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ただの村人A

心の器に

作者: 広瀬倫康
掲載日:2015/02/25

「おかあさん!雪だよー!」

降りしきる、白い粒。

鉛色の空の下で、子供たちがはしゃいでいる。

「あらあら。お手手が真っ赤じゃない」

母親は駆け寄り、我が子のかじかむ手を優しくさする。

笑っている。誰も彼も。皆、温もりをわけあっている。


小さな窓から見える、正しい世界。




私は温もりというものを知らない。

父も、母も、決して私には触れない。

灯りもない屋根裏部屋が、私に与えられた檻だった。


隔離された、私の世界。


五歳の私には、寒くて寒くて、仕方がなかった。




物心ついたときには既にそうだった。


手に触れれば焔が燃え出し、鎌鼬が起きては家の中をめちゃくちゃにした。

不気味な、子供。

愛されるわけがなかった。


ある日。迷い込んだ子猫を捕まえ、床に叩きつけた、その、父の手を。

私は、潰してしまった。



わざとじゃない。

今までのことだって、そうだ。

無意識で、いつだって、気づいたらそうなっていただけなのだ。


父や母は私を呪われた子供だと言った。

私も、そうだと思った。


胸の中に、冷たい風が吹き荒んでいた。




村の人々はみんな、私を怖れ、罵った。

小さな窓から見ていたあの、あたたかな世界は、私を見た途端、どす黒い感情を露にした。



私は、逃げ出した。

村人の投げる石を避け、雪の中を、裸足で走った。

捕まったら、きっと私は殺される。


でも、ふと、気付いてしまった。


殺されるから、何なんだろう。

逃げたところで、どうなるだろう。


だって。

だって私は、どこにも、行けないじゃないか。


足は紫色に腫れている。もう、感覚もない。

いくら私が呼んでも、助けてくれと叫んでも。

凍えた私を、寒かろうと暖めてくれる人など、いないのだ。


「…………」

ああ。

寒い。寒い。

胸の芯が凍えている。


「……ぃで」

体のどこかから、声が聞こえた。

「……おいで」

そう。

このまま、全て壊してしまえばいいと。

「おいで」

諦めてしまえば、きっと楽になるよ、と。

「……さあ」

ああ、もう……。

「早く」

寒くて、寒くて。何も、考えられない。

「おいでよ」

私は。

「こっちに」

もう、私は……。

「おいで」

暗闇に、堕ちてしまえば……。


『駄目だよ』


「!」

目映い、一筋の光。

私の目の前に差しこんだ。

「ほら」

「…………」

「俺が、見えるか?」

人だ。

私に手を、差し伸べている。

「……やめて。傷つけるわ」

離れなきゃ。

「大丈夫だよ」

「いいえ。殺してしまう」

駄目なんだ。

「俺、頑丈なんだ。ほら、見てろよ」

彼の両手が、伸びてくる。

私は怖くて、目を閉じた。

「………っ!」

「ほらな」

「!」

思わず、目を開けた。

「…………」

驚いた。

この人は、私を、抱き締めている。

「もう、大丈夫だ」

氷にならない。傷もつかない。

「ずーっと苦しかったんだろ。よく耐えたな」

ただ、私に、触れている。

「もう怖がらなくていい。あれは、別のところに移したぞ」

笑っている…?

まさか、私に、笑いかけているの?

「よしよし。お前さんは、いい子だ」

わからない。

わからない、けれど。

「……あぁ……」

なんて。

なんて、あたたかいんだろう。

「お前さんの力は、俺が玉に閉じ込めておいたから。安心しろ」

人の手とは、これほどまでに、あたたかいものだったのか。

「お前さんは悪くないんだ。ただちょっと、持ってたものが大きすぎたんだな」

凍りついた私の心が、ほどけていく。

「…………」

熱い。頬が、熱い…。

「おっとっと。泣くなよお」

ああ、これは、涙か。

私の、涙。

「かわいい子に泣かれると、俺、弱いんだよなあ」

困ったように、そう言って。

その人は、ただ私を抱き締め、優しく頭を撫でてくれた。



「どうして、私を生かしたの」

私は彼に、尋ねた。

「生きて……私に、何をしろと、言うの」

絶望と、孤独しか知らない私が。

「……なんのために、生きれば………」

どうして今更、生きていけるだろうか。

「……だって、勿体ないだろうが」

彼はカラカラと笑って、そういった。

「人間ってのはな、みんなひとつ、器を持ってるんだ。もちろん、お前さんにだってある」

「私、に……?」

「そうだ。ほら」

彼は私の胸を指差した。

「ここだ。お前さんの器はここにある。すっごく、綺麗な、器がな」

「!ここ、に……?」

「でもな、その器、空っぽなんだ。何にも、入ってない」

私は、自分の胸に手をあてた。

ここは、ずっと痛くて、寒くて、凍えていた場所。

苦しくて、苦しくて。ならばいっそ、消えてしまえと、思っていた。

「綺麗なのに、勿体ない。綺麗な器には、綺麗なもんをたくさん入れてやらなきゃ、いけない」

「……でも、どうやって?」

何を入れればいいのか。私にはそれすらも、わからない。

「自分を、愛せ」

「!」

「人を愛せ。世界を愛せ。そうすりゃ、みんなお前さんを愛してくれる」

「私を……」

「あたたかくて、優しいものを、たくさん器に入れるんだよ」

彼は私の頬を、両手で包み込んだ。

「そうして、お前さんの器がいっぱいになったとき。それがお前さんの、生きる糧になっていくはずだ」

「!」

生きる、糧……。

「……、いいの……?」

私は。

「生きていても、いいの……?」

生きて。愛を、求めても。

「本当に……」

あの、小さな窓から見た温もりを、求めても。

「ああ。もちろんだ!」

薄暗い檻から、夢見ていた世界を。

「お前さんは、生きて。生きて、たくさん、幸せになるんだ」

「……!」

なんと、力強い言葉だろうか。

押し潰された胸に、とうとうと、あたたかいものが満ちていく。

「……名を」

「ん?」

「……あなたの、名を……。教えてくださいませんか」

どうか。

あなたの口から、聞かせて欲しい。

「俺の?」

だってそれは、きっと、私の器に入れる、一番最初の、あたたかいもの。

「俺の名前は、……」

彼は。

「勇者、……、だ!」

彼は、私の。





生まれて初めての、希望、だったのだから。

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