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監禁から始まる円舞曲(ワルツ)  作者: 朝凪


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9

契約から1週間が過ぎた

屋敷は相変わらず静かで、けれど静けさの質が変わっていた

見張りの気配は消えない。門は重く閉じられ、護衛は交代で巡回し、曜の目は常に鋭い

それでもーーアウローラの足取りは、以前より軽くなっていた


理由は単純だ

「出られない」から「出られる(条件付きで)」に変わった

檻は檻のままでも、息をする隙間ができるだけで世界は広がる

アウローラは左の薬指に嵌まった指輪を見つめ、ほんの少しだけ指先を擦った

冷たい輪は鎖にも見えるし、約束にも見える


「……見てると、落ち着くの?」


背後から声がした。玲だ

書斎から戻ってきたのだろう、シャツの袖を捲り、少しだけ疲れた顔をしている

それでもあの襲撃の直後ほどではない。眠れるようになったのだと、アウローラにも分かる


「落ち着く、というより……確かめています」

「確かめる?」

「あなたが約束を破っていないか」


玲は小さく笑った

いつもの穏やかな笑みだが、そこに混じる安堵は隠せない


「破ってないよ」

「ええ。今のところは」


アウローラが淡々と言うと、玲は肩をすくめてソファに腰掛けた

距離はまだ1歩分残す

“許可なく触れない”という条項は、玲の身体にも刻まれている。


「今日は、外へ行く」


玲が言った

その言い方は命令ではなく、確認に近い

アウローラは一瞬だけ目を瞬かせた


「施設ですか?」

「うん。君の活動。……準備はできてる」


玲はテーブルの上に小さな封筒を置いた。中には現金ではなく、物資のリストと、支援先の住所が丁寧に書かれている


(……手慣れているわ)


裏社会の金は汚いのに、やることだけは妙に整っている


「護衛は曜。嫌なら替える」

「曜で良いです」


アウローラが即答すると、玲は少しだけ眉を上げた


「……へぇ」

「彼は、子どもを見捨てません」


玲の口元がわずかに緩む

その反応にアウローラは気づき、すぐに視線を逸らした

玲は、そういう“変化”を拾うのが上手い。拾って、勝手に大事にする


ーーーーーーー


車は、屋敷の門を出て裏道を抜け、人気の少ない地区へ向かった

アウローラは窓の外を見つめる

昼の光は強く、吸血鬼の肌には少し痛い。玲が用意した薄い日傘が膝の上にある

気遣いはありがたいのに、その“準備の良さ”が執着の証にも見える

助手席の曜は無言で運転し、後部座席の玲は資料を見ながら時折指示を出している

玲は外出時、基本的にアウローラに触れない

それが彼にとって、どれほど難しいことかーーアウローラは想像できてしまうのが嫌だった


施設に着くと、古い建物の前で子どもたちが目を丸くした

銀髪紫眼の美女が来た

それだけで、空気が変わる。期待と安心が混ざった匂いがする


「綺麗なお姉さんだ……!」


小さな子が駆け寄ってくる

アウローラはしゃがみ、目線を合わせた


「こんにちは、体調はどうですか?」

「元気だよ!……でも、ねむれないときがある」

「そうなの。……では、今日は眠れるおまじないを教えてあげるわ」

「おまじない!」


子どもの瞳が輝く

その瞬間の光を見て、アウローラの胸の奥が温かくなる

ーーこれが、自分の生き方だ


玲は少し離れた位置でその光景を見ていた

顔は穏やかで、目は鋭い。周囲を警戒し、逃げ道を確認し、誰がこちらを見ているかを計算している

守るための目は、“独占の目”にも見えた


アウローラが立ち上がると、玲が近づいてきた

近づいてきたが、触れない距離で止まる


「……すごいね」


玲の声は小さく、どこか感嘆に近い


「何がですか」

「君がいるだけで、子どもたちの顔が変わる」

「子どもは素直なだけです」

「素直って……残酷だよ。好きなものに、まっすぐ手を伸ばす」


玲の言葉の端に、自嘲が混じった

アウローラは少しだけ眉を寄せる


「あなたも、子どもを庇いました」


玲が瞬きをする

その言葉を持ち出されるとは思わなかったのだろう


「……あれは」

「あれは、演技ではありませんでした」


玲は小さく笑った


「わかってるんだ」


その喜びが、怖い

けれどアウローラは、目を逸らさなかった


「あなたは、子どもの前では残酷になれない」


玲の笑みが薄くなる

そして、低い声で囁いた


「……君の前では?」


アウローラの胸がひゅっと冷えた

玲は答えを急がず、すぐに視線を外して周囲の気配に戻った

会話の刃だけ残して、普段の顔へ戻る

それが、玲の怖さだ


支援は短時間で終わった。長居は危険だ

帰りの車の中、曜は無言で運転しながらも、バックミラー越しに何度かアウローラを確認していた

警戒ではない、ーー確認だ。守る対象としての

屋敷へ戻ると、玲はアウローラに言った


「散策する?庭、歩こう」

「……外出の後に?」

「疲れると思った。君、顔色は変わらないけど……心は疲れるだろ」


妙に的確な観察に、アウローラは一瞬だけ言葉を失った

玲は“心が疲れる”ことを知っている

だからこそ厄介だ


庭は夕方の光に染まっていた

風が涼しく、木々の影が長く伸びる

アウローラはゆっくり歩き、玲は少し後ろを歩いた

隣に来たいのに、来ない

それが“契約”の形だ


「……あなた」


アウローラが呼ぶと、玲が足を止めた


「何?」

「なぜ、ここまでして“形”にするのですか」


玲は少し考え、空を見上げた


「俺は、形がないものを信じられない。昔から」

「信じられない?」

「約束とか、優しさとか、愛とか。言葉だけだと、いつでも裏切れる」


玲の横顔が、夕陽に薄く縁取られる

その表情に、10歳の少年の影が見えた


「だから俺は、紙にする。署名させる。指輪にする。ーー縛られている方が、安心する」


アウローラは足を止めた

縛られている方が安心

それは、救われ損ねた人間の言葉だ


「……あなたは、自由が怖いのですね」


玲は小さく笑う


「君の自由は特にね」


アウローラは指輪に目を落とし、静かに言った


「わたくしの自由を怖がるあなたが、わたくしを自由にする契約を差し出す。……矛盾しています」


玲は頷いた


「矛盾だよ。でも、矛盾の中でしか君と一緒にいられない」


言葉が甘い

甘いのに、逃げ道がない

アウローラは1歩、玲に近づいた

触れる距離ではない。けれど、近い


「……わたくしは、まだあなたを信じきれません」


玲は、驚くほど穏やかに答えた


「それでいい。君が“信じきれない”と言えるなら、俺はまだ暴走してない」


その自己認識が、恐ろしいほど冷静だ

アウローラは少しだけ眉を寄せる


「あなたは、自分が危ないことを知っているのに、止まれない」


玲は笑った


「止めて。君が」


その言い方は、頼みの形をした縛りだった

でもアウローラは、なぜか拒めなかった

昨日までなら拒んだ

今日はーー拒む言葉が出ない。


風が吹き、木の葉が揺れた

アウローラの銀髪が少し乱れる

玲の視線が、その髪に吸い寄せられた

触れたい、という衝動が瞳の奥で燃え、しかし玲は手を動かさない

代わりに、玲は小さく言った


「……手、冷えてる」


アウローラは自分の手を見た

確かに冷たい。吸血鬼だから

そう答えようとした時、玲が続ける


「温室、戻ろう。あそこは暖かい」


その提案が、ただの気遣いに聞こえた

それが、胸を少しだけ柔らかくする

“支配”ではなく“提案”であることが、こんなにも違う


温室に戻ると、花の匂いと土の湿り気が迎えた

アウローラは椅子に座り、玲は向かいの椅子に腰掛けた

二人の間に、テーブル1枚分の距離


しばらく、沈黙が流れた

心地よい沈黙

怖い沈黙ではない

やがて玲が、ふっと笑う


「……今日、君が笑った」

「笑っていません」

「笑ったよ。子どもに“おまじない”って言った時」


アウローラは反論しかけて、やめた

確かに、口元は緩んだ

それを玲に見られていたことが、少しだけ恥ずかしい


「……あなたも、今日は笑っていました」


玲が目を瞬かせる


「俺が?」

「子どもを見た時……ほんの少し」


玲は、しばらく何も言えなかった

自分の感情を他人に指摘された経験が少ないのだろう

そして、低く囁く


「……君のせいだ」


その言葉に、アウローラの胸がまた小さく揺れる

“せい”と言われるほど、自分が相手の人生を動かしている

それが怖い

でも、もう戻れないところまで来ているのかもしれない

アウローラは指輪を軽く撫で、玲を見た


「今日の穏やかさは、いつまで続きますか」


玲は少しだけ笑い、答えた


「続ける。俺が続ける。……壊す奴が来るなら、俺が先に壊す」


穏やかな声で、恐ろしいことを言う

それでもアウローラは、以前ほど強く身構えなかった

慣れではない

玲の危うさを“知った上で”、隣に座っている自分がいる

アウローラは静かに言った


「……壊さなくても済むように、守ってください。あなたのやり方でなく」


玲の目が少しだけ丸くなる

その言葉が、玲にとっての“希望”として聞こえたのだろう


「……努力する」


またその不完全な誓い

けれど今夜の「努力する」は、少しだけ温かく聞こえた


温室のガラス越しに、空がゆっくり暗くなる

夜が来る

それでもアウローラは、恐怖だけではなかった

穏やかな時間は、確かに二人を柔らかくする

怖いほどゆっくり、甘いほど確実に


円舞曲(ワルツ)は、音を立てずに回り続けていた

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