データ11 デフテトの裏山:カオスLv.7
家の中はとても暖かい。まぶたが重くなってくる。
ぱちぱちと燃える暖炉の前で、おじいさんは腰掛ける。さっきまで浮いていたけれど、普通に歩いていた。どこが悪いんだろう。
「テレポム、今日も頼んだぞぃ」
「テレオスです、師匠。……わざと間違えてませんか?」
おじいさんの横であぐらをかいたテオ先生は、おじいさんの手を握った。おじいさんの体を白い光が淡く包み始める。
ついてきたはいいものの、やることも特にない。どうしようかな。
「て、テオ先生って、テレオスって名前なんですか?」
「そうですよ。テレオス・メイヤーズです。でもテオでいいですよ。……あ、こちらは私の師匠で、スコピオです」
「呼び捨てるでなぃ」
「ごめんなさい」
あははと笑いながら答えるテオ先生。スコピオさんは全身を光らせながら、カオスに顔を向けた。
「若いの。勇者にしてはまだまだじゃの」
「まだレベル10なんで」
「そうかそうか」
どういう意味? なんで話通じてるのよ。
私は腕を組んで黙って話を聞く。
「ま、基礎はよろしゅうて。どこの生まれじゃ?」
「……ここからかなり遠いところです」
その言葉を聞いて、スコピオさんは遠くの方を見上げた。目をつむって、小さく頷く。
次に私に片目だけを開けて話しかけてきた。長いヒゲがもふもふと動いている。
「お嬢ちゃん。フェンリルの固有エレメントは火じゃ。よぅ水属性で立ち向かったのぅ」
「いやあれはっ……」
「誰に教わったんじゃ? カシウスか? あぁ〜そこそこ。魔力溜まりが解けてゆくのぅ」
「テレオスです、師匠。私攻撃魔法は、からっきしですよー」
フェンリル……ブチの件は、たまたまだ。ブチは火属性の子だったんだ。そんなこんなで、2人は談笑しながら治療に専念し始めたみたい。
「マイア」
ふいに、カオスが私を呼んだ。手招きをして、外に来いって言っているみたい。外に行っても大丈夫なものなのかしら。不安が募る中、後ろにいるテオ先生が私達に声をかける。
「あまり遠くへ行かなければ、出てもいいですよ」
「は、はいっじゃあ少し外へ……」
カオスと一緒に、私は外へと出た。外は冷たい風がほんのり吹いていた。思わず身震いして、肩を抑える。カオスがダサいマントを私にかけてくれた。暖かい、けれどやっぱりダサいなぁこれ。新しいの買った方がいいんじゃないのこれ。
「で? なんなのよ」
「言っただろ。後で話すって」
……あぁそっか。私がいくら言っても何も教えてくれないから、話してくれないかと思ってた。近くには丸太で作られたベンチがあって、2人で腰掛ける。
「そうだな……まず『ブライト・ブレイブ・ブレード』について話すか。通称はBBB、ブラブレの方が有名かな」
「ぶらぶれ?」
「そう、ブラブレ。そういうゲームがあるんだ。よくある冒険RPGゲーム」
「ゲームって、チェスとかトランプとかの?」
「んーまぁ一緒っちゃ一緒、かな。自分とは別人になりきって、冒険するゲーム」
ほ〜ん、カオスの故郷では、不思議なゲームが流行ってるのね。やっぱり私の知らないところの生まれみたい。
「そんなゲームがあるんだ」
「ある。で、そのゲームの世界に酷く似ている。この世界、ジオ・イロアレクが」
ジオ・イロアレク。この星の名前だ。急に知っている単語が飛んできて、私の肩がはぴくりと跳ねた。
「なにかマズいことでもあるの?」
「ないっちゃあ、ないけれど、現実世界にゲームシステムがそのまま反映されているんだよ。例えば……」
めっせーじうぃんどうのような半透明の板を出したカオス。似ているけれど、少し違う。本の目次みたいに、文字や絵がたくさん書いてある。
「これはインベントリ。見える?」
「うん、見える」
「見える、か。ここに今まで手に入れた持ち物、俺らの情報、図鑑とか、全部入ってる」
「ぜ、全部……?」
すいと手を滑らせると言っていた情報は、怖いくらいに本当に、全部書いてあった。私の名前も。……体重は書いてないみたいね。
「マイアから預かった薬草は、ここにある」
指差した先には薬草の絵と、14という数字が書かれている。カオスが手の平を上に向けたら、手の平に薬草が現れる。薬草の数字は13に変わった。手の平の薬草がまた消えた時、数字は元に戻った。
「あの時の手品は、これでやってた、ってコトね」
「手品っていうか、インベントリが俺の鞄みたいな感じだよ。これ、試しに触ってみて」
「う、うん……」
カオスみたいに、薬草の絵を触ってみた。
けれど、何度やっても手がすり抜けてしまう。
「なるほどなー。マイア、次はインベントリを開こうとしてみて」
「ど、どうやって……?」
「んー。インベントリ開けーって念じる」
そんなので本当にいけるの? んんん……いんべんとり、開け〜……。……しんとした暗闇と月の光、鳥の鳴き声だけがこの場に聞こえる。何も起こらない。
「やっぱり駄目か」
カオスは両手で顔を拭って、ふぅと息を吐く。
「マイアが触れるのは、行動に対するメッセージウィンドウだけみたいだ」
「行動に、対する……。む、難しいわね……」
「そのうち慣れるよ。とりあえず、なるべく触らないで。何が起こるか分からないバグみたいなものから」
「ばぐ?」
その瞬間カオスは、ハッとしたように口をおさえる。顔を覗き込んで目が合ったけれど、すぐに逸らされた。
「……いや、なんでもない。とりあえず俺は、ジオ・イロアレクが今後どうなっていくのか、大体知ってる」
「えぇっ! あんた、最強無敵じゃないの」
「ところがどっこい。俺は何回か、死んでいる。無敵じゃない」
「……は?」
また出た。死んだら二度と生き返れないのよ? 分かっているのかしら、この男は。
「ジオ・イロアレクで最初に死んだのは、プロト村の占い師を選んだ時だ」
「ふぁ? カサンドラさん?」
「そう。俺はあの場にいた5人全員、一度選んでいる。そして5回わざと死んだ。マイアと最初に会ったのは2人目の時だったかな。で、6回目でもう一度、マイアを選んだ。それが、今」
……どういうこと?
5回わざと死ぬなんて、できるの?
「でもそれで終わりじゃなくて、マイアと俺は4回死んでる。1回目は――あー。話さない方がいい?」
「ちょっと頭痛くなってきた……」
「とりあえず、そゆことな」
「全ッッ然わからないわ!」
私も死んでる、ですって。何を言ってるの。私はここにいるじゃない。ついでにあんたも。
頬をつねってみたけれど、しっかり痛い。夢じゃない、現実だ。
「どうやって生き返ったのよ、私達は」
「良くぞ聞いてくれたマイアくん! その秘密は、マイアが不思議がっていた、例の本だ」
カオスはぱちん、と指を鳴らした。それまで神妙な顔をしていたのに、ぱっと明るくなって私に向き直る。やけに、嬉しそうだった。
「あの本は街の入り口、ダンジョンの入り口、宿屋にある。あれは、俺専用のセーブポイントだ」
「せーぶ、ポイント……」
「今までの物語、いや現在地か。記録しておけば何かがあった時に、そこまで戻れるんだ」
「えーっと、戻れるのはどこまで? 私がカオスに選ばれる前まで戻れる?」
「えっ俺といるの、そんなに嫌? ごめん、無理じゃないけど、無理。俺は基本最新データしかロードしないから」
「あんたの采配次第、ってこと?」
「そうです」
残念。まぁでも選ぶのはカオスだもんね。プロト村で選ばれたのは、私。……そういえば、あの時「一番伸び代がある」とか言ってたな。その意味を聞こうとしたけれど、カオスが話を続けてその機会は失われた。
「ここが肝なんだけど、今はロード……時間は戻せない。試してみたけれども、死なないと戻れない」
「それって……」
明るくなったはずのカオスの顔に、また影が落ちた。今後もカオスが死んでしまう可能性がある、ってそう悟っているような顔。
よく見れば、手が震えてる。胸の奥がキュと絞られる感覚がして、私は胸を押さえる。私と目が合ったカオスは、無理矢理笑顔を作った。
私は今、どんな顔をしているんだろう。
「大丈夫大丈夫。俺勇者だから」
「やっ……それでも……!」
「まかせろ、お前たちの世界は俺が救ってやるから。このセーブとロードの力で!」
「へぇ……つまり『死に戻れる』そういう訳ですか」
心臓が口から飛び出る勢いで、2人して振り返る。中で治療していたはずのテオ先生が、私達の後ろにいた。




