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監禁から始まる円舞曲(ワルツ)  作者: 朝凪


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プロローグ

ーー綾倉玲の世界は、街の外れにある施設だった

天井は低く、白いはずの塗装は黄ばんで汚れ、ひび割れから黒い筋が伸びていた


「おい、玲」


名前を呼ばれても振り向かない。返事をすれば殴られるし、しなくても殴られる

だったら殴られる前に、痛みの場所を予測して体を固めた方がいい


「返事をしろ!このクソガキ!!」


頰に乾いた痛みが走る。口の中を切ったらしく、鉄の味が広がった

次に蹴りが来る。でも泣かない。泣いたら終わる。泣いたら面白がられる。だから泣かない

玲は唇を噛み締めた


(………ここは、地獄だ)


それが幼い玲の結論だった

大人は正しくない。神様は来ない。助けなんてない。生まれた時点で負けている人間がいる

劣悪な施設は、そのことを体に刻みつけてきた


ーーーーーーー


夜だって怖い。そう感じ始めたのはいつだったろうか

職員たちは夜も施設を見回る

寝ていない子を見つけて引き摺り出し、罰として閉じ込めたり殴ったりする

玲も何度もやられた。友達がされるのも見た

だから夜も息を潜め、目を固く閉じる


そんなある夜。玲は、夜の空気が変わるのを感じた

肌が泡立ち、心臓が跳ねる。体から危険信号がじゃぶじゃぶ出てくる

ーー廊下から、何かが近づいてくる

玲は目を開けないまま、耳を澄ませる


「……………!」


廊下の向こうで、誰かが息を飲む音がした

そしてーー悲鳴


大人の低い悲鳴だった

続けて、何かが倒れる音

そして、甘い匂い

この施設で嗅いだことのない匂い。お菓子のような、花の蜜のような、そんな匂い


玲は薄い毛布の中で目を見開いた

廊下で何かが起きている。しかも、いつもの暴力とは違う

怖いのに、体が勝手に動いてしまう。玲はそっと扉の隙間から廊下を見た

薄暗い廊下に、白いものが立っていた


(人………?)


銀色が、月の光を受けて淡くきらめく

白い肌、紫の瞳、銀の髪、そしてーーこの世のものとは思えぬ美貌


(………誰)


その女は静かに歩いていた

廊下の奥にいる職員が、叫ぶ


「てめぇ、どこから入った!?警察呼ぶぞ!!」


次の瞬間、職員は静かになった

玲は見た。女が職員の首元に噛み付いたのを

「噛み付く」という動作は、本来なら獣のものだ

けれど、彼女の動きはあまりにも優雅で、舞踏の一部に思えた

職員の体が床に落ち、血の匂いがむわりと香る


玲は胃がひっくり返りそうになった

怖い。怖い。怖い。でも、目が離せない


女は口元を拭うと、淡々と次へ進んだ

廊下の反対側から、別の職員が走ってくる。職員は棒を振り上げーー噛み付かれた

カラン、と床に棒が落ちる


玲は悟った。これは、バケモノだ

けれどーーこのバケモノは、職員のみに噛み付いていた


ふいに、鳴き声が聞こえた。隣の部屋の子どもだ

女はその部屋の前で足を止めて、ゆっくりと扉を開けた

玲は息を止めた。女が何をするのか知りたくない。でも、耳を澄ませてしまう

壁越しに女の声がした


「……怖かったね」


優しく、慈愛に満ちた声


「もう大丈夫。ここは終わり」


泣きじゃくっている子どもの声が、少しずつ小さくなる

女は、子どもを連れて廊下に出た

そして、彼女は次々に扉を開け、子供達を起こしては廊下に集めた

誰も逆らわない。職員はもう動かない


やがて、女の気配が玲の部屋の前にもきた

扉がキィ…と開く

女は玲を見つけると、玲の前にしゃがみこむ

玲の顔の高さに、女の美しい顔が来る。甘い匂いの奥に、血の匂いがした

玲は歯を食いしばった

女は、玲の腫れた頰を見て眉を寄せる


「………きみ」


女は玲の名前を知らない。でもその呼びかけが、自分に向けられたものだと玲は理解した

女の指が伸び、玲の頰に触れた

冷たい指。けれど玲を傷つけない

痛くない触れ方が、この世にあることを玲は知らなかった


「生きて」


その一言は命令じゃなかった。励ましとも違う

ーー祈りに近かった


「行こう」


女は玲を無理やり連れ出さなかった。そのかわり、扉の外で玲が出てくるのを待った

命令しない。引きずらない。ーー玲自身に選ばせる

玲は立ち上がった。足は震えるけど、彼女の元へ行った


施設の玄関は壊され、外の空気が流れ込む

集められた子ども達は、震えながらも女に従っていた

女は子ども達を車に乗せ、別の施設に向かわせた

ーー運転手の男も、銀髪と紫の瞳をしていた


子ども達を別の施設に預けた後、女は夜の闇に溶けていこうとした


「待って!」


玲は、思わず女に向かって声をかけていた


「また……来る?」


女は少しだけ目を細めた

紫の瞳が、闇の中で輝く


「……生きていれば」


それだけ言うと、女は消えていった

本当に消えた。溶けていくみたいに


玲はその場に立ち尽くした

胸の中に、今までなかったものが生まれている

絶望じゃない。怒りでもない。温かい感情


(……もう一度)


もう一度、会いたい

あの紫の瞳に、もう一度見られたい

あの手で、もう一度「痛くない触れ方」をされたい

それが「救い」なのか「呪い」なのか、玲にはまだわからない


ただ、玲は知ってしまった

この世界に“綺麗なバケモノ”がいることを

そして、そのバケモノが悪い大人だけを壊し、子どもを逃したことを


(………強くならなくちゃ)


二度と、誰かに踏みにじられないように

二度と、何もできずに見てるだけにならないように

そして、二度と逃さないように


夜の闇の中で、10歳の少年の誓いは静かに形になった

それは祈りではなく、欲望だった


「必ず、見つける」


血と甘い匂いを残して消えた女の背中を、玲の目はいつまでも追っていた


ーーその夜から、玲の人生は円舞曲(ワルツ)のように回り始める

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