ここからは……一週間もかかるまい」

「フライツペルの次はセリウスか。レガリア公国とはまた――」

話半分程度に聞きながら、クロウはその目的地までのルートを思考する。

構築されていく最短ルートは、近隣の街からの馬車を利用しての、レガリア公国国境を抜けてのルートであった。


「安心して良い。レガリアへの馬車は既にこの森の外に用意してある。国境を抜けるための書類も既に審査が通っている。貴方は堂々と、馬車に乗ったまま国境を越え、わずらわしい思いをする事無くセリウスに入る事が出来るはずだ」

随分と手の込んだ前仕度であった。

クラウンの言葉どおりならば、このまま森を出るだけで勝手に目的地についてくれるのだという。

後はそのまま目標を討ち、帰って来るだけなのだ。

(……果たして、何を考えてるのか)

あまりにも行き届きすぎていた。フィアーが裏切り者扱いされた事。

その傘下であった自分が、マドリスという大物を殺害する事を命ぜられた事。

いずれにしても違和感が強く、ただそのままの『仕事』では済むまいとも、クロウには思えた。

嫌な(・・)予感がしたのだ。

「――とりあえず、森を出るとしよう」

「ああ、そうしてくれ。そして馬車の中でゆっくり休むと良い。マドリスを片付けた後にも、貴方には大物を殺してもらうことになるだろうから、ね」

クラウンはと言うと、少しばかり口元を緩めながらも、妙ににやついたり気持ちの悪い素振りを見せたりする事無く、クロウにそう説明し、腕を森の外へと向けた。

彼の言う事、ギルドの方針とやらは信用ならないが、ただ一点、ふざけた様子が一切無いのだけが、クロウには評価できる点のように感じられた。



 促されるようにそのまま森を出たクロウは、待っていた馬車に乗り込み、ついてきたクラウンの顔をじ、と見る。

「何かあるなら、今のうちに聞くが」

「無事に戻ってきてくれ。貴方のような腕利きは、我々のギルドにはまだまだ必要な人材だ」

まだまだ若いが、芯を感じさせる眼であった。

クロウもここにきてようやく頬を緩め「ああ」とだけ返し、荷台の奥へとしゃがみこむ。

ほどなく馬車が走り始め、クロウが外を見たときにはもう、クラウンの姿は見えなくなっていた。



「そうですか、あの教団は、聖堂教会の息が――」

「ギルドだけじゃない。教会組織も油断ならん相手だった、という事だな」

バルゴア王国・セルジオの街のラークの館にて。

館の中に作られた小さな礼拝堂で祈りを捧げていたフィアーは、背後に立つロッカードからカルッペでの一件の説明を受けていた。

「……今、王都とその近辺はかなりカオスなことになっているようですね。ギルドの名を冠した、先代国王派に対しての粛清劇が加速しています。同時に、その摘発という名目で、多くの罪無き市民が、騎士団によって捕縛・拷問され、ありもしない罪を認めさせられ、処刑されている――」

「騎士団に言わせれば『魔女狩り』らしいがね。名目上は国賊を捕らえるため、だが、私利私欲の為に金持ちや若い娘を狙い打ちにして捕らえているらしい」

「――今の騎士団長になってから、かなりの部分押さえられていたと思いましたが」

「今の団長はかなりまともな人物だからな。だが、そいつが王都から離れた途端、騎士団は元の腐敗を取り戻してしまった」

度し難い、というのがフィアーの抱いた感想であった。

騎士団という組織は、今の時代になって尚、先代国王の時代から何ら体質が変わっていないのだ。

「まだまだ、騎士団にはショックが必要、という事なのでしょうか?」

「あの騎士団長もそう考えているらしい。だが、それで自浄されるかどうかは怪しいだろうな……」

「悪化する可能性の方が高いでしょうね。そしてそれは、あの国王の思うツボ、という事……」

祈りの姿勢を解き、振り向いてロッカードを見つめるフィアー。芯を感じさせる、凛とした瞳であった。

「そういう事だな。『夜の裁き』が潰れたことは国王としては計算外だったはずだが、あの国王はそれすら即興の策で潰そうとしている」

「マドリスを殺して、商人ギルドが強硬姿勢を解きさえすれば、国にとって都合よく作用するように働きかける事も容易になるでしょうし、ね……」

「正しく、この国の発展の為を考えるならこの上ない戦略に思える。今代の国王は、間違いなくこの国を繁栄させることだろうな」

それが気に入らない、とばかりに、ロッカードは視線を逸らし、ギリ、と歯を噛む。

「……ロッカード兄さん。やはり貴方は、復讐という観点でしか、物事を図れないのですか……?」

それが少し寂しくも感じ、フィアーは小さく俯く。

「仕方ないだろう。俺もお前も、アドルフだってそうだ。俺達は『改革』の所為で人生をぶち壊しにされちまった。幸せに生きたってよかったはずなのに、親と一緒に生きる権利すら、親の名を人に話す権利すら、俺達は奪われちまったんだ」

拳を強く握り、肩を震わせながら。

ロッカードは我慢ならんとばかりに、だん、と、右に一歩、踏みしめる。

「――諸悪の根源は、あの国王だ。だから俺は、あいつが許せねぇ」

「ロッカード兄さん……ええ、貴方の気持ちは解りますよ。私だって、お母様の顔すら知らないのは辛いわ。両親との思い出が何一つ無いのは、それはとても寂しい事なのだと、解っているもの」

その握り締めた手にそっと手を覆いながら、フィアーは頬を緩め、曖昧に笑う。

「でも、憎しみばかり見ていてはいけないと思うのです。私は、その先に行きたい。兄さんやマスターが復讐をしなくては進めないというなら、私はそれを止めようとは思いません――ですが」

憎悪に歪むロッカードの顔を慈しむように見上げながら、包み込んだ手を自身の胸元へと誘う。

「ですが、無茶な事はしないでください。マスターはともかく……ロッカード兄さんがいなくなるのは寂しいですから」

「……ありがとう、エリス。ああ、無茶な事はしないよ」

妹分の言葉にはっとしたように眼を見開き、憎悪に染まっていたロッカードの顔は、幾分赦されたような安らぎを取り戻していた。

「お前は全部お見通しなんだな。クロウが……あいつが敵に回るようなら、俺があの国王を討つつもりだったが――」

「その必要はありませんよ。クロウはきっと……あの人は、必ず私のところに帰ってきます」

その信頼が、ロッカードには眩しかった。

ただの仕立て屋と職人とは違う、フィアーだけが抱く強い信頼。

その正体をよく知らぬまま、だが、この妹分が言うのならば、と、ロッカードは頬を緩め、一歩下がる。


「お前がそう望むなら、俺はそれに従おう」


 それだけ告げ、礼拝堂から離れるロッカード。

一人残されたフィアーは、今一度振り向き、(ひざまず)いて女神像への祈りを再開した。


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