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Battle.1 彼女の憂鬱 <4>

 会長と和解(?)してからは、迎えに来られるのも前ほど嫌じゃなくなった。

 我ながら単純だと思うけど、実際そうなのだから仕方ない。

 校内で見かけても自分から挨拶なんかしてしまう時もあるくらいだ。

 確かに裏表はある人だけど、だからってそれは人をだまして楽しんでいるっていう風でもない。

 何より、自分の前では楽しそうに笑ったり、違う表情を見せてくれるから。

 じゃあ何であんなに最初意地悪だったのかって聞いたら、ぽつぽつと本当の事を話してくれた。

 呆れるくらい単純な答えを。

 なんて言ったと思う?

 最初に強烈な印象を与えておけば自分の事を忘れないだろうからだってさ。

 そんなことで大事なファーストキスとられたかと思うと、呆れてものも云えなかったわよ、私は。

 まあ、あの時みたいな口調も煙草吸ってたのも本当の彼らしいんだけどね。

 でも今は煙草も吸っていないらしいし。

 会長の事を知っていくうちに、最初は大っ嫌いなヤツだったのが、今は普通に嫌いじゃなくなってる。

 私も本当に単純な人間だわ。

 会長との関係で変わったことは、もう一つある。

 それは前みたいに会長が私のことを好きだと云わなくなったことだ。

 云われても困るだけだから、いいんだけど。

 だったらなんだろうか。

 この胸に支えるもやもやは。



「志保、帰ろう」

「はいはい。ちょっと待ってください~」

 会長が送り迎えを初めて2週間。

 これくらいがくれば慣れたもので、迎えに来られても動じるどころか自然になってしまう。

 最初は騒めいていたクラスメイトも、日が経つごとに静かになっていった。

 相変わらず歩くたびに突き刺さる一部の女生徒からの視線は痛いけど、こればかりはどうしようもないと諦めている。

「それにしても、会長のクラスは授業おわるのいつも早いですね。来るの早いし」

 帰る途中、そんな事を漏らして見ると、会長はにこっと笑いながら答えた。

「俺が後ろから念送ってるから」

「いや、それ会長が云うと冗談に聞こえませんから」

 こんな他愛もない冗談が楽しいと思う。

 時折見せる照れた顔や、拗ねたような顔。そんな素の顔に出会うたびに、それを知っているのは自分だけだという優越感のようなものが芽生えてくる。

 こんな気持ちをなんていうのだろうか。

 



「それは恋ね」

 食事中、会長の事を話していた私に向って、早紀がずばっと言い切った。

「げほげほっ…は…?」

 合点がいかず、思わず私は目を瞬いてしまう。

 こいつ、今何ていった?

「だぁーかぁーらぁー、そーれーはぁ、恋ねって」

「池の…?」

「あんた、ベタなギャグほざいてんじゃないわよ」

 うわ、今早紀の持ってたフォーク光った、絶対気のせいじゃない。

 ってか、なんですと。

 恋?ってあのLIKEじゃなくてLOVEのほうの?ははは、まさかぁ。

「あんた、前はあんなに嫌って話題に出すのも嫌がってたのに今は自分から話題に出してしかも笑ってるじゃん」

 いや、確かにそうだけど、だからってなんでいきなり恋にまで進展しちゃうのだ…

「いや、だからって恋とは違うって…なんていうか、友達だよ。」

「そうかしら?」

「そうだよ、だってまだ話始めて2週間だよ。いくらなんでも早すぎるって」

 きっぱり言い切った私の言葉に、早紀は不気味に、にやっと笑う。

「人を嫌うのに時間が関係ないように、好きになるのにだって時間なんか関係ないのよ。時間によって変わるものがあるとすれば、もっと好きになるか、はたまた嫌いになってしまうか。」

 きっぱり云えてしまう早紀はすごいと思うけど、私にはその話は難しい。

 納得いかずに首を捻っていると、横からくいくいと袖を引かれた。

「ん、なぁに?優美」

 視線を移して捕らえると、優美はにこっと笑って口を開いた。

「あのね、志保ちゃん。わたしも、時間は関係ないと思うよ。その人のことで泣けちゃうくらいになったら、それはもう恋じゃないかな」

 私には優美の云うことも早紀の云うことも理解しきれなくて、ただただ首を捻ってしまう。

 そんな私に苦笑して、「その時がくればわかるわよ」と、早紀と優美は顔を見合わせて笑っていた。

 本当に、私にもそれがわかる日はくるのだろうか。


 その日の放課後、いつもならとっくに来ているはずの会長の姿が終令が鳴ってしばらくしても見えなかった。

 ここ連日、日課となっていたお迎えがいきなりないものだから、私は首を傾げてしまう。

「あら、お迎えまだなの?」

 こういうところに目ざとい早紀がそれに気付いて近寄ってきた。

「んー、そうみたい」

 携帯で時間を確認してみると、終令がなって10分経っている。

「週番とか?」

「いや、朝も迎えに来てくれたし違うと思う」

「じゃあ掃除当番?」

「週明けからそれはわかるけど昨日は普通に来てたし」

 放課後来れないとか聞いてないんだけど、いきなりどうしたのだろうか。

 しばらく思考して、早紀ははっと我に返った。

 別に約束してるわけじゃないし向こうが一方的に来ていただけだし別にそれで問題ないのだ。

 そう思い直して志保はさっさとカバンをとった。

「ちょっと、あんたどうするの?まさか」

 横で早紀が怪訝そうにみてくる。言われることは分かり切ってるので自分から言葉を遮った。

「もちろん帰るよ。あ、たまには一緒に帰る?新しく出来たクレープ屋さんでもいかない?」

 わざとらしく作った笑顔をのせて。

「私パス。ってかすぐ来るだろうし待ってればいいじゃん」

「別に約束してるわけじゃないし…」

「でも、会長は来てるでしょ」

「そうだけど、もしかしたら生徒会のほうで忙しいのかもしれないでしょ。いいよ、先に帰る」

「あ、ちょっと志保っ」

 後ろで早紀が何か叫んでるのを知っているけど、私はさっさと教室を後にした。

 だって、本当に約束していたわけでもないし、わざわざ待っているなんておかしい話だ。

 こういうところが天邪鬼なんだとつくづく自分でも実感する。

 そりゃ、ね、前ほど嫌いじゃなくなったし、それほど悪いやつでもないんじゃないかなーって思い始めてるけどさ、それを認めてしまうのはやっぱり気が引ける。

 負けを認めたような気分になるもん。いや、勝負じゃないけどさ。

 だから今日はもう帰る。

 ここ最近は会長と話しながら来るからゆっくりだけど、一人だとほら、もう昇降口。

 いつもどおり自分の靴箱で上履きから学校指定のローファーに履き替えて、そこから離れる。

 何か、前までは一人で帰ってても平気だったし、むしろ好きだったんだけど、今は連れ添って帰ってる周りがすごく目に入ってくる…

「あー、もう…っ」

 なんともいえない感情をボソッと口に出して見るけれど、さっぱり気分は晴れない。

 そりゃそうだろう、これくらいで晴れたら世界中の人が叫んでるわよね。

 なんて一人でぼけて突っ込んでも悲しい…早く帰ろう…

 そう思い直して、足早に校門をめざし、そこを抜けるようとしていたとき、そこで思いも寄らない光景を目撃した。

「……」

 それは最近見慣れた会長が、隣町の女子高の制服を着た女の子と談笑している姿だった。

 少女のほうも女の子にしては長身で、ゆるくウェーブの掛かった髪がその大人っぽい綺麗な顔立ちに良く似合っていた。

 一瞬目を疑ったけど、それは紛れもなく会長のもので、その女の子も現実のもの。

 それを意識したとき、猛烈に沸きあがったものと、同時にスーッと冷めた感情が私の中で交差した。

 そして思ったことは”ああ、そうなんだ。”と。

 裏切られたわけでもないけれど、似たような思いを私は今感じているのだろう。

 少しでも信じかけていた自分がいただけに、悔しさもある。

 だが、別に会長と私は付き合っているわけでもなかったし、向こうが勝手に付きまとってきてただけだ。

 よかったじゃないか、早いうちに”ああいう人なんだ”と気づけて。

 それでも胸の奥ではもやもやしたものが閊えている。

 最高に気分がよくないのが自分でもわかる。

 このもやもやの正体が何なのか、早紀に聞けばわかるような気がしたけど、それも何かいやだった。

 私の中で警告音が鳴り響く。

 そんなことを思考しているうちに、会長が私の存在に気づいて、いつもと変わらない笑顔で寄ってきた。

「ごめんね、迎えに行けなくて」

「いえ、別に約束してないですから。」

 自分でもびっくりするような冷たい声が口から出てきた。

 もちろん、会長もびっくりしているだろう。そして、その横の女の子も。

 目をそらしているから見たわけではないけれど。

「あの、用もありませんし、私帰りますね。それと、明日から来ないでください」

 何か言われる前に先にそう言って私はそこを去ろうとした。けれど、去り際に会長にその手を掴まれる。

「ちょっ、放して下さい」

 懇親の力で振り払おうとしているのに、ちっとも振り払えない。

 こんなところで男女差を意識して、尚いっそう私の怒りは深まっていく。

「放したら逃げるだろ?」

 いつもより若干低くなった会長の声が頭上から発せられた。

「逃げるんじゃなくて帰るんです。それに、みんな見てます、放してください」

 怒ったら周りが見えなくなる私の性格からすれば、まだ周りを気に出来るだけましなのだろうか。いや、変に冷めている 自分がいるからというのもあるだろう。こういう怒り方も出来るんだと、まだ冷静な自分が苦笑する。

「嫌だ。何で怒ってるの」

 だが、それもこの一言で切れた。

「嫌も何も会長にこうされる云われはまったくありませんから。」

「……」

「別に私と会長は付き合っているわけじゃないんですから、一緒に帰る理由もまったくありません。」

 冷静に言葉を発しているはずなのに、その裏から、怒りが浸透し始め、余計なことを紡ぎ出し始める。

「俺は好きって云ったよね」

「…嘘ばっかり」

「何?」

「嘘ばっかり!」

「嘘って何が?」

「…っ」

 まだ白を切ろうとしていることが腹立たしくて、悔しくて、目頭に熱いものがこみ上げて来そうになる。

「腕放して、私…帰る…」

 溢れてこようとする涙が崩壊しないように気を張って、言えたのは、ただそれだけの言葉だった。

 でも、まだその腕を解放してくれはしない。

「…何を怒ってるの?」

「怒ってなんか…ない…」

「嘘だよね、志保、何か怒ってる。ほら、こっち向いて……志保?」

 俯いたままの私を、会長が覗き込んできたから、隠そうとしていたそれは見つかった。

「え…泣いてるの…?」

 そこでやっと会長と目が合った。

 涙でボヤけた視界越しでも、会長が驚いているのが分かった。

「っ…」

 悔しくて、声を漏らしたら嗚咽まで出てきそうで、私はもう何も云えなくなっていた。

「志…」

「拓也…?」

 会長が再び私に何かを言いかけたとき、横から声が入った。

 そう、ずっと最初からそこにいた彼女のものだ。

「綾乃」

 そして、それに呼応する会長。

 どちらも名前で呼び合う仲なんだと、殊更強く意識した。

「嘘付きぃ…彼女、いるんじゃない…」

 ぽろぽろと零れる涙と、言葉。

 云うはずじゃなかったのに、何かもう、それも我慢できなくなっていた。

 もう、この涙も当分止まりそうにない。そう思った矢先。

「志保…俺、彼女なんて、いないけど」

「……え…?」

 あっさりとした否定に、思わず顔を上げてしまった。

「え、だって、彼女…」

 そういって視線を隣の、綾乃と呼ばれた少女のほうに向ける。

「いや、綾乃は双子の妹」

 紹介され、綾乃と呼ばれた少女はくすっと笑って小首を傾げた。

「ごめんね、えっと…志保ちゃん?誤解させちゃったみたいだけど、私は間違いなく拓也の双子の妹よ。たまたま用があって寄ったのよ」

「う…え…?」

「うん、動揺するのも分からなくはないけど、綾乃は兄妹だから」

「えぇ…?」

 いきなりの展開に頭が付いていかなかった。

「えっと、じゃあ、私…」

 状況を整理して、志保はかあっと頬が火照ってくるのを感じた。

 よくよく考えてみれば、誤解なのだから、今までの自分の行動はすべてからぶっていて、恥ずかしい。

 しかも、途中から忘れていたが、ここは校庭。外野もたくさんいる公共の場だ。

 今度は恥ずかしさからじたばたとそこから逃げようと志保が暴れ始めたが、拓也があっさりと制する。

「で、何で志保は泣いたの?」

 この上なくうれしそうな笑顔でこっちをみてくるその顔を、おもいっきり叩きたい気分になってくる。

「くすくす、ごめんね、誤解させちゃった?」

 隣の綾乃も、楽しそうに笑っているそれが、拓也のそれと被って見えた。

「俺に彼女がいると誤解して嫉妬しちゃった?」

 耳元でささやかれる拓也のそれに、志保はかっとなる。

「ち、ちがっ」

「違わないよね、志保」

「そ、それは…」

 ぐっと言葉に詰まったのは、昼休みの優美の言葉を思い出したからだ。

 確かに、云われてみれば嫉妬だった気がする…しかも、泣いちゃってたよ私…

 なんで、なんで、なんで…

「ねえ、志保」

「あ、え…?」

「好きだよ」

 耳元で、ダイレクトに言葉を受けてしまって、思わず顔が熱くなった。

 今までだったらそれを事も無く交わせていたのに。

「志保は?」

「わ、たし…?」

「俺のコト嫌い?」

「え、いや、別に…」

「じゃあ、付き合ってくれる?」

「う、ん…、え、え?」

 云ってから、流されてOKしてしまったことに気づいた。

「え、ちょっと待って」

「だめだよ、志保。ちゃんと聞いたし、周りの人が承認だよ、ね」

「ふふ、志保ちゃんみたいな可愛い娘が拓也の彼女だなんて嬉しいわ」


 あの、神様…とびきりの笑顔でそう云う二人の顔が、悪魔に見えたのは私だけでしょうか…?





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