データ9 デフテトの裏山:カオスLv.7
私達が支度を始めると共に、テオ先生も動き出す。
「申し訳ありません、ユフィーナのわがままに付き合わせてしまって……」
「大丈夫ですよ。ね、勇者様」
「都合良いなぁ」
私はカオスの背中を叩いてやった。頑張れ、勇者。支援くらいは、してあげるから。
外に出ようとしたのだけれど……カオスが急に、私の頬を思いっきりつねってきた。それはそれは痛かった。
「い、いひゃい! なにふんのよはははんほ!」
「お前も同じかい。一応、見とかないとな」
「こら、勇者様。女の子に乱暴は、めっ! ですよ」
ドタバタ――しているのは私だけかも――する私達の間に、ユフィーナさんが割って入ってくれた。怒り顔が可愛くて、本当、惚れちゃいそう。
カオスにも例外はないようで、すぐに手を離した。顔がニヤケてる。ほっぺ痛いんですけど。
涙目になりながら両頬をさする私の手を、ユフィさんの手が優しく包み込んでくれる。痛みが和らぐ温かい光だ。
にっこり微笑んだその顔は、天使みたい。
「勇者様。次にマイア様に……いいえ、女性に手を上げたらこの私が許しませんからね」
「はい、わかりましたユフィ様! ……2度目の叱咤、ご馳走様です」
「でれでれしない」
私はカオスの横腹を殴る。
「痛っ! マイアの2回目はいらないんだよ!」
「へ、何が? ただのお返しよ。ね、ユフィさん」
「そうですね。マイア様」
ユフィさんと私で、にっこり頷き合う。女の結託は怖いぞ、カオス。覚えておけ。……前にもこんなことがあったような。カオスはさておいて、ユフィさんに改めて向き直る。
「じゃあユフィさん、テオ先生と行ってきますね」
「どうかお願いいたします。お気を付けて」
「勇者様、マイアさん。私は荷物を取りに行きますので、先に外で待っていてください」
「あ、はい。分かりました」
手を振り見送るユフィさんを背に、私とカオスは診療所を出た。夕焼けが眩しくて、つい目を細めてしまう。人通りはまばらで、もうすぐ夜だ。
ここで、カオスが話しかけてきた。
「マイア。俺達はラッキーだ」
「……何?」
「俺、セーブしてなかったんだ。裏山で」
「その前にせーぶが何なのか、いい加減教えなさいよ」
「詳細は追々話す。ただ、サブシナリオが出る前に戻れた。いや、戻るしかなかったんだ。それが、ラッキーなんだ」
なにが『ラッキー』なの。これから一緒に魔王を倒しに行くんでしょう。だったらさっさと教えればいいのに。意味深なことを言う割には、何も教えてくれない。
……魔王。魔王かぁ。2人で倒せるなんて、到底思えない。この先、本当に不安だわ。テオ先生か、ユフィさんがついてきてくれたらな。
こんなのと2人よりずっといい。
「裏山でセーブしてたら俺は多分、そっちをロードしてた。ユフィ様が怒るのを、また見れたし。先生は死なずに済んだんだよ」
「へ? 死……?」
「さて、行きましょうか」
また頭が痛み出したところに、テオ先生が戻ってきた。テオ先生ならここにいるんだけど。何を言っているのやら。
予言の書、大丈夫? 勇者は意味不明よ。そんな勇者は私に耳打ちをしてくる。
「このシナリオ、前と違って時間制限があるか分からない。日没前に目的地に着くようにするぞ」
「日没って、もうすぐじゃない」
「――内緒話ですか? 私も混ぜてください」
「あえっとシナリオぐっ」
テオ先生の問いに答えようとしただけなのに、私は口を塞がれる。カオスは手を離さないまま、代わりに返事をした。
「何でもないんで、早く行っちゃいましょ先生」
「? そうですね。魔物が出たら怖いですから」
にこにこ笑顔のテオ先生は、気にする様子などなく、診療所の裏手へと足を進めた。オトナだわ。
裏山は診療所の裏手近くに入り口がある。あら、例の分厚い本と……立て看板が置いてある。
『日没以降の入山を禁ずる。魔物に注意されたし。 デフテト町長』
ってこれ、余計早く行かないとまずいじゃないの。
カオスを見ると、分厚い本に手をかざしている。開いて、青白く光って、閉じた。私と目が合ったカオスは、親指を立ててウインク。どうでもいいからさっさと行こう。頭が痛くなるわ。
幸いなことに裏山は一本道で、迷うことはなさそう。木々の隙間から少しだけ、日の光が見えている。それなのに、辺りは怖いくらいに暗かった。
裏山を足早に進んでいく。さっきのカオスの話が、頭の中から離れない。テオ先生が……ユフィさんのお兄さんが、死なずに済んだ、ですって?
冗談キツいわよ、カオス。だって今、私達と一緒に歩いているんだから。生きているわ。そんな、違う世界みたいな話をしないで頂戴。
裏山をひたすら進んでしばらくして、カオスが足を止めた。横に伸びたカオスの腕は、私とテオ先生を制止させる。
「どうしたのカオス」
「静かに。この先に、居る」
「何がいるの」
「ダークフェンリル」
どく、と胸の奥が跳ねたような気がした。
またあの感覚だ。
お母さんからもらった杖を握りしめる。カオスがなにかをするたびに、知らない恐怖が這い出てくるような……そんな感覚。
頭は痛いし、頭の中は黒い霧がかかっている。
心が折れそう。
「もう嫌だ! カオス、あんたはあと何回やれば気が済むの⁉︎ まだ1日も経ってないのに……!」
叫んだのは私だ。自分ではどうにもできない感覚を、どう処理していいのか分からない。昨日まで普通に暮らしていただけなのに。
「マイアさん、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないです! もう無理!」
「悪いマイア。話は後だ。もれなく全員、大丈夫じゃなくなったぜ」
涙が滲む私の目はカオスから、カオスの視線の先へと向かう。瞳を紅く光らせた魔物と、目が合った。
私は足に力が入らず、立てなくなる。カオスが腕を支えてくれたけれど、無理だ。
「マイア! しっかりしろ!」
「……私達、あいつに……嫌」
「勇者様、逃げましょう。脇から抜けて、上へ。行く先には私の師匠がいます。多分助けてくれます」
逃げると言われても、震えが止まらない。
怖い。
「私が合図したら、マイアさんを抱えて全力ダッシュです」
「抱えるったってすぐ追いつかれるぜ」
「エライト」
テオ先生は、魔法を私にかけた。いつの間にかテオ先生の手には魔導書がある。カオスが支えていた私の腕は、ふわりと持ち上がってそのまま立ち上がれてしまった。
「うお、マイアが軽くなった」
「さ。いつまでも待ってはもらえないですからね。もう一度、魔法を唱えますよ」
私は怖くて、涙が止まらない。そんな中、カオスもテオ先生も動じていないように見える。凄いわ。こんな状況だというのに。
目の前のダークフェンリルは、私達をじっと見ている。テオ先生は手を前に出して、叫ぶ。
「ストップ! パライズ! コンフュード! 今です、行きましょう!」
いくつかの魔法をほぼ同時にダークフェンリルに唱えて、合図を出したテオ先生。私を肩に担いだカオスと一緒に走り出す。
更にカオスがダークフェンリルに向かって白い玉を投げた。地面に落ちて灰色の煙が広がる。魔物が見えなくなったお陰で、気持ちは少し落ち着いてきた。
「……あれどこで買ったの」
「っデフテト、の、商店!」
「舌噛みますよー。ヘイスト!」
息を切らしながら話すカオスに、追加で魔法をかけたテオ先生。カオスの足が、加速する。剣で木々の枝葉を、器用に切り刻んで道を作っているみたい。
「こういう、使い方も、できんのか!」
「これくらいしか、出来ません、けれどねっ」
そのまま2人と担がれた私は、一気に上へと駆け抜けて行った。
「ふぎゃっ!」
「あ、ごめん。重くて」
「……そんなに重くないし」
じゃり、と砂の擦れる音がして、私は落とされる。エライトの効果が切れたのね。痛い……。
顔を上げて見回すと、ひらけた場所に出ていた。
「違うって。魔法切れたか、ら……」
「……カオス?」
カオスの声が途切れる。
辿り着いた場所には、目的地であろう丸太小屋があった。辺りはすっかり真っ暗になり、もう夜だった。
そしてカオスの視線の先、暗闇の中。
目の前には、ダークフェンリルが居る。




