データ13 裏山 スコピオ宅:カオスLv.10
次に目を開けた時、見えたのは知らない天井だった。ほのかに香る木の匂いを頼りに、私は意識をはっきりさせていく。
かけられていた毛布を綺麗に折りたたんで、来客用であろうベッドから起き上がった。
外は既に、太陽が昇っていた。
あれから、眠ってしまったのね、私。
それにしても……昨日見た夢はなんだったのだろう。プロト村で見た白い光を女神と呼んで、カオスは喋っていた。夢にしてはやけに現実的だったわ。まるで本当にあったことみたい。
あくびをしながらリビングに向かうと、ソファにカオスは座っていた。その横にテオ先生が座って、インベントリ……だっけ。それを一緒に眺めてる。
朝から何をやってるんだ。私は興味がなかったから、向かい側に座った。スコピオさんがコーヒーを出してくれて、一口飲む。……にがい。
「そうぃや、勇者殿。昨日のフェンリルちゃんを出してみぃ」
「お、分かった」
スコピオさんの声がけで、カオスがソファに寄りかかっていた上体を起こす。インベントリに触れる動作の後、怪しい腕の動きを数回見せつけて、右手をぱちんと鳴らした。
カオスの影がぐにゃっと伸びて、影の中からブチがぽんっと跳ね出た。その動き、召喚する動きで合ってるんだ。可愛らしく吠えた子狼のブチ。尻尾をぶんぶんと振っている。
「……あれ」
カオスがインベントリをじっくり眺めた。
どうしたのかしら。
「ごめんマイア。入力した名前、間違えた」
「えっ?」
「ブチじゃなくて、『プチ』になってた」
どういうことか分からず、私もインベントリを見にいく。そこには『召喚中…プチ』と書かれている。私の名付けの意味はなんだったんだ。
そんなブチ、もといプチは気にする様子もなく私の足元で顔をすりすりしていた。
「フェンリルちゃんが召喚獣にのぅ……勇者殿は召喚士の素質があるやもしれんのぅ」
腕を組みながらスコピオさんが呟いた。確かにカオスはこんなダサい格好でも、それでも勇者なのだ。多分。
勇者で召喚獣を使役できます、と言われたら10人中10人納得すると思う。それほどに予言の書は浸透しているし、皆『魔王』に怯えて過ごしている。私もその中の1人だ。
魔王、って聞いただけで怖いもんね。そんなこんなで無事プチを召喚したカオスは、スコピオさんと話始める。
「で、爺さんはどこまで分かってるんだよ」
「いやいや、ワシは何も分からんて。山奥に住んどるでのぅ」
「師匠は現役の賢者ですから、大体分かってるんじゃないでしょうか」
「これテシオル。余計なことは言うなぃ」
「テレオスです、師匠」
何回テオ先生野名前間違えるのよ、スコピオさん。テオ先生が入ってきて、するする話は進んでいく。
「ほいで、お前さんも勇者殿についてゆくんじゃな?」
「そうですね。師匠にはユフィーナのことをお願いしたいです」
「ええじゃろ。ただし、ちと細工はさせてもらうぞぃ」
その言葉と同時にスコピオさんは、ソファに座ったテオ先生に向かって魔法陣を発動……えっなにしてるの⁉︎ テオ先生の髪がぶわっと上に広がる。切れ長の瞳を見開いて、スコピオさんのことを見ていた。
「――ディクライニングアビリティ」
多分、スコピオさんのオリジナル魔法だと思う。私には聞いたことのない呪文を唱えて、魔法陣は光り輝く。すぐに魔法陣は消えた。スコピオさんはウインクをこちらに向けて、テオ先生に語りかけた。
「お前の実力を勇者殿に合わせたからの、テレオス。一から学び直し、成長の糧とせよ」
「テレオスです、師匠。……あれ、合ってますね。分かりました」
その時、カオスがまたぼそっと呟いた。
「……やりやがったなジジィ」
「どうかしたの」
「テオ先生のレベルを俺たちに合わせやがった」
また意味の分からないことを言い出した。
カオスが言うことには、テオ先生のレベルとやらは70くらいだったらしいの。でも、スコピオさんの魔法のおかげでカオスと同じ10まで下がった。ちなみに私は今9なんだって。
で、何が問題なのかと言うと。テオ先生が今まで覚えていた魔法が、ほぼ使えなくなったらしい。テオ先生も「憶えてはいるけど発動できない」……とのこと。
……それって、結構大問題なのでは?
こちらのやりとりを知ってか知らずか、スコピオさんは笑っていた。ながーい髭を撫でながら、暖炉の前にあるロッキングチェアに腰掛けた。
「ふぉふぉ。頑張れ若人。大丈夫、なんとかなるて」
「私もなるべく頑張りますので、よろしくお願いしますね」
じゃあ行きますか、と呟いたテオ先生は席を立った。いつの間にかプチはいなくなっていて、カオスも立ち上がる。私も慌てて立ち上がって、玄関に向かう2人を追いかけた。
「あー、お嬢ちゃん」
後ろから聞こえたスコピオさんの声に、私は振り向いた。お腹の前で手を組んだスコピオさんは、ゆらゆらと揺れながら私だけにこう言った。
「お前さんたちは、生きておる。そのことを、忘れるでないぞぃ」
「は、はぁ……?」
手をひらひらと振って来たので、私は頭を少し下げた。そうしてカオスたちと一緒に、スコピオさんの家を後にして診療所へと戻った。
「――えぇっ⁉︎ テオ兄様、行ってしまうんです?」
診療所で待っていたユフィさんの第一声は、それだった。テオ先生を無事に連れて戻ってきたことよりも、デフテトを離れることの方が引っかかったみたい。
テオ先生は旅支度をすると言って、診療所の2階に引っ込んでしまった。私とカオス、ユフィさんの3人で待合室に座って待っている。
「なんか、カオスに興味あるみたいですよ」
「あら……そうなんですね」
私はテキトーにテオ先生が一緒に行く理由を伝えた。昨日のように、ユフィさんは心配そうな顔をしてうつむいている。相当心配なんだろうなぁ。
「昨日もお伝えしましたが、テオ兄様は戦いはてんで駄目なのです。大丈夫かしら……」
「大丈夫ですよ」
テオ先生が支度を済ませて戻って来ていた。手にはたくさんの荷物。調合用の鍋や書物、薬草類などなど。
そんなに抱えて、鞄には入れないのかな。待合室の椅子に荷物を置いて、テオ先生はこう言った。
「さぁカオスさん。これをインベントリに入れてくださいな」
「……え?」
「私が治癒魔法や補助魔法が使えないのならば、道具に頼るしかないですからね。念の為の備えです」
「いいけど……入るかなぁ」
カオスが手当たり次第に荷物を消し始めた。ユフィさんが戸惑ってるわよ。そりゃ、そうよね。
それにしたって順応力の高すぎるわ、テオ先生。早速カオスの能力を使いこなしている。
「テオ先生、これは入らないや」
最後の荷物を前に、カオスの手が止まる。それ以外が消えたことにびっくりだけれども。
椅子に残ったのは、子どもが描いたであろう小さな絵だった。テオ先生は大切そうに絵を手に取って、白いローブの内ポケットに入れた。
「テオ兄様……それ、って……!」
「ユフィーナが小さな頃に描いた父さんと母さん、私たち家族の絵ですよ。私の宝物ですから、持っていかないとね」
「テオ兄様……!」
あぁ、美しき家族愛。美男美女の兄妹は、まるで二度と逢えないかのように強く抱きしめ合った。ちょっと泣ける。
一方勇者のカオスは、その光景を間抜けな顔で眺めてた。だらしのない勇者だ。
「さ、じゃあ次の街に行くぞ」
「えっもう行くの?」
「行くだろ。誰が魔王を倒すと思ってんだ」
わぁー勇者っぽいーなー頼もしいなー。私もきっとカオスみたいに間抜けな顔をしてるんだろうな。ユフィさんを名残惜しそうに見つめて立ち去るカオス。
後に続いて私も出て行こうとする。振り返るとテオ先生とユフィさんが、お別れの挨拶をしてテオ先生も私の後ろをついてきた。ユフィさんが私にも手を振ってくれたので、私も振り返す。
こうしてテオ先生、それからプチ――ほんとはブチなんだけれどね――が新たに加わって、私達は次の街に向かうことになったんだ。




