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「ちょっと待ってよ、れべるあげって何?」


 勇者はまた私の質問を無視して、村を出て行ってしまった。振り返ると村の皆が、手を振ってくれている。必ず魔王を倒してくれよ、と言わんばかりに。


 何が何だか分からないけれど、勇者についていくと決めた以上、戻るわけにはいかない。お母さんのためにも。口を硬く結んで、私は勇者の後を追う。


 プロト村を出てすぐ、それは目に入ってきた。空みたいな色の光を放つ分厚い本。凄そうな台座の上に乗っかって置いてある。

 こんなの、村の入り口にあったかなぁ。


 ふと勇者を見ると、本に手をかざしている。覗き込んだ途端、本が勝手にページを開いた。え、凄い、何かの魔法?

 そしてまた半透明の四角いやつが浮かび上がる。何度か触れた後、何かに気付いたようで、勇者は手を止めた。……それ、手で触れるんだ。


「そうだ、マイア。さっき薬草貰ってただろ。あとサンドイッチ。俺が預かるから貸して」

「え゛。嫌よ、私んだもん」


 私は肩から下げた、お気に入りのポーチを守った。絶対渡さない。後でポーション作ろうと思ってたし。


「そのバッグだと中身すぐ埋まるだろ。俺が持ってた方がいいって絶対」

「証拠見せなさい。じゃなきゃ無理」

「しょ、証拠? やけに細かい台詞だなぁ」

「さっきから何なのよ」


 きょろきょろと辺りを見回した勇者は、道端に落ちている石ころを拾い上げた。そしてそれは手の平の上で、消えた!


「どうやったの⁉︎」

「うーん、説明するのは難しいなぁ」


 そう言って消えた筈の石ころは、また手の平に出てきた。どうやってるんだろう。


「でもそれってさ、手品よね。そんな小さい物消すくらいなら、私が練習したらできるわよ」

「マイアには無理だよ」


 手ぶらの勇者は、唯一の持ち物である剣を手にした。剣は石ころ同様――消えた。流石に私が練習しても無理だ。

 目を丸くした私を見ながら、勇者は再び消えた筈の剣を手に取った。ぐぬぬ。信じるしかないか。


「……分かったわ、でも渡すのは薬草だけ。後でポーションにするから、その時に返してね」

「ポーション作れんの? マイアちゃん万能すぎ」

「気持ち悪いから、ちゃん付けやめて」


 もしもお母さんのサンドイッチが、そのまま消えてなくなったら私は泣くだろう。手元に残して、薬草だけを手渡した。案の定、薬草は勇者の手から消えた。どこに行ってしまったんだ。


 そして、目の前でページを開いたままの分厚い本。勇者が空中で触れる素ぶりをすると、青白い輝きを放って勝手に閉じた。

 勇者が来てから、初めて起こることばかり。

 ちんぷんかんぷんよ。


「この本さ、前はこんなとこになかった気がするのよね」

「俺が来たからじゃね?」

「……えぇ?」

「やっとセーブできたし、レベル上げ行くか」

「だからそのれべるあげって何!」


 せーぶ? れべるあげ? 勇者の故郷の言葉なのかな。私の住んでいる地方では、馴染みのない言葉だ。

 そんな勇者はどんどん、マハリ平原の先へと進んで行ってしまう。プロト村から北の方に向かう流れね。なるほど。


 マハリ平原はそこそこ広い。北に進むとデフテトっていう町がある。多分、そこに行くのだろう。魔王直行は、ちょっとね。心の準備が足りないから助かる。


 今、私は強がっているけれど、内心めちゃくちゃ怖い。魔物襲ってこないといいなぁ。勇者に助けてもらおう……。

 置いていかれないように、急いで後を追いかける。優しく吹く風が、私の背中を押してくれた。


 で、だ。

 デフテトに向かっていると思っていたのに、だんだん右に逸れていく。なんでだろうと思っていたら、目の前の木の下に……宝箱?

 何でこんなところに。

 しゃがみ込んだ勇者。なんの躊躇(ためら)いもなしに開けるものだから、私はつい肩を掴んでしまった。


「それ危なくない? なんで勝手に開けるの」

「大丈夫大丈夫。これは拾っても問題なし。まぁ目当ては別にあるんだけどね」


 宝箱の中には、くたびれたベージュのマントが入っていた。それを勇者が羽織る。あぁ、またダサくなった。

 立ち上がって更に右手を進んでいく。生い茂った草をかき分けた先に現れたのは、洞窟だった。


 こんなところに、洞窟なんてあったんだ。中から空洞音が響いて、身震いしてしまう。

 入り口の脇には、プロト村の外にあった分厚い本が、同じように置かれている。勇者が手をかざして、本が開いて、光って、すぐに閉じた。


「よし」


 腰から下げた細めの剣を手に取り、勇者は中へ入ろうとする。私は慌ててボロくてダサいマントを引っ張った。


「な、なに考えてんの!」

「何ってレベル上げだけど」

「れべるあげだか、もみあげだか知らないけれど、絶対強そうな魔物いるじゃない! 流石にここは危ないんじゃないの!」

「俺強いから大丈夫だよ。経験値稼がないと」


 何を言っても無駄なこの勇者(ダサマント)の力に()す術もなく。そのまま私はずりずりと中へ引きずられた。



 洞窟の中は、じめっとしていて、とても気味が悪い。寒さに震えながら、勇者の後ろをぴったりくっついて歩く。足が前に進むのを拒否している。でも足を止めたら勇者に置いていかれそうで、無理矢理歩いた。


 幸いなことに所々に松明がついていて、そんなに暗くはない。誰がつけたんだろう。この灯りと……認めたくないけれど、勇者がいるお陰で恐怖心は多少和らいだ。


「冷たっ」


 急に鼻先に触れた感覚が、私の足を止めた。水が当たったみたい。じめじめしているから、岩肌から染みているのかと思って上を見上げた。


「ぎゃぁあぁああ!」


 視界に入った物を目にして、叫ばずにはいられない。天井に張り付いた、大きな大きな虹色の水の塊! ぎょろっとした目が、こっちを見ている。あ、目が合った。


「出たなレインボースライム!」


 その声に顔を向けると、にやけ顔の勇者が素早く魔物に向かっていく。振り回した細身の剣は空振りで、魔物に(かす)りもしない。


「何やってんのあんた戦ったことないの⁉︎」

「あるよ。あるけどレベル差ありすぎたかなコレ」

「こうやんのよ! ファイヤーボール!」


 お母さんから貰った杖を魔物に向けて、魔法を放つ。杖先から放たれた火の球。でもその魔法は、魔物の体の中に吸収されてしまう。


「嘘でしょ……」

「レインボースライムは全属性無効だからな」

「何言ってんの! 逃げるわよ!」

「いや。こいつは倒すよ」

「はぁ⁉︎」


 バカ言ってんじゃないよ。そう口にしようとしたのに、声が出なかった。喉に手を伸ばすけれど腕が、身体が、重い。視界もぼやけて、はっきりしない。まるで水の中で泳いでいるような――水?


「ッがぼ……っ!」


 私が気付く間もなく、魔物に取り込まれてしまったらしい。口から空気がどんどん抜けていく。苦しい。怖い。嫌だ助けて。

 (かす)む視界だけを頼りに、勇者を見た。


 勇者は、倒れていた。


 魔物から伸びた腕のような体の一部が、勇者の体を押さえつけている。剣が地面に転がって――あぁもう無理だこれ息がもたないや。


 ごめんね、お母さん。

 こんなバカでアホでダサい勇者と一緒に、マイアは死ぬようです。サンドイッチ、食べられなくて、ごめん。


 私はここで力尽きて、終わった。

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