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監禁から始まる円舞曲(ワルツ)  作者: 朝凪


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4

玲の邸宅に、昼でも夜でもない曖昧な時間が流れていた

屋敷の空気は整いすぎていて、少しの異物が入るだけで軋む。曜は廊下の角で警戒を解かず、使用人たちは声を落とし、子どもたちは無邪気に笑いながらも、どこか大人の顔色を窺っていた

異物ーーアウローラの存在は、すでに屋敷の“前提”を変えつつあった

恐怖ではなく、妙な静けさを連れてくる

まるで夜明け前の、音のない時間のように


その日、門が開く音がした

車が1台、何の遠慮もなく庭へ入ってくる。警備が止めようとする気配もあったが、すぐに引いた

この屋敷に、正面から来れる男は限られている

ーー渡部聡太だった


玄関の扉が開き、さらりとした足取りで入ってくる。玲と同じ年、同じ幹部。けれど纏う空気は、玲よりずっと“軽い”。軽いのに、目の奥は鋭い

曜は反射的に背筋を伸ばす


「よぉ、曜くん。今日も真面目だねえ」


聡太は笑いながら、曜の肩を軽く叩いた。叩き方が馴れ馴れしい。けれど、その指先には油断のなさがある

曜は短く頭を下げるだけで返した


「……渡部さん」

「お堅いなぁ。まぁいいや。玲は?」

「客間に……」


言いかけた瞬間、曜は舌を噛みそうになった

客間ーー今は、監禁された吸血鬼の居場所だ

聡太がそれを知らないはずがない。知らないふりをしているだけだ


「客間ねぇ」


聡太は楽しそうに目を細めた


「へぇ。……玲、とうとうやったんだ」


曜の胸の奥が嫌な感じにざわつく

“やった”という言い方が、冗談にも本気にも聞こえるからだ

リビングで玲が聡太を迎えた

玲はいつもの柔らかな笑みを浮かべ、コーヒーを勧める。まるで普通の来客対応だ

その“普通さ”が、曜には薄気味悪い


「突然どうした、聡太」

「そりゃ顔見に来るだろ。相棒がさ、吸血鬼さらって閉じ込めたって噂が飛び始めてる」


玲の指が、カップの取っ手に触れたまま止まった

笑みは崩れない。だが、温度が下がる


「噂?」

「うん、噂。裏の耳って早いからね。玲、あんた派手なんだよ」


聡太は笑って言うが、声は軽くない

そして、玲の目を真正面から捉えた


「周り、きな臭い。ここ最近、あんたのシマに探り入れてる連中が増えてる。敵も味方も。“吸血鬼”って単語が出た瞬間、目の色変える奴が多すぎる」


玲はコーヒーを一口飲み、静かに置く


「……つまり?」

「つまり、あんたが守りたいもんがあるってバレた」


聡太はあっさり言った

曜は息を呑む

玲が守りたいものーーアウローラ

それは同時に、玲の弱点になる

玲は微笑んだ


「守りたい、ね」

「笑うとこじゃない。玲、冗談じゃなく。あんたがあの女を“宝”として抱えた瞬間、宝狙いが寄ってくる。それに……上も動くかもしれない」

「上?」

「組織の上層。吸血鬼を兵器にしたがる連中もいるだろ。あんたの趣味で済む話じゃないってこと」


玲の微笑みが、ほんの少しだけ鋭くなる


「俺の趣味って言うな」

「似たようなもんだろ」


聡太は肩をすくめる。わざと軽くしている。玲を刺激しすぎないために

それでも、言うべきことは言う


「玲。あんたは昔から危うい。“欲しい”ってなったら、世界ごと抱きしめようとする。でもな、世界ってのは抱きしめた瞬間に噛みついてくるぞ」


玲は静かに息を吐き、窓の外へ視線を投げた

庭は平穏で、鳥が飛び、木々が揺れている

その平穏が、仮初めに見える


「……忠告、ありがとう」

「礼はいらない。相棒だからな」


聡太は立ち上がり、玲の肩をぽんと叩いた

そして、わざと明るく言う


「ま、でもさ。吸血鬼って本当に綺麗なんだろ?

顔くらい見せてくれよ。俺も拝んでみたい」


曜の血の気が引いた

冗談のように言っているが、聡太が“ただの好奇心”で動く男じゃないことを曜は知っている

彼は面白がる。面白がりながら、状況の核を掴みにいく


玲の視線が、一瞬だけ鋭く曜を刺した

“近づけるな”という無言の命令

曜は頷くように目を伏せた

玲は聡太に向き直り、柔らかく笑った


「まだ無理だ。彼女は疲れている」

「へぇ。優しいじゃん、玲」

「俺はいつだって優しい」


玲は淡々と言う

聡太は笑ったが、その笑いは少しだけ苦かった


「……優しさが1番、怖いんだよな。玲のは」


その言葉が、曜の胸に刺さった

自分も同じことを思っていたからだ

聡太は玄関へ向かう前に、ふと足を止めた

扉の奥ーー客間の方角をちらりと見る

視線だけで、すべてを測るように


「玲。最後に1個だけ」

「なんだ」

「その女を守りたいならさ。守り方、間違えるなよ。閉じ込めるってのは……守るのと同時に、敵も作るからな」


玲は微笑んだまま答えた


「分かってる」


だが曜には分かった

玲は“分かっていて”やる

分かっていても、止まれない

それが一番危険だ


聡太が去り、門が閉まる

屋敷にまた静寂が戻る

曜は廊下の奥、客間の扉を見た

その向こうにいる夜明けは、確かに屋敷を少しずつ変えている

そして玲は、その夜明けをーー世界ごと抱きしめようとしている


(……きな臭い、か)


聡太の言葉が、頭の中で反響する

嵐はまだ来ていない

でも、風向きは確実に変わった

静かな屋敷の中で、円舞曲(ワルツ)の足音だけが少しずつ近づいていた

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