データ12 裏山 スコピオ宅:カオスLv.10
玄関から一歩ずつ、短い階段を降りてくるテオ先生。後ろで腕を組んで私達の目の前に立った。
「お話は大体聞いちゃいました」
お茶目に口元を上げたその顔は、ユフィさんのような、癒しの笑顔だった。
まさか、話を聞いていたなんて。マズいことはないとは思うけれど、大丈夫なのかな。めっせーじうぃんどうは多分、見えてないよね。だとしたら私たち、かなり変な奴らじゃない?
「スコピオさんの治療は……」
「終わったので、お2人の様子を見に来たんです」
「えーっと、先生。今の話は聞かなかったことに――」
「いやぁ、無理ですよ」
カオスの言葉を遮るテオ先生。
自分の頭を人差し指でトントン、と指差す。
「だってもう憶えちゃいましたもん。私、記憶力には自信がありまして」
風か一際強く吹いた。テオ先生の髪を撫でて、さらさらと舞う。テオ先生はその細い瞳をゆっくりと開いた。
「でも勇者様が今ここで死んでしまえば、私は忘れてしまうのではないですか? 戻れるのでしょう、裏山に入る前に」
笑顔の後ろに冷たさを感じた気がして、呼吸が止まりそうになる。瞳の奥に吸い込まれそう。私とカオスを交互に見て、テオ先生は吹き出した。
「……なーんて! 脅かしてごめんなさい。単純に興味が湧いてしまいました」
ぱんっと両手を閉じて、テオ先生はそんなことを言った。私はどくどく波打つ心臓を押さえた。正直、めちゃくちゃ怖かった。
よ、よかった冗談で。
「医療に携わる者として、死に戻りの感覚を知りたい」
……ん?
「ですので、私も旅にご一緒してもいいですか?」
テオ先生はにっこり微笑んだ。急展開よ。
私は……カオスと2人きりよりも、3人の方がいいわ。テオ先生がいれば、カオスと意思疎通捗りそうだし。怪我をしたら治してもらえるし。
カオスを見てみると、すごく、嫌そうな顔をしてた。口元を手で隠して、私にしか聞こえないような音をぽつりと呟く。
「なんだこれ。……サブシナリオ通りだとユフィ様が仲間になると思うんだけどな」
「どしたのカオス」
「俺の知らないEX……あれ、まだシナリオ終わってないじゃん」
またカオスが1人で何か言い出した。私の言葉を無視したってことは、これはまた教えてもらえないパターンか。少しずつこの人が分かってきたわよ。
テオ先生は不思議そうな顔でカオスを見ていた。
「勇者様?」
「あ、ハイ! 私、テオ先生が一緒だと嬉しいです! そうよね、カオス!」
「……え? あ、うん」
カオスの代わりに私が返事をする。話を聞いていなかった勇者の生返事は、話を先に進ませてくれた。
「よかったです! そろそろ街と師匠を、ユフィーナに任せたいとも思っていましたので、丁度いいですね」
そうしてテオ先生は右手をカオスの前へ差し出した。目をぱちくりさせたカオスは、まぬけな顔を私に向ける。
「あれ、これどういう状況?」
「よろしくお願いしますね、カオスさん」
テオ先生はカオスの右手をぎゅっと握った。握手をしたその上に、めっせーじうぃんどうは現れた。
……ちょっと待って。私がカオスとプロト村で握手した時と同じだ。ただし、異なる点がある。
めっせーじうぃんどうは、テオ先生が見えるように向いていたの。だから、なんて書いてあるかがわからない。
そして私の右手の小指が、また熱くなる。見てみたけど変化なく、青白く光る指輪のような紋章があるだけだ。
でも、目線を戻した時に気が付いた。その紋章が、テオ先生の中指にもあるってことに。
「なるほど」
あごに手を当てて、短く呟くテオ先生。その目はまるで、めっせーじうぃんどうに書かれた文字を読んでいるような……あれ?
私はめっせーじうぃんどうを指差した。
「テオ先生、もしかして、それ……」
「これが例のメッセージウィンドウですか? 命が果てたとしても、って面白いですね」
「な、勝手に何してんだよ! 俺ユフィ様と一緒に行くつもりだったのに!」
カオスの叫びも、今はただ虚しい。
「ユフィーナ? 魔王がいるなんて危ない所、連れて行かせるわけないでしょう」
「えっ!」
「私が死んだら、どうか生き返らせてくださいね。カオスさん」
にこにこ笑顔のテオ先生と、がっくりうなだれる勇者のカオス。これは、ちょっと面白いかもしれない。立場逆転ね、カオス。今後困ったことがあったら、テオ先生に頼らせてもらうわ。
そんなやりとりの後、私達の目の前にめっせーじうぃんどうは現れた。
【★EXシナリオ】
『デフテトのメイヤーズ兄妹 クリア
セーブしますか? ▶︎はい いいえ』
あら? 初めてみるパターンだ。さっき触るなって言われたし、怖いから触らないでおこう。
と、思っていたのに、テオ先生がそれに触れた。でも手は半透明の板を貫通して、触れないみたいだった。
「おやおや。私には触ることはできないんですねぇ」
「勝手に触らないでー! マジで危ないから! セーブできたら俺いらないから!」
「触れなかったのでいいじゃないですか」
ころころ笑うテオ先生をよそに、むっとしたカオスがめっせーじうぃんどうに触れた。
またあの痛みが私を襲った。目の前が暗くなって、私は意識が遠のいていく。
どんだけ気失うのよ、私。
◆
――感覚としては、目を開いているつもりだった。それなのに、目の前は真っ暗な闇。目を開いても閉じても、変わることはなかった。
なにもない暗闇の中で、ただ私は立っている。……と思う。匂いも感触もなにもない、静かな場所だ。
辺りを見渡すと、微かな光が見えた。それを頼りに足を前に出す。光が少しずつ大きくなっていき、私は近付いているんだと思った。
人影がある。
光の隣にダサいマント。カオスだ。
「――っ」
声が、出せない。手を前に伸ばしてみたけれど、手の形も見えない。今の私は多分、闇そのものだった。
「……で? なんでマイアとテオ先生がメッセージウィンドウ見えんだよ。バグじゃねーか」
カオスは光に向かって話しかけている。ばぐ……って、前に言ってたやつよね。どういう意味かしら。
『うーん。なんででしょうねぇ。私にも解りません』
「全知全能なんじゃないのかよポンコツ」
『あっ! それは言ってはいけません! 貴方は勇者なんだから、しゃんとしてください』
「無理だよ。だって俺、日本にいたただの人間だぜ? 急にブラブレの世界にほっぽり出されてさ」
ニ、ホン? 勇者の故郷かしら。ジオ・イロアレクにそんな国や町があるなんて、聞いたことないけれど。
『と・に・か・く。魔王をちゃちゃーっと。やっちゃってくださいね。貴方にセーブとロードの力を与えたのは、その為なんですから』
「はいはい分かりましたよ女神様」
『あぁそれと』
光が徐々に薄く、小さくなっていく。プロト村で出てきた白く輝く光によく似ていた。
『この世界の人達は貴方と同じくちゃーんと、生きているので。ご留意をお願いしますね』
「え? NPCじゃないの」
『じゃあまたね〜』
カオスの姿はそれっきり、見えなくなる。そして鈴の音のような、軽やかな声は光と共に消えた。




