データ7 デフテト 宿屋:カオスLv.7
「はなへ! いひゃいっへ!」
「勝手にお前は〜〜!」
「こら、勇者様。女の子に乱暴は、めっ! ですよ」
ドタバタする私達の間に、ユフィーナさんが割って入ってくれた。怒り顔が可愛くて、惚れちゃいそう。一体、何人落としたのだろう。
カオスにも例外はないようで、すぐに手を離した。私が言ってもダメだったのに。ほっぺ痛いんですけど。
涙目になりながら両頬をさする私の手を、ユフィーナさんの手が優しく包んだ。ほわっと暖かい光が痛みを和らげてくれた。
にっこり微笑んだその顔は、もう天使そのものね。
「勇者様。次にマイア様に……いいえ、女性に手を上げたらこの私が許しませんからね」
「はい、わかりましたユフィ様! ……まさかこんな隠し台詞があったとは……」
「でれでれしない」
私はカオスの横腹を殴る。
「痛っ! ユフィ様これはいいの⁉︎」
「え? さっきのお返しですよ。ね、マイア様」
「はい、ユフィーナお姉様!」
ユフィーナさんと私で、にっこり頷き合った。女の結託は怖いぞ、カオス。覚えておけ。
カオスはさておき。私はベッドから立ち上がって、ユフィーナさんに改めて向き直る。
「じゃあユフィーナさん、先生のところに行ってきます」
「お願いいたします。お気を付けて。……あと私のことはユフィでいいですよ。でも、様はやめてね」
ふふ、と手を振り見送るユフィさんを背に、私達は診療所を出た。夕焼けの眩しさに、目を細める。人通りはまばらで、夜になってしまいそう。
裏山の入り口を探していると、焦った表情のカオスが話しかけてきた。
「マイア! さっきのサブシナリオ見ただろ。俺にしか受注出来ないはずなんだ。なんでお前が……」
朝から行動を共にしただけだけど、変な人だな。何をどこまで知っているのだろう。急に村に現れて、私を選んだ。意味深なことを言う割には、何も教えてくれない。
まぁ、勇者だからー。でどうせ全部片付くのだと思うけれど。
「知らない。大体あんたが来てから知らないことだらけで、こっちが教えてほしいくらいよ」
「……ごめん、まだ言えない」
カオスは深く考え込み始めた。なにが『まだ言えない』のよ。これから一緒に魔王を倒さなきゃいけないんでしょ。だったらさっさと教えればいいじゃない。私の扱い、雑じゃないかしら。
……魔王軍に魔王、かぁ。2人でなんとかなるとは到底思えない。この先、本当に不安だわ。私の不安をよそに、何かに気付いたカオスが顔を上げた。
「マイア。1つ思い出したことがある」
「え? 裏山の行き方?」
「それは覚えてる。サブシナリオの時間制限について、思い出した」
「あんたさぁ。説明足りなさすぎるんじゃないの」
本当に、説明が足りなさすぎる。私の頭じゃ追いつかない。そうよね。時間制限? そもそも、予言の書って誰が作ったのよ。魔王の復活って100年だっけ? 1000年だっけ?
ダメだわからん! 今関係ないことまで頭に浮かんじゃう。さっさと先生に追いついて、ユフィさんを安心させて、状況を整理してもらおうっと。
「で? 何を思い出したって言うの」
「このサブシナリオ、つまりユフィ様の兄貴に追いつく時間。……日没までだ」
「日没って、もうすぐじゃない。それが?」
「日没までに助けないと先生は――死ぬ」
さらりと言ってのけた、不穏な言葉。自分でも、血の気が引いていくのが分かる。ユフィさんと先生の笑顔を思い出して、胸の辺りを握った。
「それ早く言いなさいよ!」
「うん。ヤバいよな。マイア、俺についてきて」
時間がないじゃない。カオスも流石に危機感を持ったのか、私を連れて2人で裏山へと走った。
裏山は診療所の裏手近くに入り口があって、分厚い本と立て看板が置いてある。『日没以降の入山は』までは見えたけど、急いでいるから全部読む暇なんてない。
幸いなことに裏山は一本道で、迷うことはなさそうだった。辺りは怖いくらいに暗い。木々の隙間から少しだけ日の光が見えているけれど、消えてしまうのも時間の無駄だ。
もしかしたら先生は、ユフィさんのお兄さんは……死んでしまう、ですって? ただ往診に行っただけなのに、どうして。
私達が追いつかなければ、私達が殺したも同然、じゃない。裏山をひたすら走ってからしばらくして、走る足が緩んでしまった。
血痕が、道の先に続いていたから。心臓が一際大きく跳ねて、そのままカオスに尋ねる。
「カオス、これ、って」
「急ぐぞマイア!」
カオスが私の腕を掴んで、前を走ってくれる。私の目から涙が滲んで、こすりながらあとに続いた。
お母さんからもらった杖を握りしめて、息も忘れて走る。お願いだから、無事でいて。
血痕の先を辿ってからすぐのことだった。
瞳を紅く光らせた魔物と、血溜まりの中に倒れる先生。暗い辺り一帯に似合わない2つの赤色。目の前に、一番最悪な状況が現れてしまった。
私の心が砕けるのに、充分すぎた。足に力が入らなくて、立てなくなる。カオスが腕を支えてくれているけど、無理だ。
「マイア! しっかりしろ!」
「……無理だよ、だって、死んで」
「生きて、ますよ……」
はっとして顔を上げた。掠れた声が目の前から、先生が喋っている。生きている。間に合ったみたい。
でも、先生の横にいる魔物は、鋭い牙からよだれと血を滴らせて唸っている。震えが止まらない。怖い。怖いよ。
私を見かねてか、カオスは叫んだ。
「今助けるから!」
「いえ……無理です、これは……致命傷、です」
そんなこと言わないでよ。
まだ生きてるじゃない。
ユフィさんが待ってる。
「ユフィーナを、お願い……できますか? あの子は、とても……寂しがりやで、優しく、て」
「喋るな! 俺が倒すから!」
「治癒術の腕は、私が……保証、します……ユフィーナを、お願……」
先生の言葉は、そこで途切れた。
生きているか、それとも。
涙が止まらない。怖い。カオスを見ると、いつものように動じない。あんた、凄いわ。こんな状況だというのに。
目の前の巨大な狼は、私達をじっと見ている。
「先生の死を無駄にはできない。やるしかない。マイア、いけるか」
「……が、がんばってみる」
先生の死を無駄にはできない、それだけを頼りにカオスを支えにして、私はなんとか立ち上がる。そして私達は、武器を構えた。
まずはカオスが巨大な狼に切りかかる。傷は少し負わせたみたいで、毛が散った。巨大な狼が吠えた後に、カオスの剣に噛み付いた。金属音が激しく響く。
「マイア! ダークフェンリルは俺が抑える、今のうちに魔法打て!」
「で、でも」
「いいから早く!」
そんなこと言われても、体の震えは止まらない。私よりも大人の先生がやられたのなら、私でも……勇者のカオスでも倒せないんじゃないの。
カオスとダークフェンリルはお互いに見合って、歯を食いしばる。私は震える口から、声を絞り出した。
「う、ウィンド……カッター……」
杖から放たれた魔法は、あまりにも小さかった。風の刃を放ったはずなのに、ダークフェンリルの体をかすめただけ。
私には出来ないよ、カオス。
だって私は、気ままに暮らしていた、ただの村娘なんだから。勇者のように、強くない。ぎゅっと閉じた目から涙が溢れる。
「バカマイア!」
誰がバカよ。しょうがないじゃない。怖いんだもの。その声に目を開けると、カオスが抑えていたはずのダークフェンリルが……私の目前まで迫っていた。
「へ……?」
「あぁ、もう、クソッ!」
カオスが何か呟いたけれど、私には届かない。
時間がゆっくりになる。
これが走馬灯ってやつなのね。
お母さん、私ここで……終わるみたい。
ザクッと嫌な鈍い音と共に倒れたのは、私じゃなかった。ダークフェンリルの刃のような牙が、カオスを貫いた。
倒れたカオスと、吐きそうな鉄の臭い。私はしゃがんで、先生みたいになっていくカオスの支えになる。私の服が、赤く染まっていく。
「カ、カオス! あんた、ば、バカじゃないの!」
「バカはお前だろ。……痛ぇ……」
「喋るなバカ! 今薬草を、」
しまった。薬草は今、持っていない。カオスがあの時、どこかへ消してしまったんだ。
「……マイア」
「な、なに!」
「俺はさ、お前らが死ぬところを、別に悲しくないなんて、思ったことは……ないよ」
カオスの手を握る。
だけど、握り返されることはなかった。
「だ、だめ、いかないでカオス! 私1人じゃ無理だよ!」
「大丈夫だ……また後で会おうぜ」
カオスは静かに、目を閉じた。
私とダークフェンリルだけが、この場に残った。紅く光る瞳と目が合って、私はもう、限界だった。
にじりよるダークフェンリルから、逃げなければならないのに。私の視界は揺れて暗くなって。意識はそこで、ぷつりと切れてしまった。




