データ5 マハリ平原 北:カオスLv.7
落胆している勇者をよそに、私は立ち上がった。日が傾き始めている。早くデフテトに行かないと、魔物に囲まれながら野宿だ。
それは絶対、いやだ。
「ねぇ、いくつか聞きたいんだけど……まず、あんた名前なんだっけ?」
「あぁ……だからずっと勇者とかあんたとか呼んでたのか……。俺の名前はカオスだ」
「ふぅん。ていうか私達、まだ挨拶もろくにしてないと思うけれど。私はマイア・ダウンズよ。よろしく」
勇者、もといカオスと私は、改めて名乗りあった。プロト村で白く光ってたのが、こいつの名前を呼んでたとは思うけれど、覚えちゃいない。
半透明の四角いやつ――えぇと、めっせーじうぃんどうね――それに右手の小指に刻まれた紋章。これで頭がいっぱいだったから、話なんて聞いてなかった。
「あっそうだ、これ! この手のやつは? なんなの?」
「あぁ、『忠誠の誓い』か。メッセージウィンドウ見えてるなら、説明文も読んだんだろ? そのままの意味だよ」
なんて書いてあったっけ。確か……魔王を倒すまで一緒に戦う的な……あ。最後に『例え命が果てたとしても』って、書いてあったかな。思い出してきた。
「つまり、あんた……じゃなかった、カオス。カオスと一緒に魔王を倒すまで、この小指はこのままってワケね……」
「あぁちなみに、逃げても無駄だからな。それがある限り、俺から離れてもどうにかして戻ってくるようになってる」
「……はぁ⁉︎」
真面目に本当に言ってるの、それ。最悪すぎる。何かあったらすぐに逃げてやろうと思ってたのに。信じられないから、また今度試そう。
不穏な文もついでに思い出したけれど、今はとにかくデフテトに行かないと。
「……次の質問、私達はデフテトに向かう。で、合ってるわよね?」
「そうだよ。まだ狩り足りないけど」
「尚更早く行かなくちゃ! 宿も取らないと」
「まぁそう焦らずに。……おっと。忘れるところだった」
フルーツサンドの怨みを忘れたのだろうか、カオスは。さっきまでキラービーを倒しまくっていた場所へ向かって行った。
私も後を追う。地面にはごちゃごちゃと色々な物が落ちている。バッズプラントの蕾、キラービーの羽や毒針……ん⁉︎ お金まで⁉︎
それらをカオスがどんどん消していく。どうやっているのか、まるでわからない。でも確かに、どこかに消えて行った。
どうせ質問しても、返事は一緒、よね。その手品、いつか見破るわ。全部が無くなって、カオスは手をぱっぱと払う。
そして、向かう先はデフテト方面で合っていた。良かった、野宿は免れそうだ。歩きながら、私達は会話を続けていく。
「今拾った物はどうするの?」
「取っておく」
「その後は?」
「取っておく」
「? なんの為に?」
「装備作る為」
装備を作る? 武器とか、防具を? 売ってなかったっけ。なんでわざわざ買うのだろう。……ダメだ、疑問しか浮かんでこない。
不安しかないこの旅だけれど、お母さんの為にも今は我慢だ。最悪命の危機を感じたら、引っ張ってでも逃げればいいよね。命よりも大切な物はないよ。
「マイア、杖構えて」
「へ、なんで」
「来るよ」
「何が、わぁああ!」
突然何を言うかと思えば、既に魔物は目の前にいた。全然気が付かなかった。っていうか、マハリ平原ってこんなにうじゃうじゃ魔物いるの。お家が恋しい。
カオスが切りかかるのは、さっき見たバッズプラント。同じように一刀両断した。淡く光って消えていく。残りはキラービーに、角の映えた白い兎。
「マジか、ホーンラビットだ。マハリ平原で出るなんて珍しいな」
「可愛いわね」
「マイア。角折って」
「角⁉︎ 無理!」
そうこうしているうちに、キラービーがこちらへ向かってくる。私はまたファイヤーボールを打ち込んだ。さっき当たっただけだったけれど、今度は一撃で倒せた。私やっぱり強いのかな。
カオスの方に目を向けると、角が転がっていてホーンラビットの姿はどこにもなかった。めっせーじうぃんどうを触っている。
「倒したの⁉︎」
「いや逃げられた。ただ、角は折った」
「可哀想に……」
「可哀想って、あれも魔物だぞ? あの角で最悪こっちが死ぬ」
カオスがホーンラビットに串刺しされたところを想像してみる。……やっぱりホーンラビットが可哀想よね。
兎に角、戦いが終わって一安心の私は、ホーンラビットの角を拾う。光に反射して不思議な色合いの角を、カオスに手渡した。
手際よく、角を手から消して、まだめっせーじうぃんどうを色々触っている。私も横から触ってみた。あら? 消えちゃった。
「あ! まだ振ってるところだったのに!」
「私もこれ触れるみたいよ」
「……マジで言ってんの? なんでだ……? 次触ったら置いてくからな」
「置いていっても私達、離れられないんでしょ」
「くそ! そうだった!」
こんなやりとりをしながら、時折戦って、やっとデフテトの入り口が見えてきた。空を見上げれば、オレンジ色に染まっていた。
歩きすぎて、足が痛い。1日でこんなに魔法を使ったのは初めてで、本当に疲れた。早く宿で休みたい。
で、入り口にまたあったのよ。分厚い本がね。カオスはデフテトに入る前に、それに向かって行く。
「ねぇそれって結局なんなの?」
「さっきから質問ばっかだな。そんなに俺のこと気になる?」
「あんたに興味あるわけないでしょ」
2人して、分厚い本の前に立つ。やっぱり空みたいな色の光を放つ分厚い本。凄そうな台座の上に乗っかって置いてある。他の所にもあった物と、全く一緒だった。
カオスが本に手をかざすと、本は勝手にページを開く。そして、めっせーじうぃんどうが出た。これも触れるのかと思って、手の平を当ててみる。
「だから触るなって」
「……触れない」
触れるどころか、手が貫通して空振りしてしまう。これは無理なんだ。カオスを見ると、したり顔でにやにやしてる。むかつくわ。本当。
「流石にセーブは俺の専売特許だったな」
「せん、ば? 何語?」
「要は俺にしかできないってこと」
カオスはめっせーじうぃんどうを触った。
その時だった。
「う、ぐ……」
「マイア?」
頭が、痛い。割れそう。
私は全身の力が抜けて、立てなくなる。
視界が霞む中、本が青白い輝きを放って勝手に閉じたのが見えた。それからカオスが私の肩を支えてくれているのも。
意外と優しいとこもあるのね。
そのまま、私は気を失ってしまった。




