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暗殺ギルドの下っ端さん  作者: 海蛇
四章.旅路の果てに待つもの

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二十八話.邂逅


 フライツペル・リョーク公爵領カルッペにて。

聖馬車に揺られる事数日。無事国境の(せき)を抜け、街へとたどり着いたクロウは、フィアーから渡されていた紹介状を手に、出先の教会で世話になる事になった。

「ありがたいことですわ。近頃は男手が足りていなかったものでして」

お世辞にも大きいとは言えないような聖堂を持ったその教会、仕切るのは歳若いシスターが一人と、併設された修道院からお手伝いとばかりに見習いの娘達が三名ばかり。

女所帯では労する事も多かろうと、クロウも頼られるままに従う事に異存は無かった。


「申し訳ございませんが、中央通りのマーケットまで、お薬を届けていただきたいのです」

早速シスターの頼みとしておつかいを引き受けることになったクロウは、小さなバスケットと共に紙切れを一枚、手渡される。

「……レスター古具店(ふるぐてん)?」

見れば、それは簡素な地図のようで、教会の位置と通りの名前、それから名前のついた家屋らしき目印が記されていた。

「はい。かつて騎士だった方なのですが、戦場にて膝に矢を受けてしまって……今でも時折苦しんでらっしゃるので、こうして教会から痛み止めのお薬を届けているのです」

慈悲を感じさせる青い瞳。シスターはにこやかに微笑みを浮かべつつも、バスケットの中に手を差し入れ、小瓶を一つ、クロウに見せる。

「こちらが、痛みを薄れさせてくれるバッシアの薬湯液(やくとうえき)

クロウがそれを確認したのを見るや、今度は布に包まれた何かを取り出す。

「こちらは、どうしても耐え難い時に飲む、幻覚のお薬ですわ」

「……カスリナか」

幻覚を及ぼす薬。痛みの逃避の為、と聞き、クロウはぼんやり、その毒草を思い浮かべていた。

「良くご存知ですわね。普通の方が()むとよくないモノばかりが見えてしまう危険な毒草ですが、耐え難い苦しみから逃れる為には、そういった幻覚すら、頼らなければならない事も、多いんですのよ」

残念な事ながら、と、シスターは眉を下げながらに、呟くようにして聞かせる。

「教会がそのような事をしなくてはならないという事は、この街には、医者は少ないのか?」

「ええ。今のこの街に、医者と呼べる方は一人も。以前は、そのような事はなかったのですが……」

「なんだってまた。この規模の街で医者が居ないなど、尋常な事態ではないだろう」

シスターの言葉には、どこか疑問が多く感じられたのだ。


 フライツペル第三の都市と呼ばれるだけあり、カルッペはかなり規模が大きな街であった。

聖馬車から見えていただけでも、通りには多くの人が出歩き、観光客も少なくなかったように感じられた。

何より、商売の拠点としてそれなりの(たな)が並んでいた事から、フライツペルでもかなり重要な商業都市なのではないかと見受けられたのだ。

通常、このような街には医療・工業・政治・学問など各種主要機関が存在し、特に人口比率に適した医療従事者が相応に居て然るべきである。

だが、それが居ないのだ。

軽症者位ならこの位の教会でも確かに面倒は見られるだろうが、重病人や疫病が発生した際にこれではあまりにも心許ない。


「私にはなんとも……ただ、ここ数年で急激に、人々の心から女神への信仰心が薄れているようには感じますわ。教会へお祈りに来る方も減りましたし……お医者様も、姿を見る事すらなくなりましたから」

ほう、と、悩ましげにため息をつきながら、シスターは胸元で手を組み、そっと目を閉じる。

「ですが、これも私どもに課せられた試練というものなのかもしれません。今という苦境を乗り越えた先には、きっと女神の救いがもたらされるはず。そのためにもベルクさん、どうぞ悩めるレスターさんに、慈悲を」

「……ああ。すまなかった。余計な事を聞いた」

目的地は既に聞いているのだ。

シスターとて多忙の身、雑談などしている暇はあまりないのだろう。

それでも尚疑問に答えてくれた辺り、このシスターはかなり人が善いらしい。

「何か言伝(ことづて)などは?」

「もうすぐ寒い風が吹く様になりますから、定期的にお湯を張って、足を温めてあげてください、と」

クロウの質問に、シスターはにこりと微笑みながら答える。

「解った。では、行って来る」

「ええ、お気をつけて」

用はもう無いとばかりに、バスケット片手に教会を出るクロウ。

シスターは、その背をじ、と見送っていた。



(――賑やかな街だな。フライツペルは、先の戦争でかなり痛手を被ったと聞いたが)

地図を片手に歩きながらも、マーケットに近づくにつれ、街はいよいよ活気付いてゆく。

時刻も昼過ぎ、一番街が賑やかになる頃であった。

だが、自分が暮らした王都と比べ、この街はかなり異質な様子を感じられた。

(……若い女が、居ないな)

男女の比率が明らかに偏っていた。

男は一通りの年齢層、時間帯相応に商人も客も良く見られた。

女も全く居ない訳ではないが、幼子か年寄りかといった感じで、このような街、この時間帯ならば黄色い声を上げながらに生地やら花細工やらを見て回るような年頃の娘がいてもよさそうなものなのに、この街では全くと言っていいほど見られない。

(医者の不在といい、妙な……)

別に女に飢えている訳ではないが、若い娘の居ない街などありえないのではないか、と、疑問が膨らんだままになってしまう。

気になりはしたものの、それらしき原因を探すにはまだ、クロウはこの街の事を何も知らなかったのだ。

(とにかく、頼まれごとを済ませてから考えるか。何もせずに頭ばかり回しても、どうせ何も解決すまい)

昼の間、彼は一般人ベルクである以上は、その範疇(はんちゅう)の動きしか取る事ができない。

あまり目立つような事はできないし、時間ばかりかけてシスターにいらぬ目で見られるのもよろしくないのだ。

教会は、あくまでラークの紹介状を受けて彼の知り合いである『ベルク』が厄介になる事を許可したに過ぎない。

当然あのシスターも、彼が(ちまた)を騒がせている暗殺ギルドのエースだなどとは露ほどにも思っていないはずである。

いつまで厄介になるか解らないのだ。頼まれた事は、手早く済ませてしまったほうが良いに違いなかった。



「――放しなさいな!!」

そうして、クロウが頼まれごとを済ませ、教会へと帰ろうとしていた時の事であった。

「……うん?」

なんとなしにマーケットの様子を眺めながらのんびりと歩いていたクロウの耳に、若い女の叫び声が聞こえたのだ。

見ると、店と店との間、暗がりになっている場所で、栗色の髪の若い娘が一人、男に腕を掴まれ、何事か争っているようであった。


「ええい抵抗するんじゃねぇよ!! お前は教団に売られるんだ、大人しくしろ!!」

「あっ――」

ばしり、と、頬を叩かれ、その場で倒れてしまう娘。

「へっ、どんだけ叫んだって誰も助けにゃこねぇよ。大人しくしろよ。そうすりゃお前みたいないい女は可愛がってもらえるんだ。まあ、その前に俺の相手もしてもらうけどな――」

頬を押さえながら俯く女の髪を撫で回しながら、柄の悪い男はにやにやといやらしい笑みを浮かべる。

「どうせ娼婦として売られるつもりだったんだ。こん位覚悟だってしてただろ? ほら、宿に行くぞ。男の味を教えてやるよ。明日からは教団の野郎どもに可愛がってもらうんだから、生娘のままじゃ困るんだ」

そうして髪を握り、強引に立たせようとする。

「ぐっ、あ……か、髪に、触らないで――」

苦痛のままに男を睨み付けるが、それが余計に男の(かん)に障ったらしく。

「うるせぇ!! 俺はお前を買ってやったんだ!! 黙って従ってりゃ――」

拳を握り、今度はその頬を強く殴りつけようとしていた男に、娘は思わず手で顔を庇おうとしていた。


「――やかましい奴だ」

だが、その拳が娘の顔に届く事はなかった。

クロウの長い足が、男の横腹に突き刺さっていたからだ。

「うっ――げぇっ」

一瞬何が起きたか解らなかったらしいが、バランスを崩しながらに痛みに気付いたのか、男はそのまま腹を抱え崩れ落ちてしまう。

「げふっ、げぇっ――うぐっ――はぁっ」

「――大丈夫か?」

鈍痛(どんつう)(うめ)きながらみっともない様を晒す男を無視し、クロウは娘の背中に手をやり気遣う。

「あ……はい、ありがとう、ございます」

近くでよく見れば、どこかの村で見たような民族衣装を着た娘であった。

色白で、髪の色からしてもフライツペルというよりはバルゴアのいずこから連れて来られたのだろう。

張られた頬が赤く()れていたが、恐怖に(おび)(すく)んでいるというよりは、突然の出来事に唖然としているようだった。


「立ち上がれるか? その、余計な事だったらすまないが」

「いいえ、助かりましたわ。わたく――(わたし)、このような事に慣れていなくて――」

クロウの差し出した手をそのまま受け、娘は立ち上がる。

鮮やかな赤色のスカートの後ろを手ではたきながらに、男との争いで乱れた衣服を整えていた。

「……?」

しかし、起き上がらせてこうして顔を見ると、衣服だけでなく、顔立ちそのものもどこかで見たような、そんな気がしてしまう。

「あ、あの……?」

まじまじと顔を見られて照れているのか、娘はそわそわし始めてしまう。

「いや、すまない。どこかで見たような顔だと思ったが、初対面であってるか?」

やはり思い出せない。気のせいか、と、適当にお茶を濁そうと思ったクロウであったが。

「まあ……女性にはいつも、そのように声をかけてらっしゃるのですか?」

驚きはしたらしいが、村娘にしては洒落の利いた皮肉を返され、クロウは苦笑いしてしまう。

「――いいや。本当に気のせいだったらしい。許して欲しい」

決して軽薄な気持ちで聞いた訳ではなかったのだ。

いらぬ誤解を与える前に、その辺りははっきりとしておきたかったのだと、クロウは素直に謝った。


「て、てめぇ、ゆ、ゆるさね――がふっ――」

悶えながらも起き上がろうとしていた男の頭を踏みつけて黙らせる。

流石に意識を失ったらしく、ぴくぴくと身を痙攣させながら動かなくなった。

「それで、この男は?」

「……『教団』の仲介人だとか、そんなような事を言っておりましたわ。私、バルゴアのイリソーという村に住んでいたのですが……家が貧しくて。女衒(ぜげん)に買われ、この街にきて、その男に売られたのです」

踏みつけた男の素性を問うや、ばつが悪そうに俯きながら、娘はぽつぽつと話し始める。

「はじめはこの国の娼館に売られるのだと言われていたのですが、教団の男性信者を慰めるための娘が必要だとかで、私を買いたいと、その男が交渉しに来たらしくて……」

「それで、買われて宿に連れて行かれるところを、抵抗していたと」

「……女衒に買われたような娘が言ったところで何の重みもないのでしょうが。いくらなんでも、訳の解らない教団の慰み者だなんて、あんまりだと思ったのです……」

自分で胸を抱きながらに、ふるふると身体を震わせる。

年頃の娘としてはかなりしっかりとした体型ではあったが、そこは村娘、か弱いものであった。


「……なるほど。事情は解った、気がする」

流石に捨て置けまい、と、クロウも話を聞きながら考えを巡らせていた。

特別何か探った訳でもないが、勝手に教団の情報が転がり込んできたのだ。

ついでに、この街に若い娘が見られない事の原因にもなっていそうなのも大きい。

そうでもなければこんな事は買った男と売られた娘との問題なので見なかった事にして去ってもよかったが、このような事情では無視もできないだろう、と、クロウは結論付ける。

「私の名はベルク。君と同じくバルゴアの出の者だが、悩む事あってこの街の教会の世話になっている。君は?」

とりあえず、名乗る。相手のことを知るには、自分の事もいくらかは話す必要があると、彼は思ったのだ。

「私は……シル――ヴィ」

「シルヴィ?」

「え、ええ……シルヴィです。下の名は、ありません」

このフライツペルのような異国ならまだしも、バルゴアならば村娘には下の名などある訳も無い。

妙なところ律儀な娘だ、というのが、クロウの抱いた印象であった。


「そうか。シルヴィ。君を買った男がこのザマでは、この先行くあてもなかろう。だからと街をふらついていても、慣れぬ異国、見知らぬ街だ。ロクな事にはなるまい」

「……」

とりあえず、自己紹介を終えたので、今後どうするかを考えていた。

いや、既に結論は出ていた。後は彼女の反応次第、と、クロウは考えていたのだが。

「幸い、私の世話になっている教会は、君のように迷える者を救済することを拒んだりはすまい。その後どうなるかはともかくとして、とりあえず私と共に来るのも悪くないと思うのだが、どうだ?」

できるだけシルヴィを困惑させないように、やんわりと問うたつもりであった。

今さっき男にひどい目に合わされていたこの娘が、同じ男であるクロウに似たような悪感情を抱かないとも限らない。

人助けを装った人(さら)いかもしれないと、警戒されてもおかしくないのだから。

「よろしいのですか? その、ベルクさんの迷惑になるのでは?」

多少迷ったように視線を彷徨わせていたシルヴィであったが、やがて覚悟を決めてか、小さく頷きながら上目遣いで見つめる。

「ああ。本来ならこんな安請け合いは許されないのだろうが、事情が事情だ。異国の地にあっては、土地の常識も違うかもしれないしな。その点、教会はどこの国でも基本的には同じはずだから、心配はいらないだろう」

仮に彼女が他のどこかへと助けを求めたとしても、娼婦となるべく異国の農村からつれてこられた娘に対して、この街の住民がどのように接するかは解らないのだ。

誰であっても助けるというスタンスの教会の方が、まだ安心できるだろう、とクロウは考える。

「解りました。では、その、ベルクさん。どうか私をお助けくださいまし」

そっと手を差し出す。その様はなんとなしに貴族のお姫様のようで、クロウも少し切なくなるのだが。

折角差し出してくれたので、強く握り過ぎないように手に取り、そっと引いた。



「ううむ。あの仲介人の宿を突き止めて情報を吐かせるつもりが、妙な事になっちまったなあ」

その二人を、物陰から遠巻きに眺める影が三つ。

彫りの深い、渋みがかった面構えの悪人風と、歳の若い三下、それから年少の村娘という、なんともかみ合わない出で立ちの三人組であった。

「団長、あの男はベルクです。何故このような場所に……」

三下風の男、ハインズは、村娘風を装ったままの上司と歩き出す男を見ながらに、奥歯をぎり、と噛む。

「うむ。俺も前に見たことがあるぜ。しかし、こんなところにいるなんざぁ、ちっとばかし妙だなあ」

悪人風の男は騎士団長。顎に手をやり、にやにやと楽しげにシルビアの顔を見ていた。

「シルビア、連れて行かれちゃったけどいいの……?」

一人、どうしたらいいのか分からずそわそわしているのはセンカであった。

「ああ、かまやせん。これはこれで面白い事になりそうだ。センカとハインズはあの二人を追え。俺ぁあそこでノビてる野郎を見てる」

だが、団長はセンカの心配などよそに、思いがけなく釣れた(・・・)魚に満足げであった。


「面白そうなって……団長、それでシルビア隊長に何かあったら――」

「私もそう思う。あの男は危険。危ない。私の攻撃、かわしたんだから」

ハインズもセンカも二人してシルビアの身を案ずるのだが、団長は気にもしていないらしく。

「シルビアだってガキじゃねぇんだ。自分の身位は自分で守れるだろう。大体、あいつは少し堅過ぎる。少しくらい自分と言うものを自覚して、しおらしくなった方がいいんじゃねぇかと俺ぁ思うんだが」

去っていくシルビアとクロウの二人を見て、口元を隠しながらも「へへ」と笑っていた。

そんな様がどこか子供っぽくも見えて、二人は互いに顔を見合わせ、揃ってため息。

「まあ、団長がそう仰るのでしたら……ですが、隊長にもしもの事があっては困ります。いざという時には――」

「あぁあぁ解ってる。お前の裁量に任せるから、とにかくバレねぇようにな。どうも俺達のやり方ってのは、あの手の輩にはバレバレになりがちでいけねぇ」

色々考えねぇと、と、口元に手をやりながら、背を向け歩き出す。

「センカ、なんかあったらハインズを見捨てても構わんから、お前だけは逃げ延びろよ」

「見捨てないよ。ハインズ、いい人だし」

「そか。お前も善い子だなあ。皆お前みたいな娘ばっかなら世界は平和だぜ」

センカの言葉に、「やれやれ」とくたびれたように呟きながら去っていく団長。

二人はそれを見届ける事無く、視界から消えようとしていたシルビアとクロウを追いかけた。




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