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それも、私だった

作者: わち
掲載日:2026/02/28

静かに苦しいのに、なぜか生きてる。

生きることに執着心の無い22歳が書いた、生活小説。


「よかった。さっちゃん、熱下がったみたいね。」


親友は笑顔で私にそう言った。季節の変わり目には、よく風邪を引くのだ。

私の名前はサチで、大体の友人は「さっちゃん」と親しみを込めて呼んでくれる。

まあまあ気に入っている。一昨年の春、大学を出て社会人になるタイミングで、私は一人暮らしを始めた。なかなか会社に完全に馴染むことはできず(コミュニ

ケーションは得意なのだが、今までの人生を振り返っても、何かの輪に常に入っているという感覚は少ない)毎日の仕事に疲弊し、食事をとらずに眠ることもあった。そんな状態の私を見かねて、親友であり幼なじみでもある彼女が、時々家を訪ねて色々と世話をしたり話し相手になってくれたりするのだ。

社会に出て彼女以外の人と話すとき、本当にたまに、言葉が上手く出てこず、円滑な会話ができないことがある。

「さっちゃんの体調が完全に回復したら、疲れを癒やしに綺麗な海でも見に行って

みない?」

「いいね。できればその日はデジタルデトックスしようよ。間違ってもインスタに#自然界隈 なんてつけて投稿しないために。ただ自然を見て、ただ癒やされてみたい。そんなことってありえるかな?」

「あり得るわよ。とにかくやってみましょうよ。」


次の月、私たちは有休を取って福井県の水晶浜までドライブした。車内では中森明菜ちゃんの「少女A」をかけて口ずさんだ。ドライブに向いた曲かと聞かれれば分からないが、個人的にお気に入りの曲だ。サビの音程が自分の声に合うし、単調で明るすぎない曲の雰囲気も良い。親友は聖子ちゃん派だというので、次の曲は「青い珊瑚礁」にした。

水晶浜はその名の通り美しい海で、海岸には透明の宝石のような石がキラキラと落ちていた。

私は思わずカメラを構えたが、デジタルデトックスの言い出しっぺであることを思い出し、スマホの電源を切った。

綺麗な海岸だ。

親友はコーヒー、私はカフェラテを買って、砂浜に腰をかけた。

「美しくて見とれるわ。浜も、海も、水平線も。気温も風も心地良いじゃない。少しは疲れが取れる気がしない?」

「そうだね。疲れは取れる。でも変なこと言っても良いかな?」

「いいわよ」

「私、こういう壮大な景色を見て、自分の悩みが晴れた!と言う人達の気持ちが分からない。どれだけ素晴らしい景色を見ても、自分の悩みや人生がちっぼけだなんてちっとも思わない。確信を持って。」

「変だとは思わないわ。でもどうしてそれに確信が持てるの?」

「どこに居たって、どんなものを目や耳にしたって、自分の抱える問題は消えたり解決したりしない。私はそういうものに惑わされず、ただ独りで考え続けたい。例えば問題の一つがどれだけ辛いことでも、目を背けたくない。」

親友はとても静かに頷いた。そして、私の背中をポンと叩いた。


私には、小さい頃、現実なのに夢を見ている感覚に陥るという特性があった。自らが第三者として、自分とその周りを見ていて、彼らがどのように感じ、どのような会話をするのか傍観していた。幼いながらに、傍観者として、自分以外の周りの人々の、表面上ではない本当の気持ちを知れないと理解しながら、知りたくなった。

成長するにつれて、その夢の中にいる感覚は消えた。しかし、あの感覚がどのようにかは分からないが、確かに今の私を形成する一部となっている。

不快感のない帰属感の無さや、突然不自由になるコミュニケーション能力が、それだと思う。親友も私の特性をよく理解してくれた。


およそ三時間、私たちは海を見ながらポツポツとお喋りを続けた。夕日が沈み始めたタイミングで、そろそろ帰ることにした。彼女が帰りはクラシックが聴きたいと言ったため、私が一番好きな、ショパンの「別れの曲」をかけた。

「この曲、穏やかな気持ちの時にしかけないんだ。柔らかくて大好きなメロディーなのに。私には、不安を和らげてくれる音楽なんて存在しない。こんな言い方したら、まるですごく暗い人間のようだけど。」

「不安であることに、自言を持ちなさいよ。人間の根源的な感情は不安だって、ハイデガーも言ってたわ」


私はいつも以上に曲に聴き入ろうしたが、気がつくと他のことを考えてしまい、どうしても曲に集中することができなかった。


また日常に戻り、私は徐々に働くことが楽しくなっていた。新しいプロジェクトを成功させるため、周囲の人々を気にかけながら、忙しなく仕事をしていた。気にかけるといってもそれは表面上のものではあるが(他人の気持ちは分からないので)、会社にはそれが必要だった。

仕事が生活の中心にあった。親友と海で会話してからもう半年が経った。彼女は私が仕事に専念しているところを邪魔したくないと言って、会いにくる回数が減った。

気を遣わない会話が恋しい。


土曜日の朝、私は仕事に疲れて久しぶりに体調を崩した。そして、ちょうど久しぶりに彼女が訪ねてきた。


「あなたとのおしゃべりが恋しくって。元気にしてる?」

と、彼女は無邪気に言った。私は本当に泣きそうになりながら、

「会えてうれしい、来てくれてありがとう」

と言った。それからまたリビングでお菓子を食べながら、三時間くらいお喋りした。

その日の別れ際、彼女が

「さっちゃん、全ての不安は消えないし、難しい問題も次々に訪れるけど、誰かと会えるだけで嬉しいというのが幸せなんじゃないかしら?」

と言っていた。その表情は、私が生まれた時から肌身離さず大切にしてきた、ピンク色のクマのぬいぐるみに見えた。

ああ、彼女はずっと私と一緒に居てくれていたんだ。


私は、「赤いスイートピー」を聴きながら、日当たりの良い場所でお昼寝をした。

この作品は、昨年、大学生の時に初めて書いたものです。当時、村上春樹の「ノルウェイの森」を、ハイデガーの「存在と時間」から考察していました。

人間はなぜ生きるのか、善い生き方や幸せは存在するのか、フワッとした概念を考え続けている私の毎日は、今日も続いています。

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