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第六話





 終業のチャイムが鳴り響くと同時に教科書を鞄にしまい込み、夏樹は椅子を蹴るようにして立ち上がる。悲しげな目を向けてくる春菜が視界に映るが、気づかぬふりをして足早に教室を後にした。


 住宅街での事故から二週間が経過していた。

 ダンプカーは急ブレーキによって荷台に積んでいた鉄骨が崩れ、右側に重心が偏った。その拍子に車体は右側へと転倒し、春菜たちの横スレスレをすり抜ける形となった。


 まるで奇跡だ――現場検証した警官たちはそう言っていたが、実際紛れもない、掛け値なしの奇跡だった。なぜならその奇跡は夏樹が春菜にかけた魔法によって引き起こされたものなのだから。


 ああするしかなかった――夏樹は唇を噛みしめ、苦悶の表情を浮かべる。

 意識して魔法を使ったわけではない。ただあの時は心の底から春菜を助けたいと願ってしまった。もしいつもの夏希であれば、春菜ではなく見知らぬ子供の方に魔法をかけていたかもしれない。実際なぜそうしなかったのかと何度も悔やんだが、その場合春菜があの子供の身代わりに命を落としていた可能性も考えられる。

いずれにしろ後悔することになっただろう。


「ちょっと! ねぇ黒澤って、聞こえてる?」


 校門を過ぎたあたりで夏樹は背後から声をかけられているのに気づく。振り返ると佐原真希が立っていた。


「何か用? 悪いけど急いでるの」

 今は誰とも話をしたくない。夏樹は構わず歩き出した。


「急いでる割には歩いてるじゃん。――ま、いーけどさ」

 真希はため息をつくと、夏樹の後を同じ歩速でついてくる。


 相手にしないよう無視していたが、やがてしびれを切らしたように真希の方から口を開いた。


「ねぇ黒澤さー。白石のやつとケンカでもしたの?」

 夏樹は何も答えずにいた。真希は構わず続ける。


「あいつ感情隠すとかできないじゃん? なんか見てるこっちが息苦しくなるっていうか。あんたも白石のこと避けてるの丸わかりだし」


「人をお人好し呼ばわりした割に――」


 夏樹は立ち止まり、肩ごしに真希を振り返る。真希は目を丸くして足を止めた。

「あなたも大概ね。もう春菜から悩み相談受けるまで仲良くなったの?」


「――なんか勘違いしてるみたいだから言っとくけど、これはあたしが勝手にやってるお節介。あいつは陰で友達とのこと話すやつじゃないと思うけど。それはあんたの方が知ってんじゃないの?」


 真希は眉根にしわを寄せ、強い口調で言い放つ。夏樹は言い返すことができずに奥歯を鳴らした。

「あなたに、あなたに何がわかるのよ? 私だってどうしたらいいかわからないの! あの子にどんな顔して向き合えっていうのよ!?」


 夏樹は思わず叫んでいた。魔法のことも何も知らぬ真希に言ったところで通じるはずがない。わかっていても口にせずにはいられなかった。


 真希は困惑した表情を浮かべていたが、やがて小さくため息をついて腰に手を当てた。


「――あたしさ、ガキの頃すっごい仲いい友達いたの。小二くらいの時かな」


 唐突に真希が話題を変えた。


「そんでね、その子となんでだったか大喧嘩して、一ヶ月くらい話もしない状態になったんだ。たしかおもちゃか何か壊して謝らなかったのかな? まぁ私が悪いことしたってのだけは間違いないと思う」


「なによ? 何の話を――」


「仲直りしたいってずっと思ってたけど、その子家の都合で急に転校することになっちゃった。あんまり急でさ、結局謝れずにその子とはそれっきりになったんだ。最後に教室の前でみんなにお別れ言ったその子と、あたし目があったの。だけどあたしはどうしていいかわからず目をそらしちゃった。それを今でも後悔してるって、ただそれだけの話」


 真希はそう言って髪の毛をガシガシと掻いた。学校では見せたことのない悲しげな光を目に宿している。


「まぁあんた達に何があったかなんて知らないけど、後悔が残るようなことはするもんじゃないよ。明日はどうなるかなんてわかんないしさ。友達なんでしょ?」


 夏樹はそこでようやく真希が何を言わんとしているか理解した。

 ――彼女にとって口にするだけで苦痛を伴う体験だったであろうことも。


「友達――」

 真希はくるりと振り返り、手をひらひらと振って逆方向へと歩き出す。夏樹はわれ知らずのうちに真希を呼び止めていた。


「佐原さん。その――ありが、とう」

 真希は振り向いて意外そうな表情を浮かべ、すぐに諧謔を含んだ笑顔を浮かべる。


「真希でいいよ。夏樹」


 夏樹はうなずき、口元に笑みを浮かばせた。


「ありがとう、真希」


 手を振って真希と別れる。マンションへの道から外れ、春菜の家へと向かった。別に何か目的があったわけではない。本当になんとなくだ。


 夏希が春菜の家の前を通り過ぎようとした時、不意に引き戸が開いた。家の中からひなたと一緒に三十代くらいの女性が姿を現す。雰囲気や顔立ちから春菜の母であろうと容易に察せられる。


「あ、なっちゃんだ!」


 ひなたが夏樹の姿を認め、笑顔を浮かべた。春菜と本当によく似ていると夏希は思った。

「なっちゃんって――まさか夏樹ちゃん!? 大きくなったわねぇ」


「ご無沙汰してます。おばさんも元気そうで良かった」

 覚えてなどいない。それでも話を合わせるべきだと感じた。

「春菜から聞いてたけど、すっかり垢抜けて綺麗になったわねぇ。あの子すっごい喜んでたのよ。またなっちゃんと友達になれたって」


「私も驚きました。中学は別々になっちゃったから、また会えて嬉しかったです」

 夏希の言葉を聞いた春菜の母は嬉しそうに頷いた。

「そう言ってもらえたらあの子も喜ぶわ。――あの子ったら色々抜けてるとこあるから夏樹ちゃんみたいにしっかりした子が友達でいてくれたら安心ね。末っ子に裕樹って名前付けたの春菜なのよ。夏樹ちゃんの名前から一字もらって」


 夏樹は胸が締め付けられるような思いがした。


 春菜の母はまだ何か言いたげだったが、腕時計に目を落とし名残惜しそうな顔で再び夏樹に笑いかける。

「ごめんね夏樹ちゃん、これから仕事があるからもう行かなきゃ。春菜ももう帰ってくるし良かったら上がっていって。ひなた、後はよろしくね」

「うん。お母さんいってらっしゃーい」

 小走りで通りをかけていく春菜の母をひなたと一緒に見送った。ひなたがパタパタと振っていた手を下ろし、夏樹を見上げてくる。


 夏希は少し膝を曲げてひなたと向かい合う。

「ひろ君は家の中?」

「うん、今お昼寝してる。なっちゃん今日は遊びに来てくれたの? お姉ちゃんだったらもうすぐ帰ってくるよ」

「――ううん、今日はちょっと用事があるの。また今度ね」


 ひなたの頭を撫で、夏樹は腰を上げた。立ち去ろうとした夏希の袖をひなたが掴み止める。


「なっちゃんあのね、来月の十日にお姉ちゃんが私のお誕生日パーティーしてくれるんだって。その時になっちゃんも来て欲しいです!」


 ひなたが鼻息を荒くして夏樹を見上げてくる。ひょっとしたら夏樹と春菜の間に何か問題が生じたことを察したのかもしれない。


「来月の十日かぁ。ちょっと行けるかわからないけど、プレゼントだけは必ず贈ってあげるね。何がいい?」

 夏樹が問うと、ひなたは激しく首を横に振った。

「そんなのいらないから絶対来てね。約束。指切り!」

 ひなたが夏樹に向けて小指を向ける。夏樹は戸惑ったが、ふっと笑って小指を絡め、指切りをしてやるとひなたは嬉しそうに笑った。


「約束ね。絶対来てね」


 ひなたは何度も念を押し、手を振りながら家の中へと入っていった。


「――ごめんね。多分、約束破っちゃうと思う」

 夏樹は吐息同然の声で呟き、その場を後にする。


 頬を撫でる風が心地いい。優しくて温かい、あの子にぴったりの季節だ。



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