データ6 デフテト 宿屋:カオスLv.7
――私は走る。暗闇の中をただ、ひたすらに。怖くて、息ができなくて、とても苦しい。でも、逃げなくちゃ。
「マイア〜どうしてサンドイッチを食べなかったの〜〜」
お母さんの声がして、後ろを振り返る。大きな大きな虹色の水の塊がぽよんと跳ねた。お、お母さんじゃない!
「ぎゃぁあぁああ!」
「マイア〜お母さん、悲しかったなぁ〜。マイアの為に心を込めて作ったのよ〜」
「フルーツサンドでしょっ⁉︎ 食べたよ! 私がぜんぶびゃっ」
お母さんの声を出す水の塊は、私の上に乗っかって全体重をかけてくる。
「ごめんねおがあざぁん! マイアは、マイアは悪い子でずぅう!」
「お母さんも、泣いちゃうわ〜」
「フルーツサンドはカオスに渡さずに全部食べたからっ!!! ……あれ?」
「一体、どんな夢を見ていたんです?」
くすくすと笑う声に目を向けた。とっても美人なお姉さんが、横で微笑んだ。ふかふかの白いベッドにいた私は、汗を拭って部屋を見回す。
白い壁に、独特な薬の匂い。
あれ、宿屋じゃなくない?
「貴女、街の入り口で倒れたんですって?」
「あ……」
「勇者様がここまで運んできてくださったのよ。今、先生を呼んできますからね」
そう言って美人さんは部屋から出て行ってしまった。私、街の入り口で倒れたんだ。私は部屋に1人、取り残される。
……あれ、カオスどこ行った。
すぐに美人さんと一緒に、その先生らしき人は部屋に入ってきた。うおぉ。こっちも美しい……。美男美女の微笑みが、私の目をチカチカさせてくる。眩しい。
「目が覚めたようで。頭はまだ痛みますか?」
「あ、いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「それは良かった」
眼鏡の奥の細い目が、一際細くなる。私よりもいくつか年上かな。銀髪がよく似合う。
話を聞くと、ここはデフテトの診療所。診療所があるのは知っていたし、プロト村で病気を見てもらうなら大体デフテト。でも、幸か不幸か私は超健康体。病気になったことはないから、中に入ったのは初めてだ。
「そういえば、カオス……勇者の奴はどこに?」
「勇者の奴、ですか随分仲良しですね。彼は調べたいことがあると、出かけていきました」
「仲良くないですよ。調べたいことって?」
「ふふ、はい。距離がどうの、と言っていましたかね」
何の距離だ、と思ったら、右手の小指が攣ったような気がした。気になって手を見た瞬間。
カオスが私の横に急に現れた!
私はびっくりして、はずみでベッドが軋んだ。美男美女を見ると2人も口に手を当てて、かなり驚いている。当の本人はなにも気にすることがないみたいだけれど。
「意外と距離あるなー。これくらいなら大丈夫か」
「ちょっとカオス」
「ん?」
右手を開いたり閉じたりしながら、カオスは私達に目を向ける様子はない。私はムッとカオスを睨んだ。
「この美男美女に私を任せて、自分は観光でもしてたの? 他に言うことあるでしょ」
「ん?」
「驚かせてすみません、ありがとうございますって」
「驚かせてすみません、ありがとうございます」
「そのまま言うな!」
人の心が無いんじゃないか、この勇者には。私は毛布を握りながら、カオスを睨み続けた。カオスにはこれっぽっちも効いちゃいない。
「仲良しですねぇ」
「うふふ、そうですわね」
「「仲良くないです」」
美男美女の和やかな雰囲気が羨ましい。私とカオス、というか私は、カオスがどうにもムカついて仕方がないわ。
私達を見てくすくす笑う美人さんが、はたと何かに気付いたようで先生に向き直る。
「あら。先生、そろそろお時間では?」
「おっと……もう行かねばならないですね。すみません、私はこれから用事で出なければなりません。ユフィーナがいるので、ここにいても構いませんが、いかがしますか?」
「マイアはここに残り――」
「もう大丈夫です! 宿に行きます!」
カオスの言葉を、私は遮る。頭はもう痛くないし、すこぶる元気だ。ここにいても、宿にいても、一緒だろうし。本当に具合の悪い人の為に、ベッドを空けておかなくちゃ。
横目で見たカオスが腕を組んで、口をひん曲げているけど無視無視。何を考えてるか知らないけれど、あの時みたいにならないように見張らなくちゃ。
……あの時って、いつの時?
ツキンと頭が響いたけれど、気のせいにした。
すぐに治ったしね。
しばらくして退室した先生。奥から扉が閉まる音が聞こえた。ユフィーナと呼ばれていた美人さんが、頬に手を当てて溜息をついた。困り顔でぽつりと呟く。
「大丈夫かしら、テオ兄様……」
「テオ兄様?」
「……あっごめんなさい。あの人、私の兄なんです。お仕事をしている間は『先生』って呼んでるの」
ほほぉ。どおりで2人とも美しいわけだ。
さぞ、繁盛しているのだろう。
「で、何か心配事でもあるんですか?」
「はい。テオにい……先生は往診に行ったんですけれど、最近あまり良い噂を聞かない場所なんです」
「良い噂?」
「デフテトの西側に裏山があって、そこに住んでいる方の往診なんです。でも……その裏山は、魔王軍の動きが活発になっているとかで」
そもそも、そんな裏山に住んでいる奴が、どうかしていると思うんだけれど。一旦置いておいて。
魔王軍の動きが活発になっている、なんて噂聞いたことないぞ。カオスを見ても、両手を上げて知らないような素ぶりをしている。
怖いけれど、ちょっと気になる。ユフィーナさんが心配しているということは、魔物が強いか、先生が弱いか。
前者ならまだしも、後者だったらカオスが助けられるかも。勇者だし。
「私達が後を追いましょうか?」
「あっオイ――」
「本当ですかっ⁉︎」
ユフィーナさんが私の手を握ってきた。目がうるうるしている。そんなに心配なら、見に行くくらい、いいよね。
カオスがなんか言ってるけど、無視よ。今まで私も無視されてきたんだから。ちょっとは私の思いを知りなさい。
「いいでしょう! この私、マイアと勇者カオスが確かに! 先生の様子を見に行かせていただきます!」
ピコンッ
私が高らかに人差し指を天井に向けた時に、その音はした。前にも聞いたことがあるような。目の前には、めっせーじうぃんどう。
【★サブシナリオ】
『デフテトのメイヤーズ兄妹』
あら。つい触ったら、すぐに消えちゃった。ユフィーナさんを見ると、首を傾げている。やっぱり他の人には見えないんだ。
「バカマイア!」
「い、いひゃい! なにふんのよはははんほ!」
ずっと黙ってたカオスが、急に私の頬を思いっきりつねってきて、それはそれは痛かった。




