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ただの村人A

心の器に

作者: 広瀬倫康

「おかあさん!雪だよー!」

降りしきる、白い粒。

鉛色の空の下で、子供たちがはしゃいでいる。

「あらあら。お手手が真っ赤じゃない」

母親は駆け寄り、我が子のかじかむ手を優しくさする。

笑っている。誰も彼も。皆、温もりをわけあっている。


小さな窓から見える、正しい世界。




私は温もりというものを知らない。

父も、母も、決して私には触れない。

灯りもない屋根裏部屋が、私に与えられた檻だった。


隔離された、私の世界。


五歳の私には、寒くて寒くて、仕方がなかった。




物心ついたときには既にそうだった。


手に触れれば焔が燃え出し、鎌鼬が起きては家の中をめちゃくちゃにした。

不気味な、子供。

愛されるわけがなかった。


ある日。迷い込んだ子猫を捕まえ、床に叩きつけた、その、父の手を。

私は、潰してしまった。



わざとじゃない。

今までのことだって、そうだ。

無意識で、いつだって、気づいたらそうなっていただけなのだ。


父や母は私を呪われた子供だと言った。

私も、そうだと思った。


胸の中に、冷たい風が吹き荒んでいた。




村の人々はみんな、私を怖れ、罵った。

小さな窓から見ていたあの、あたたかな世界は、私を見た途端、どす黒い感情を露にした。



私は、逃げ出した。

村人の投げる石を避け、雪の中を、裸足で走った。

捕まったら、きっと私は殺される。


でも、ふと、気付いてしまった。


殺されるから、何なんだろう。

逃げたところで、どうなるだろう。


だって。

だって私は、どこにも、行けないじゃないか。


足は紫色に腫れている。もう、感覚もない。

いくら私が呼んでも、助けてくれと叫んでも。

凍えた私を、寒かろうと暖めてくれる人など、いないのだ。


「…………」

ああ。

寒い。寒い。

胸の芯が凍えている。


「……ぃで」

体のどこかから、声が聞こえた。

「……おいで」

そう。

このまま、全て壊してしまえばいいと。

「おいで」

諦めてしまえば、きっと楽になるよ、と。

「……さあ」

ああ、もう……。

「早く」

寒くて、寒くて。何も、考えられない。

「おいでよ」

私は。

「こっちに」

もう、私は……。

「おいで」

暗闇に、堕ちてしまえば……。


『駄目だよ』


「!」

目映い、一筋の光。

私の目の前に差しこんだ。

「ほら」

「…………」

「俺が、見えるか?」

人だ。

私に手を、差し伸べている。

「……やめて。傷つけるわ」

離れなきゃ。

「大丈夫だよ」

「いいえ。殺してしまう」

駄目なんだ。

「俺、頑丈なんだ。ほら、見てろよ」

彼の両手が、伸びてくる。

私は怖くて、目を閉じた。

「………っ!」

「ほらな」

「!」

思わず、目を開けた。

「…………」

驚いた。

この人は、私を、抱き締めている。

「もう、大丈夫だ」

氷にならない。傷もつかない。

「ずーっと苦しかったんだろ。よく耐えたな」

ただ、私に、触れている。

「もう怖がらなくていい。あれは、別のところに移したぞ」

笑っている…?

まさか、私に、笑いかけているの?

「よしよし。お前さんは、いい子だ」

わからない。

わからない、けれど。

「……あぁ……」

なんて。

なんて、あたたかいんだろう。

「お前さんの力は、俺が玉に閉じ込めておいたから。安心しろ」

人の手とは、これほどまでに、あたたかいものだったのか。

「お前さんは悪くないんだ。ただちょっと、持ってたものが大きすぎたんだな」

凍りついた私の心が、ほどけていく。

「…………」

熱い。頬が、熱い…。

「おっとっと。泣くなよお」

ああ、これは、涙か。

私の、涙。

「かわいい子に泣かれると、俺、弱いんだよなあ」

困ったように、そう言って。

その人は、ただ私を抱き締め、優しく頭を撫でてくれた。



「どうして、私を生かしたの」

私は彼に、尋ねた。

「生きて……私に、何をしろと、言うの」

絶望と、孤独しか知らない私が。

「……なんのために、生きれば………」

どうして今更、生きていけるだろうか。

「……だって、勿体ないだろうが」

彼はカラカラと笑って、そういった。

「人間ってのはな、みんなひとつ、器を持ってるんだ。もちろん、お前さんにだってある」

「私、に……?」

「そうだ。ほら」

彼は私の胸を指差した。

「ここだ。お前さんの器はここにある。すっごく、綺麗な、器がな」

「!ここ、に……?」

「でもな、その器、空っぽなんだ。何にも、入ってない」

私は、自分の胸に手をあてた。

ここは、ずっと痛くて、寒くて、凍えていた場所。

苦しくて、苦しくて。ならばいっそ、消えてしまえと、思っていた。

「綺麗なのに、勿体ない。綺麗な器には、綺麗なもんをたくさん入れてやらなきゃ、いけない」

「……でも、どうやって?」

何を入れればいいのか。私にはそれすらも、わからない。

「自分を、愛せ」

「!」

「人を愛せ。世界を愛せ。そうすりゃ、みんなお前さんを愛してくれる」

「私を……」

「あたたかくて、優しいものを、たくさん器に入れるんだよ」

彼は私の頬を、両手で包み込んだ。

「そうして、お前さんの器がいっぱいになったとき。それがお前さんの、生きる糧になっていくはずだ」

「!」

生きる、糧……。

「……、いいの……?」

私は。

「生きていても、いいの……?」

生きて。愛を、求めても。

「本当に……」

あの、小さな窓から見た温もりを、求めても。

「ああ。もちろんだ!」

薄暗い檻から、夢見ていた世界を。

「お前さんは、生きて。生きて、たくさん、幸せになるんだ」

「……!」

なんと、力強い言葉だろうか。

押し潰された胸に、とうとうと、あたたかいものが満ちていく。

「……名を」

「ん?」

「……あなたの、名を……。教えてくださいませんか」

どうか。

あなたの口から、聞かせて欲しい。

「俺の?」

だってそれは、きっと、私の器に入れる、一番最初の、あたたかいもの。

「俺の名前は、……」

彼は。

「勇者、……、だ!」

彼は、私の。





生まれて初めての、希望、だったのだから。

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