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暗殺ギルドの下っ端さん  作者: 海蛇
四章.旅路の果てに待つもの

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二十九話.潜入作戦


 シルヴィを連れ教会へと戻ったクロウは、驚いた様子のシスターに「突然の厄介ごとですまないが」と謝りながらも、街で起きた一件、それからシルヴィを取り巻く状況を説明し、理解を求めようとしていた。

傍でおずおずと様子を窺っていたシルヴィであったが、シスターはいくらか迷ったような表情を見せながらも、「そういった事情なら」と、彼女を受け入れてくれる事となり。

晴れて、彼女は教会預かりの身となった。


「それにしても、そのようなことが街で起きていただなんて……女神よ、これも試練なのでしょうか……?」

一通りの話を終え、やや疲れた表情ながら、シスターがほう、と息をつき、女神像へと祈りを捧げる。

「シスターは、街にいながらその辺りの事、気付いてらっしゃらなかったのか?」

その背に向け、クロウは自らの眼で見てきた事を、元からこの街にいた彼女が気付かなかったのは妙ではないか、と、疑問を感じ始めていた。

「……私は、あまり街へと出ませんから。用事がある際にはお手伝いの娘達に頼んでいましたし」

「噂程度でも、聞いたりはしなかったのですか? その、教団に若い女性が連れられている、というのは……」

シルヴィも不安げにシスターを見るが、振り向いたシスターは難しげな表情であった。

「ええ。ここに訪れた方は普段と変わらない様子でしたし、お使いに出した娘達も……ですから、そのような事になっていたのは、正直驚かされているのです。そのような、人道に反した行いが、街で咎められもせず――」

物憂げに俯きながら、胸元の十字架をきゅ、と握る。

「聖堂教会は、人身の売買も禁じておりますし。異教の文化を()(ざま)に言うつもりはありませんが、シルヴィさんのように連れてこられた女性が他にもいるのだとしたら……この街の若い女性も、同じようになっているのだとしたら、確かに恐ろしい事だと思いますわ」

看過できることではありません、と、シスターは再び背を向け、女神像を仰ぐ。

「――我らが女神よ。どうか私に天啓を」

そうして(ひざまず)き、再び祈りを捧げていた。


「……」

「……」

クロウとシルヴィは、二人してそれを黙って見ていた。

皮肉な事ながら、「そんな事をして何になるのか」という気持ちもあり、どこか冷めたような目で。

今すべきなのは神様頼りではなく、教会としてできる範囲で対策を講ずるべきなのではないか、と、クロウは考えるのだが、それをこのシスターに訴えるのは無理があるか、と、胸にしまいこむ事にしていた。

教会一つ任されているとはいえ、まだ歳若い娘なのだ。解らないこと、困惑する事も多いのだろう。

無理に背負わせるよりは、こうして祈りでも捧げていてくれたほうがいいかもしれない、と、思いなおしたのだ。



「シルヴィさんは、しばらくはこちらの部屋で暮らしていただきます。教えもありまして、ただ住まわせるわけにも行かないので、貴方にも何かお手伝いをしていただく事になると思いますが……」

結局そのまま暗くなってシスターが祈りを終えるまで待っていた二人であったが、部屋に案内されながらの説明に、シルヴィは微笑みを見せながら頷く。

「ええ、勿論ですわ。お世話になっておいて何もしないなど、そのような情けない姿は晒せませんもの」

背を反らせ豊かな胸を張りながら、「お任せください」と心強い返事を返す。

「助かります。では、シルヴィさんのお部屋はこちらで。今夜は他の娘が当番になっているので、シルヴィさんはゆっくりくつろいでもらって大丈夫ですわ。狭いお部屋で何もありませんが、お疲れでしょうから――」

「お気遣い感謝致します。では――」

ぺこりと一礼し、静かにドアを開け、中に入っていく。


 クロウも安堵し、シスターに向き直った。

シスターもシスターでクロウの方を向いたので、自然、視線が合わさる。

「初日から厄介ごとを持ち込んで申し訳ない。だが、放っては置けなかった。医者の不在というのも気になったし、な……」

再び歩きながらに、先ほどの件を持ち出す。

「ええ。確かに放っては置けませんわ。シルヴィさんの手前ああは言いましたが、実のところ、この街は今、善くない方々が増えているようでして……」

困っているのです、と、眉をひそめながらに、静かに語りだす。

視線を彷徨わせ、人影が無いか、聞き耳は立てられていないか、と、不安げに。

「……こちらへ。こうしたお話ですから、あまり人の耳には……」

「……ああ」

そっと手を引かれ、クロウも驚かされたが。

シスターの表情は真面目そのもので、ふざけたものでもないだろう、と、クロウも黙って従う事にした。



「実は、バルゴアの方へ男手を回して欲しい、と依頼したのは、今のこの街の状況に、不安と……危機感を覚えたからなのです」

やがて通された部屋に着くと、シスターはヴェールを取りながらに、ベッド脇の椅子へと腰掛けた。

手で示され、正面に座るように促されて、クロウも座る。


 そこはシスターの私室らしく、質素な造りで、ベッドと書類書きに使う机、それからこうした些事(さじ)に役立つテーブルと椅子がある位であった。

「貴方は、この街にきたばかりですからご存知ないかもしれませんが……この街には今、『夜の裁き』という危険なカルトが蔓延(はびこ)っているのです」

「夜の裁き……」

まさかこのシスターの口からそれを聞くことが出来るとは、と、表情には出さないまでも、クロウは内心驚かされていた。

ほんの少し前まであてにならないと感じていたのが嘘のように、今はシスターの話がとても重要なものであると感じさせられたのだ。

「いつそれが宗教として(おこ)り、人々の心をさらっていったのかは解りません。ですが……その教団は、今では街で最も勢いのある、王家すら迂闊には手が出せない存在感を持っているのです」

「では、この街の領主であるリョーク公爵は……?」

「最初こそ排斥しようとしていたらしいのですが、今では公爵様ご自身も教団幹部の一人……教団信者による街での狼藉(ろうぜき)も、誰にも批判する事はできないのです」

蜀台の火に照らされる銀髪を煽りながら、シスターは小さく俯き、胸の前で手を組む。

「勿論、私ども聖堂教会はこういった状況を看過する訳には参りません。度々手を尽くそうとはしたのですが……実りを迎えた事は一度も」

「神頼みせざるを得ないほど、切迫した状況なのか……」

活気ある街のように見えたが、どうにもかなり末期的な状況に陥っているらしい。

呆れを通り越して酷く面倒くさく感じたクロウであったが、だからとただ聞いているだけにもいかず。


「それで、それを私に聞かせて、シスターはどうしたいのだ?」


 結局、彼女が求める『先』を自分から問うてしまう。

自分でも馬鹿なことをしていると思いながらも、頬を打たれていたシルヴィの姿を思い出し、捨て置けぬと感じてしまったのだ。

それは職人としては許されざる私情であったが、今の彼は『迷える剣士ベルク』であった。


「……どうか、これ以上は無闇な事はなさらぬように。教会組織であっても迂闊に手を出せない状況です。こうしてお伝えしているのも、ベルクさんが、これ以上この件に関わろうとしないよう、忘れていただくためにあえて話したのです」

だが、意外にもシスターの口から出たのは、救済を求める声でもなければ、助力を望む説得でもなかった。

「つまり、事情が事情だから、シルヴィの事もこれで手打ちにして、忘れろと言いたいのか?」

「もちろん、シルヴィさんはこちらで責任を持って自活できるようにお助けしますわ。ですが、これ以上はダメです。気になるからと、首を突っ込むのだけはおやめくださいね」

自制を促す言葉。

どこか諦めのようなものを感じさせながらも、それでも仕方ないのだと、悔しさを滲ませた、複雑な表情であった。

「……勿論だ。承知している。私とて、自分の道に悩んで旅をしていたに過ぎない。シルヴィの事はただ……美しい娘がひどい目にあっていたのが許せなかっただけだからな。わざわざ危険な教団とやらに関わるつもりはないさ」

だから、クロウは表面上、言葉の上でだけ、その忠告を呑む事にした。

ベルクである以上は、無視もできまい、と。

それを聞き、シスターは安堵したようにほう、と息をつき、口元を緩める。

「解っていただけたようで何よりですわ。気になる事は多いと思いますが、それもいずれは聖堂教会が必ずや、救済の道を繋げるはずです。ベルクさんはどうか、ご自身の問題から取り掛かってくださいね」

「ああ。そうさせてもらうよ」

どうやらクロウの言うまま受け取ってくれたらしく、シスターはにこりと微笑み、席を立つ。

丁度同じタイミングで、ちりりん、と、部屋の外の方から鈴の音が聞こえた。

「さ、丁度夕食の時間ですわ。参りましょう」

そうしてドアを開け、クロウにも部屋の外へ出るように促す。

「……ああ」

素晴らしいタイミングだな、と、感心ながらに。

クロウは言われるまま、シスターに続いて部屋を出た。



 結局食事の場はお祈りに始まり粛々(しゅくしゅく)と進み、特に何事か話す事もなく終わる。

クロウ以外は全員が若い娘という状況にありながら、なんとも静かな様に、クロウと、それからその場に不慣れなシルヴィは堅苦しさを感じていた。

夜も深まると、唯一の男性であるクロウは用意された部屋で一人時を過ごしていたが、それも遅くになるや、おもむろに支度(・・)し、部屋から抜け出し、教会を後にした。



 夜の街は霧に包まれていて、昼とは違って言いようの無い不気味さに支配されていた。

風は無く、じとじととした空気が黒衣にまとわりつき、クロウに重さを感じさせる。

ねっとりと絡みつくような闇に、本来夜にこそ生を感じるはずの『職人』は、猛烈な違和感と緊張を感じ始めていた。


 時刻は遅く、人気が無いのは当たり前なのだが。

街そのものに全く音が無い。気配がない、というのは、あまりにも出来過ぎ(・・・・)ていた。

ひた、と、足を止め、周囲を見渡す。特に何もいない。何も感じない。だが。

クロウは、言い知れぬ胸のざわめきに、「本当にこのまま進んでいいのか」という疑問を胸に抱き始めてしまった。

こんな事は、職人として仕事をしていて初めてのことで、酷く困惑してしまっていた。

「……いいや、やるのだ」

ぽそり、呟く。実際に言葉にしてみると、それだけで案外腹が決まるものである。

事実、それまでの戸惑いなどどこへやら、クロウは再び口元を引き締め、目的の場所へと向かい始めた。



 あらかじめ、教団の拠点の場所というのは調べ済みであった。

ギルドの諜報能力というのも中々馬鹿にならない。

優秀な間者でも潜ませているのか、あるいは教団の構成員を拷問か何かした末に獲得した情報なのか。

いずれにしても、その場所が解るというだけで相当に手間が省ける。

土地の者ではないクロウにとっては大変ありがたい事であった。


 しばし、気配を殺しながら歩き続け、ようやくその目的の館へとたどり着く。

かつてはリョーク公爵の別宅として使われていたそれは、今では教団が街で活動するため役立てられているらしい。

そこで何が行われているのかは調べなくてはならないが、当然身の危険もあろうと、クロウは警戒心を密にしながら進んでいった。


「おい、こんな所で何をしている」

庭伝いに館への侵入経路を考えていたクロウであったが、番でかがり火の前に立っていた男達が、館から出てきた男に話しかけられ、意識をそちらに向けていた。

これは侵入のチャンスか、と、クロウは油断なくその様子を窺う。


「今夜はゾンビーになるための『永世(えいせい)の儀式』が行われる神聖な夜だぞ。番なんて良いから、早くお前も来い。人手が足りんのだ」

「もうそんな頃合だったのか。ま、わざわざこんな街まで来て侵入者もないか」

「当然だ。この街は我らの支配下にあるのだからな。楯突(たてつ)く輩などいるものか」

「へへっ、ああ、股座(またぐら)がうずうずするぜ。今夜はどんな娘があてがわれるのかねぇ」

「教団さまさまだな。教義は厳しいが、儀式の度に若い娘を抱けるのはたまらん」

「違いねぇ。ゾンビーなんて本当になれるかどうかも解らんが、女を抱けるならそれでいいやな」

「全くだ」


 男達がくだらないことを口にしながら去っていくのを見、クロウはわずかばかり思考を巡らせる。


 男達が話していた『永世の儀式』とやらの為、どうやら若い娘達があの男達の相手をさせられているらしい事。

永世の儀式とはゾンビーという謎の存在になるためのものらしいが、それと若い娘達とのまぐわいに何の意味があるのか。

街から若い娘達が消えているのは、これに関係しているのか、と。


 ともかく、警戒が薄くなったのは確からしく、周囲を気にしつつも、クロウは大胆に、正面から館へと侵入していった。


 館内部は、うすぼんやりとした灯りがそこかしこに設置されており、また、香が焚かれているのか、なんとも言えないいかがわしい雰囲気をかもし出していた。

ところどころ人気らしいものも感じられたが、特にそれが強いのは地下から。

地上階にはそれらしき信者の集団は見つからず、地下を探るほかなさそうであった。


 探してみれば地階への階段は容易に見つけられたのだが、流石にここまではノーマークとはいかないらしく、階段の両脇にはいかにもな三角の覆面をつけた大男が二人、手に時代がかったフレイルを持って立ちふさがっていた。

どうやら、この男達の認証を得られなければ降りられないらしい。

(殺してしまうか……? いいや、教団の全容が掴めていない以上、迂闊に騒ぎを起こすのは避けなくてはいかん、か……)

排除するにも、いくらか工夫がいるらしいと思い至り、クロウは一旦、その場から離れる。

幸い、館内部には他に警戒で立っている者は居ないのだ。

迂回は無理としても、方法などいくらでも試すことが出来そうであった。


 それよりはまず、今のうちに館内部を調べる事であった。

クロウの目的は、何も教団の撃滅に限られたものではない。

勿論可能ならそれも視野に入れるが、まずは教団のバックにいるであろう、クロウたちを襲撃する事をこの教団に命じた『何者か』を探る事にある。

確かにこの教団を潰せれば当面の間は安泰かもしれないが、それでも裏に立つ人物が諦めが悪ければ、いつまた自分達が襲撃を受けるか解ったものではないのだ。

まずはそれを突き止めなくてはならない。

教団を潰すのは、それからでも遅くは無いのだから。


 見取り図がないながらも、いくらか貴族の邸宅を歩きまわった経験のあるクロウは、それとなしに大人物が使っていそうな、比較的重要そうな部屋を見つけ出していく。

領主の書斎らしき部屋や寝室、それからあまり趣味が良いとは言えない腐臭のするプレイルームなど。

これらを探索していくにつれ、少しずつこの街の置かれている状況が浮かび上がろうとしていた。

「……これだけあれば十分そうだ」

それらしきいくつかの資料に眼を通しながら、それを袋に詰め、窓の外、庭木の茂みへとそっと落とす。


 そうして今度は地下である。

適当な蜀台を取り外し、絨毯の上に少し油紙を撒いてから叩き落した。

耳が良いのか、覆面の男達は蜀台の割れる音を察知してすぐさまその場に駆けつけ、何事かと燃え盛る絨毯を見て顔を見合わせあわてていた。

どちらか片方だけでも来てくれれば、と思ったが、どうやら都合よく二人ともきてくれたので、侵入はより容易になったと言えよう。

困惑気味な二人組をそのままに、クロウは悠々と地下の探索に向かうのだった。



 地下は、より香の濃度が濃くなっていた。

鼻を押さえていないとやられそうな程の甘い香りで、どうにもこれが気分の高揚や血流に影響を与えているらしい。

クロウ自身、妙な胸の高鳴りを感じ始め、即座に手拭き布で口元を押さえたほどであった。

どうやら強烈な夜薬・媚薬の類らしく、あまり長時間居座るのはよろしくないらしい、と、クロウは頭を振りながらに進む。


『……んっ』

地階とは言っても、ただ広いばかりの空間という訳でもないらしく、階段から続く廊下に、そこからいずこかの部屋へのドアといった構成になっていた。

廊下を歩いていれば、ドアの向こうからはキシキシと何かが軋むような音、女のくぐもったような声、男のケダモノじみた唸りなどが聞こえ、通り過ぎるクロウに、なんとも淫らな光景を想像させていた。


『――いやっ、やめてっ』


 そうして、一際大きく響いた悲鳴の先、突き当たりの大広間は開け放しにされており、ぼんやりとした蝋燭の火の中、裸の男女がまぐわいあっている異常世界が広がっていた。


(……これ、は)


 常識を超えた光景に、しばしクロウは唖然としたまま、それを眺めてしまう。

裸で横たわる若い娘達に群がるのは、頭のおかしな狂信者めいた者達ではなく、どこにでもいそうな男達だったのだ。

それこそ、街で歩いていても誰も疑問にも感じられぬような、そんな普通の男達が、やはりこれもまた、街で普通に買い物でもしていそうな若い娘達にむしゃぶりついていた。

聖堂での厳粛な雰囲気の中行われるミサが聖なる祈りだというなら、これは教会が禁忌とする魔術の類のようにも見え、強烈な背徳、そして悦楽という名の甘美な禁忌を感じさせてしまう。


 そうして、その中心には、歪んだ十字架に縛り付けられた、一人だけ衣服を着た若い娘の姿。

やはり男達に群がられ、ブラウスの上から胸を揉みしだかれたり、耳を舐められたり。

長めのスカートを(まく)り上げられ足首に舌を這わせられ、そうかと思えば背筋に指を這わせられ。

「いやですっ、やめてっ、もう許し――っ」

どうやら先ほどの悲鳴の主はこの娘だったらしく、今も尚、自らの身体をいい様に弄ぶ男達に泣き叫んでいた。

薄暗い所為でクロウからは表情まではよく解らなかったが、明確にそれを拒絶するように首をいやいやと横に振っているのに、男達はそんな事知ったことではないとばかりに、その身体をまさぐり続けていた。

周囲で他の娘達がされている快楽漬けと比べれば遥かに軽易なソレは、しかし、娘にとっては耐え難い恐怖らしく。

必死に歯を食いしばりながら、それでも内から湧き上がる何かに抑えきれないのか、口の端から涎がこぼれてしまっていた。


「お前は今宵、ゾンビーになるのだ。首を落とされ、我らとまぐわい、新たな生をその腹に宿す。そうしてその生によってお前は生き返る――」


 それを遠巻きに眺めている者がいた。

階段を固めていた男達と同じ、三角の覆面で顔を覆った巨漢。

野太い声で、満足げに娘を見やっていた。

「嬉しかろう? これこそが我らの儀式。これこそが我らの悦び。愉悦の中生きよ。快楽に溺れそのまま死んでゆくのだ。そうして眠りにつき、目が覚めればそこがヴァルハラよ」

足元にはべらせた少女の顔を踏みつけながらに。

それでも尚悦びその靴を舐める少女の頭を撫でてやりながらに。

男は、指をぱちりと鳴らした。

「ひっ、い、いやっ、やめてくださいっ!! ゾンビーになんてっ、わ、私はただ、救われたかっただけで――」

それと共にくくりつけられていた娘の鎖がすとん、と落ち、その身が地べたへと転がされてしまう。

弄繰り回していただけだった男達は、欲望に溺れた眼で娘に覆いかぶさろうとしていく。


「――救いならそこにある。助けて欲しかったのだろう? いくらでも救済してやる。聖堂教会のような腐った組織には出来ぬ救済だ。女神などには決して出来ぬ究極の選択だ。心を捨てよ。我が教団が為、全てを捧げて全てを得るのだ」

それが一番だ、と、男の声。

「ぎぃっ、むぐっ!! ひっ、あっ――」

口すら塞がれ、抵抗しようにも身を押さえつけられ。無理矢理に股を開かされ。下着を取り払われ。

そうして彼女は見てしまったのだ、自分に向けて、その細い首に向けて、巨大な斧を振り下ろそうとする男の顔を。

無情にも行われようとしていた行為を、しかし誰も止めてくれるはずも無く。

娘は、つ、と、最後に一つだけ、大きな涙の粒を流した。


「――あ?」

娘に覆い被さろうとしていた男の一人が、間の抜けた声と共に動かなくなった。

「う――ぶしゅっ」

足を押さえつけ、今にも欲望を打ち付けんとしようとしていた男は、首から何かを生やして血を噴出し。

「え……ぐっ」

斧を持っていた男は、訳も解らぬままに首を掻っ切られ、声すらあげられずにそのまま崩れ落ちて絶命した。


「なっ――なんだきさっ――」

突然の乱入者であった。欲望と快楽の儀式を執り行っていたはずなのに、突然の何者かの襲撃を受けたのだ。

しかし、覆面の男はそれ以上声をあげられない。

今は、夜である。薄暗闇(うすくらやみ)は、暗殺者の仕事場であった。

この場この時、クロウの存在を察知して生き延びられる者などいるはずもなく。

気が付いた者から、クビられて死んでいった。



「……あ、あ……?」

そうして、クロウの視界に残ったのは、犯されそうになっていた娘ひとりであった。

他にも、視界の外では未だ好き放題に交わりあっている男女の姿があったが、そんなものはもう、見ていなかった。

それはもう、欲望のまままぐわうだけのケダモノである。

この場にいる人間は、自分とこの娘だけであると、そう割り切ることにしたのだ。


「――君を助けに来た。共に来てくれるか?」

片膝を付いて手を差し出し頬を緩め、唖然としたままの娘に、できるだけ優しい言葉をかける。

希望を感じさせるような、現実に戻れるような、そんな言葉を。

「たす……助けに? わたし、を?」

「そうだ。君をこの場から助けてあげる為に、私は来たのだ」

一瞬、訳が解らないかのようにクロウの顔を見たり見なかったりしていた娘であったが、やがて正気を取り戻したのか、じ、とクロウの瞳を見つめてくる。

「……」

「……」

やがて、その瞳がふる、と揺れ、目の端から大きな水粒が零れ落ちる。

「たすかっ――わたしっ、わた――も、だめなんじゃ、って――」

そうして(あらわ)になったままの胸を抱きしめるようにしながら、娘はぽろぽろとこぼれる涙のまま、先ほどまでの恐怖を思い出し、震えてしまっていた。

「もう大丈夫だ。だが、いつまでもここにいられるものではない。きてくれるね?」

「……はい。お願いします、私を助けてくださいっ」

顔を上げ、覚悟を決めたように頷く娘に自らの外套を着せてやりながら、自身は近くに倒れていた男からはぎとった覆面と衣服を奪い、着替える。


「話は向こうについてから聞かせてもらおう。だが、まずはここから出ないとな……すまないが、少しの間演技をしてくれ」

「演技……ですか?」

覆面の穴に視線がきちんと通るか、ある程度の動きができるのかなどのチェックをしながらに、クロウは娘を立ち上がらせる。

「ああ……この男……名前はなんと言うのか解るか?」

そうして、覆面を剥がした後に残った、ハゲ頭の壮年を指差しながらに、その正体を娘に問う。

「その方は……この辺りの街を治める領主様です。この教団に染まってしまってはいますが……昔は善い方でした」

既に息絶えてはいたが、娘はどこか悲しげに目を瞑る。

しかし、クロウはそれどころではない。驚きに視線を彷徨(さまよ)わせてしまっていた。

「なんと……この男がリョーク公爵だったのか……これは参ったな」

一人乱交に加わらず儀式の指揮を執っていた辺り、何らか教団の幹部らしき男のように感じてはいたものの、まさかこれが領主とは、と、開いた口が塞がらない。

(教団の幹部になってしまっていた、とはシスターが言っていたが、まさかこんな怪しげな儀式を先導しているとは思いもしなかったな。なんというか、業の深い連中が多そうな街だ……)

どうにも馬鹿げた結末が待っていそうで、今から先を知るのが面倒くさく感じ始めてしまっていた。


「まあ、いい。とりあえず、脱出するか――許してくれ」

色々逡巡(しゅんじゅん)しそうになっていたが、あまり時間を浪費するのも良くないだろう、と、ため息ながらに娘の顔を見る。

「えっ――」

何を言っているのですか、と、クロウの謝罪の意味が解らず首を傾げようとする娘。

だが崩れ落ちる。

「なん――」

その表情が驚愕に染まりそうになり、そのまま落ちるのを確認する事無く、クロウは抱き抱え、脱出の為の『仕事』に取り掛かり始めた――


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