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Battle.1 彼女の憂鬱 <3>

「志保ぉー、お迎え来てるわよ~」

 早紀がわざわざ教室中に響くような大声で知らせてくる。

 お迎えか…私には本当に地獄からのお迎えのような気がするわ…はは、我ながら上手い、私…

 なんて浸る余裕もなく、不本意ながら私を迎えに来たらしいそいつは、早紀に促され、わざわざ教室の真ん中の私の席まで来やがった。

 ちっ、早紀め、次から次へと余計なことを。

 思わず舌打ちしてしまう。

「一緒に帰ろう」

 すでに支度よろしく荷物を肩に掛け、にこにこと待つそいつの言葉に、疑問符など付いてはいない。

 約束なんかしてないのにねっ。

 ここで否と唱えても、どうせ私の友人さえも味方に付けたこいつに聞き入れて貰えるはずもなく、連日通り私は嫌々引きずられて一緒に帰ることになるのだ。それが身に染みて分かっているので、半ば諦めに近い気持ちで重い腰を上げる。

「生徒会長がこんな毎日暇そうにしてていいんですか」

 廊下を歩くときも、校門から出るときも、ずっと誰かしらに見られて、諦めてはいても現在私のストレス指数は急上昇だ。

 嫌味を込めて云ってみても目の前の相手はただ笑うだけ。

「今は文化祭も終わったし仕事はないんだよ」

 ああそうですか。

 なんとかこの男から逃れる術はないかと試行錯誤を始めてはや数日。

 あれよこれよと理由をつけて逃げようとするも、いつもなんだかんだと誤魔化されてそれも適わない。

 朝の迎えも、放課後の一緒に下校も、毎日欠かされることなく私の意志は無視して続いている。

 温和な言動とは裏腹に、目の前の相手は断固とした自分の意志を持っているのだ。迷惑な話である。

「はぁ」

 私がわざとらしくため息を吐いてみても、困ったように笑うだけで大して気にも止めやしない。

「何でそんなに毎日毎日来るんですか」

 数日の疑問を口に出して聞いてみる。

「んー、一つは周りの男の牽制かな」

 は?こいつ今何て云った?

「志保は気付いてないみたいだけどね、学校内でも志保は人気あるんだよ」

 いや、いきなりそんなこと云われても…

 確かに告白とかされなくはないけど、だからって他に可愛い子はもっといるじゃないか。

「本人がそれに気付いていないところも魅力なんだろうね」

 苦笑してこっちを見てくる拓也の顔に呆れ交じっているよいに見えて腹が立つから、むすっとして私は顔をそらした。

「馬鹿にしてるんじゃないよ、そういう志保が俺は好きだし」

 好き。

 普通は誰もが赤面しながら云うなことをこいつはさらっと言って退ける。

 こんなに簡単に云えてしまうのだ。どうせ本気じゃないに違いない。

 でも、云われるたびにこっちがどれだけ困っているのか知らないだろう。

 異性にこれだけストレートに好きだなんて云われて何とも思わない人間がいるなら是非その方法を伝授してほしいものだ。

「じゃ…あ、もう一つは何よ」

 だから私はその手の話題になったらはぐらかすようにさっさっと話題を変える。

 そうするたびにこいつはクスっと笑って、それでもそれ以上何も云わずに移った話題に答えてくれることを私は知っている。

「もう一つはね、俺を知ってもらうため」

「何それ、宣伝?」

「はは、そうだね」

 ストレートな私の物言いにも怒る事無く楽しそうに笑うその笑顔には、最初の頃に見た邪悪さなんか微塵も感じられなくて。

「変なヤツ」

 ぼそっと呟いた私の言葉にも拓也は笑って首を傾げただけだ。

 実際、ここ数日、不本意ながら一緒にいて、そこまで嫌なヤツでもないかと思い始めている自分もいる。

 話をしてても飽きさせないし、物言いも悪くない。思っていたほど悪いやつじゃないかもしれない。

 いや、見た目と違って随分強引なところはあるし、人を振り回すし、相変わらず学校では何匹も猫を飼っているし、で問題があるやつだということに代わりはないのが、今みたいに私の前では心底楽しそうに笑っているから、それを見ていると毒気を抜かれてしまう。

「会長、毎日送り迎えしてくれてますけど、会長の家は近くなんですか?」

 ふと、思いついた疑問を投げ掛けて見ると、「ここから歩いて20分くらいなんだけど…」と、特別なんともないことのようにさらっ答えてくれた。だが、私はその答えに驚かずにはいられなかった。

「って、そこってあの有名な豪邸じゃないですか!」

 あの、しょっちゅうリムジンだとかベンツだとかが出入りしているあの豪邸だ。

 家と呼ぶには大きくて、まだ屋敷と呼ぶほうがしっくりくるようなそこは、高級住宅街のど真ん中の一番広い土地を所有していた。

 うちからも歩いて20分と、さほど遠くないので近所の噂はさることながら、ちょっとやそっとじゃお目にかかれないような豪邸はメディアなどでもよく取り上げられており、極め付け、会社自体も有名なものだから資産は数十億を超えるだとか、事業は今も拡大中で鰻登り急成長中だとか、子供の私でも知っているくらいだ。とにかく住む世界が違いすぎる。確かに黒崎グループは会長の名字と同じだけど、まさかそこの御曹司が会長だとは。

 あまりに驚いたので思わずぽかんと会長を見ると、困ったように笑って、ぽんぽんと数度、頭に手を置かれた。

「まあ、家はなんか凄いけどね、俺は俺だし、関係ないよ」

 いや、そんなことを云われても、いきなり聞いちゃったら驚かずにはいられません。

 会長はまるでそんな私の心情を読んだかのように続けた。

「別に家がどうでも俺は関係ないし、特別視はしないで欲しい」

 その時の表情があまりにも淋しそうだったから、私は思わず口を接ぐんで謝ってしまう。

「すみません…」

 素直に謝ると会長はまたぽんぽんと軽く頭を叩いた。その表情が、とても優しい笑顔だったから、思わずどきっとしてしまう。

「学校では結構知られてるんだけど、志保は知らなかったんだね」

「あんまり、噂話とか聞かないから…」

 実際は、黒崎拓也という人間に興味がなかったので耳に入れようともしなかっただけなのだが、ここでそれを云うのは気が引けて、志保は言葉を飲んだ。

「うん、でもその方が楽だし、今までどおりにしてね」

「は、はい…」

 まだちょっと気にならないと云えば嘘になるけど、確かに会長のバックグラウンドなんか私には関係ないし。

 そう考えると、別に知ったからといって何かが変わるわけではないのだ。

 半ば無理矢理自分を納得させ、一人頷いていると、隣からくすっと笑いが聞こえてくる。

「な、何よ」

 睨み付けようとして、見上げた先に合った瞳がとても優しくて、思わずかぁっと頬が紅潮してしまう。

「くすくす、これ」

 がさがさと自分のカバンを探ってビデオテープを取り出すと、それを私に渡してきた。

「何これ?」

 一先ず受けとってラベルに目を走らせると、そこには先週最終回を見過ごしたドラマのタイトルがあった。

「ほんとはもっと早く渡すつもりだったんだけど、遅くなってごめん」

「え、いや、これ借りてもいいんですか?」

「うん、もちろん。そのために持ってきたからね」

 そういえば前に貸してくれるとか言ってた気がするけど、まさか本当に貸してくれるとは思ってもみなかった。

 かなり楽しみにしていたドラマなのでなかなかあきらめも付かなかったのだが、まさかこんなところで手に入ろうとは。

「ありがとうございますっ」

 素直に喜んで礼を云うと会長が瞬いてこっちを見てくる。

「どうかしました?」

 思わず顔を覗き込むと、会長は右手を口元にやって目を逸らした。

 何か顔赤くない?

「初めて笑ってくれたから…」

 ぽつっと、本当に気を付けてないと聞き逃すくらいに小さな声だったけど、私の耳にそれはしっかりと届いた。

「くすくす」

 今度は私が笑う番だ。

 いつもやり込められていたんだから、優位に立てて嬉しかったりする。

「会長も可愛いところあるんですね」

 にっと笑って覗きこむと、余計に赤くなるからおもしろい。

「可愛いって…」

 バツが悪そうに顔を逸らす姿もいつもの彼とは違っていて、志保は新しい発見でもしたかのようにご機嫌だった。

「志~保~」

 くすくすと笑う志保を拓也が恨めしそうに睨み付ける。けれど、そんなものなど志保は気にも止めず笑い続けた。

「会長、そんなキャラだったんだ?」

 ひとしきり笑った後、志保が口を開く。

「キャラって…」

「んー、いつものにこにこ狸やら猫やら被ってる会長よりいいと思う」

「うーん…誉めてる?」

「もちろん。いつもの作ったような笑顔張りつけてる先輩は好きじゃないですけど、今の先輩は嫌いじゃないですよ」

 にっと笑うと、先輩はこほっとわざとらしく咳払いをして、困ったように笑う。

「志保には適わないなぁ…」

 そう云う拓也がおかしくて、志保はまた笑ってしまう。

 人を食ったような物言いもするし、かと思えば年相応のこんな反応も返ってくる。

 向き合って見れば、それほど悪い人間じゃないのかもしれないと志保は思った。



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