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データ10 デフテトの裏山:カオスLv.7

「ひっ……!」


 私は声にならない声を上げて、後退りする。

 逃げたはずなのに。なんで、いるの。


「師匠! 加勢してください!」


 テオ先生が叫んだ。返事はなく、辺りはしんと静まり返っている。暗闇の中、家の明かりとダークフェンリルの赤い瞳だけが灯っていた。風が強く吹いて、森の木々がざわめく。

 私の心の中みたいに。


「……カオス」

「どうした」

「テオ先生、()()()()()()()()

「……お前やっぱり記憶引き継いでるじゃん」

「…………」


 なぜか、勝手に口が動いた。私の体は、頭の中は一体全体、どうなってしまったの。多分その理由を、カオスは知っている。生き延びて聞いてやるわよ。


 杖を持つ手は、手汗がにじんで震える。ダークフェンリルがゆっくり、にじり寄る。赤い瞳が揺らめいて、酷く落ち着かない。

 私が後ろに下がった代わりに、カオスが前に出た。私の横にいるテオ先生は、魔導書を持ち直して言った。


「大丈夫ですよマイアさん。そろそろ……なんだ、もういるじゃないですか」


 そのまま、空の方向を見上げた。私もつられてその方向――丸太小屋のボロ屋根に目を向ける。


「これセレトス。よそ見するでなぃ」

「テレオスです、師匠」


 屋根の上にいるおじいさん。不自然に、浮いている。たっぷり伸びた白い髭を、優しく撫でている。その手を、カオスへ向けた。


「ほれ若いの。来るぞぃ」

「っぅお!」


 ダークフェンリルが、鋭い爪をカオスへ向けて振りかざす。おじいさんの声に合わせてカオスは避ける。地面に爪が食い込んで、土の破片が飛び散った。

 カオスは、空中で剣を抜いて地面へ突き刺す。それを軸に、器用に着地した。


「ふむふむ成程。次はそちらのお嬢ちゃんじゃ。何か魔法を撃ってみぃ」

「な、わ、私っ⁉︎」


 何かって言われても。私2つしか覚えて……あれ。覚えていなかったはずの魔法が、頭の中に浮かんでくる。いつの間に……?

 杖をダークフェンリルへ向ける。エメラルドの石が、綺麗に輝く。一点に魔力を集中させて、魔法を放つ。


「う、ウォーターアロー!」


 杖先から放たれた水の矢。ダークフェンリルの体に当たって、ぱしゃりと消える。その勢いでのけ反ったダークフェンリルは、砂を足ではらった。


「マイア、やるじゃん」

「いやでも私こんなの覚えてないよ!」

「レベル上がったからだろ」

「ふむ」


 カオスがまた訳の分からないことを言い出した。質問しようと思ったけれど、おじいさんが目の前にいて意識がそっちに向いてしまう。いつ屋根から降りてきたんだ。


「まだまだじゃのぅ、勇者殿?」

「なんだよ爺さん」

「ほほ」


 おじいさんは、カオスが勇者だと知ってるみたいだった。戦闘中なのにこの2人を見ていると、気が抜ける。気が合いそうね。

 テオ先生を横目で見ると、にこにこと笑顔を振りまいている。「大丈夫ですよ」とおじいさんの方を指さした。


「儂の新作、受けてみよ。ミニマムディスピアマキシマム!」


 見たことも聞いたこともない魔法を、おじいさんは唱える。闇に浮かぶ2本の光の槍。新作と呼ばれた魔法は、ダークフェンリルの頭上から一直線に落ちた。


 ぱちぱちと体から、赤く光るマナのような物が泡のように弾けた。苦しそうに悶えて、歯を食いしばっているように見える。


 魔物は命が尽きると、空気中のマナに還ると聞いたことがある。キラービーやバッズプラントを倒した時も、空へ昇るように体中からマナが抜けていた……ように見えた。


 でも、今見ているダークフェンリルはその時とは違うような気がする。弾けている物は、マナなのかな。

 おじいさんもまた、カオスのように説明してくれない人だった。


「テセノス」

「テレオスです、師匠。どうしました?」

「失敗したわぃ」


 謎の魔法は失敗したらしい。おじいさんの一言と同時にダークフェンリルから、ぼんっと白い煙が吹いた。

 恐怖なんてものはすっかり私の中から消えたわ。今は目の前の情報を、処理することで手一杯。だらしなく開いた口から、だらしなく声をもらしてしまう。


「な、え……?」

「きゃんっ」


 可愛らしい音の高い鳴き声。

 白い煙から、1匹の子狼がこちらに走ってきた。白い毛並みに黒い斑点が色付いている。

 その子は私の足元に顔をこすりつけた。可愛い、けど……さっきのダークフェンリル、よね。


「爺さん、どう失敗したんだ」

「小さき者も大きい者も消え去るがよい、という魔法をかけたつもりなのじゃ。術式を組み間違えたのぅ。消え去ったのはダークな部分だけじゃ」


 カオスの問いにおじいさんが答えた。気が付けば周りの圧迫したような空気は、デフテトの街のように澄んでいた。もしかして、戦闘終了?


 私の足元に居座る小狼を、おじいさんが持ち上げて抱きかかえた。じたばたして暴れてるんだけど、大丈夫かしら。

 唸りながら小狼はおじいさんの体を蹴って、カオスの胸元へ飛んだ。カオスが反射でその子をキャッチ。私の足元に来た時のように、カオスにもすりすりしている。


 ここで登場したのは、めっせーじうぃんどう。

 カオスの目の前だけに現れた半透明の板。近くに駆け寄って、文字を読んでみる。


【召喚獣フェンリルを仲間にしました】

『名前をつけてください。▶︎』


 召喚獣、って、選ばれた人しか使役できないやつじゃないの。勇者たるゆえんってやつか。カオスは気難しい顔をして、めっせーじうぃんどうを睨んでいた。


「どしたのカオス」

「俺こういうのデフォルト名にする派なんだよ。でもせっかくだしなぁ。マイア、名前つけていいよ」

「えっいいの? じゃあ……ブチで」

「センス無いな」


 うるさいな。私がつけていいって言ったじゃない。そうは言いながら、めっせーじうぃんどうに触れて操作してくれてはいる。

 それが消えて、ブチも地面の中――カオスの影の中に、消えてしまった。どこに行っちゃったの⁉︎


 カオスを見たけれど、気にする様子はない。続いて現れた新たなめっせーじうぃんどうを確認している。無言で目を見開いて、にやにやしだした。怖いから近寄らないでおこう。


「ひとまず暗いしのぅ。中に入れぃケイオス」

「テレオスです、師匠。勇者様とマイアさんも中へどうぞ」


 2人もブチがいなくなったことを特に気にする様子なく、おじいさんの家へと入っていった。

 もしかして、気になるのは私だけ?

 

「ありがとう爺さん」


 そう言ってくるりと私を振り返るカオス。


「後で話すから。この世界のこと」

「世界……?」

「ああ。恐らく『ブライト・ブレイブ・ブレード』がこの世界の基盤だ」

「な、なにそれっ!」


 その先の話をしないまま、カオスも丸太小屋へ入ってしまった。また説明なしだ。カオス(ダサマント)め。忠誠の誓いがなければ、とっくにプロト村に逃げ帰ってるわ。

 もやもやした気持ちを抑えながら、渋々私も家へ入る。でもこの時、私もカオスも忘れていたの。


 【EXシナリオ】がまだ、終わっていないことに。

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