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最終話





 「春菜ぁ、これってどこ置けばいいの?」


 真希に呼びかけられ、携帯から顔を離す。ダンボールを抱えた真希が部屋の入り口に立っていた。


「あ、ごめん。そこら辺に置いといてくれたらいいよ」


 真希は壁際にダンボールを置き、不満そうに唇を尖らせた。


「あんたね、人働かせといてなにケータイいじってんのよ。男からとか言ったらはっ倒すからね」

「えへへ、マキちゃんも見る? 裕樹が幼稚園着着てる写真」

「マジで!? 見せて見せて」


 真希は目を輝かせて携帯を覗き込む。すぐにひったくるように携帯を奪われてしまった。


「やーんめっちゃ可愛い! あー私も子供欲しいなぁ。最悪、男はいらないから子供だけでいい」

 真希は言いながら勝手に携帯を操作し、赤外線で手早く自分の携帯に裕樹の写真をコピーした。そこでようやく携帯が手元に戻される。


「これで荷物全部だね。マキちゃんありがとう、引越し手伝ってもらっちゃって」

「感謝してるならほれ、ブツを出すのブツを」


 真希が机の上に置かれたタッパーを指さして言った。中には私が焼いたかぼちゃのタルトが入っている。


「そうだね。お茶淹れるから待ってて」

 携帯を床に置き、ダンボールの中からヤカンと紅茶のティーパックを取り出し、コンロにかける。

 テーブルを見ると真希が手際よく皿を並べていた。


「マキちゃんごめん、お皿とカップは三つ出しといて」

「はー、あんたまたあれやるの? まぁいいけどさ」


 真希は呆れたような声を上げたが、言った通り三人分の皿を用意してくれた。お湯が沸くまでの間にタルトを切り分ける。三つ目は少しだけ小さなサイズにした。


「お待たせ。マキちゃん今日はホントにありがとう。お疲れ様でした」


 真希にタルトと紅茶を一番最初に差し出し、深々と頭を下げる。


「いちいち気にしないでいいってば。それより早く食べよ、もうお腹減っちゃった」


 真希に促され、自分の分を持って椅子に座った。もう一人分の皿を先にテーブルに並べるのも忘れずに。


「これってさぁ、あんたがよく言ってるよくわかんない友達の分だっけ?」


 タルトをほおばりながら、真希がフォークで誰もいない席を指し示す。


「うん。なんだか私にはね、すっごく大事な友達がいた気がするの。でも思い出せなくて、思い出そうとするとすごく悲しくなるの」


「――高二の頃だっけ? ひなたちゃんに差出人のわからないプレゼント届いたの」


「そうだよ。最初は私もお母さんもなんだか薄気味悪くて、受け取るかどうか迷ったんだけど、ひなたがすごくそれを気に入っちゃって。ひなたも誰かわからないけど、なんだか約束したような気がするって言ってた」


 ふーん、と曖昧な返事をしながら真希は紅茶を流し込んだ。


「実はさぁ、私もなんか忘れてる気がするんだよね。言われてみると確かに誰かを忘れてるような気がする」

「マキちゃんも? じゃあやっぱり――」

「ちょっと待った。だからってオカルトじみた話には付き合わないからね。あんたもこれから一人暮らしなんだから、変な宗教にハマったりしないでよ」


 真希がたしなめるように手のひらを突きつけてくる。

 もう少し話し合いたい気もしたが、言われたとおり変な方向に話が進みそうなのでやめることにした。何より、これ以上話が広がると自分だけの胸に秘めていることまで話してしまうかもしれない。


「ま、あんたも私以外にこの話しちゃダメだよ。大学ってのはまず自分の場所確保するのが最初の目標なんだから。メンヘラ扱いされてハブられたりしたくは――」


 真希はそこで押し黙った。口元に手を当てて何かを考えている様子だ。


「どうしたの?」

「いや、なんだかメンヘラって前に誰かに言ったような――いかん、私もなんか変だ。この話やめやめ! 春菜、タルトおかわりちょーだい」

「あ、ごめん。今日はそれで売り切れなんだ」

「えーマジで? 今度はもっといっぱい作っといてよね」


 真希はわざとらしく肩を落とす。それでも空席に置かれたタルトには手をつけようとしない。

 私は真希のこういうところが好きだ。


「さて、んじゃ今日のところは帰ろうかな。一学年でちょっと単位サボりすぎたし。遊び回ってたツケが来てるのよね」


 真希は大きく伸びをして皿とティーカップを流しに置いた。


「そんじゃまたなんかあったら電話してよ。大学始まる前にどっか遊びに行こ」


 真希はそう言ってさっさとドアを開けて姿を消した。見計らったかのように、空席だったはずの隣から声があがる。


「相変わらず騒がしいわね」


 振り返ると、手つかずのティーカップのふちに小さな女の子が腰を下ろしていた。ウェーブのかかった長い黒髪を腰まで垂らし、黒いフリルドレスを着た背中からはコウモリに似た羽が生え、スカートの裾から矢印のような細い尻尾を垂らしている。大きさは私の人差し指くらいだ。


「今日からここが新しいおうちだよ。ナっちゃんは気に入った?」

「春菜、その呼び方はやめなさいって。私はサタナキアって名前がちゃんとあるの」

「えへへ、この呼び方なんか気に入ってるんだ。安心するの」


 ナっちゃんはため息をついたが、それ以上言及するつもりはないらしい。


 定期的に注意をされるが、結局彼女が見えるようになってから二年以上ナっちゃんと呼んでいる。今更変えれそうにない。


「それより春菜、もういい加減私と契約したら? 悪魔に契約を迫られてるのに二年も保留するとか普通ありえないんだけど」


 ナっちゃんが組んだ脚の上で頬杖を突き、こちらに流し目を向ける。彼女が見えるようになったのは高校二年生になって間もない春、妹のひなたの誕生日間近のことだ。それからずっと、彼女は自分と契約というものを結びたがっている。


「ダメだよ。契約には大切な人の命がいるんでしょ? 私はそこまでして叶えたい願いなんてないもん。それに、契約しなくてもナっちゃんはいてくれるし」

「いつまで甘いこと言ってんの。春菜はただでさえ貧乏くじ引く性分なのよ? そもそも私と契約してさえいれば、一浪なんかしなくても国公立の大学くらい余裕で合格してたのに。それに魔法が使えたら色々と便利だよ」


 彼女の言う通り、私は一浪した末にギリギリで公立の大学に合格できた。お母さんが大学だけは行きなさいと強く言われたためだが、いくらなんでもうちの懐事情で私立の授業料は払えない。他に選択肢はない状況だった。実家からの通学は難しいので、下宿する羽目にもなってしまった。


「でも浪人したおかげで裕樹が幼稚園入るまで一緒にいられたし、悪いことばっかりじゃないよ。――あぁなんか帰りたくなってきたなぁ」

「早いわよ! これから一人でやってくんでしょ? もっとしっかりしてよ」


 ナっちゃんは額に手をあてて天を仰いだ。


「まぁその気になるまで気長に待つわ。だけど後になって、もっと早くに契約してればよかったなんて苦情は受け付けないからね」


 大丈夫だよ、と心の中で呟いた。


「それよりそのタルト、ナっちゃんの分だから召し上がれ」

「ありがとう。だけど次からもう少し小さくカットしてもらえる? 悪魔のくせにって自分でも思うけど、なんだか太りそうな気がして」


 ナっちゃんがブツクサいいながらも器用にフォークを使ってタルトを切り分けるのを眺めていると、床に置いたままにしていた携帯がメールの着信を告げた。


 テーブルを離れて携帯を拾い上げるとお母さんからのメールで、引っ越しは無事に済んだか、という内容だった。一人暮らしを始めるにあたって心配させてしまっているのだろう。今日だけで3回も同じ内容の文面が届いた。


 大丈夫だよ、お母さん――それだけ打ち込んで返信した。テーブルの上でタルトをほおばる小さな友人をそっと振り返る。

 


 だって私の側には、天使のあの子がいつもいてくれるから。



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