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第三十一話

 ドラゴンではない可能性もあるけど、確かめる価値はありそうだ。


 フロストゴーレムとの戦闘があった直後だし、一度態勢を立て直してから入ったほうが良いかもしれない。


 そう思ってオークさんを見たんだけど、「すぐにでも行けます」と言われた。


 準備はバッチリらしい。


 よし。後はトトさんだけど、流石に危険だからここで待機してもらって──。



「なぁ、カズマさん! 早く中に入ろうぜ!」



 キラキラとした目で、サムズアップするトトさん。


 清々しいほどに、ここに残る気はないらしい。


 未知のモンスターに、金の匂いでも感じたのかな?


 まぁ、ひとりで残るのも危ないし、一緒に入っちゃったほうがいいか。


 ハク一族の背中から降りた僕たちは、武装したオークさんたちを先頭に慎重に洞窟へと足を踏み入れる。


 僕は【神樹カバン】の中から【不思議なランタン】を取り出し、明かりを灯した。



「……うわぁ」



 浮かび上がった景色に、思わずため息のような声が漏れ出してしまった。


 洞窟の中に広がっていたのは、神秘的な光景だった。


 まるでクリスタルのようにキラキラと輝いていたのだ。


 壁も天井も分厚い氷で覆われ、灯した松明の炎が淡く青白く反射している。


 肌を刺すような冷気が、洞窟の奥から流れてきた。


 少し妙だと思った。


 本来、洞窟のような閉ざされた空間で風が動くことはありえない。


 つまり、この先に「風を生み出している何か」が存在するということだ。


 そっとオークさんたちに声をかける。



「……この奥になにかありそうです。慎重に行きましょう」

「承知しました」



 オークさんたちも違和感を覚えたのか、その声はかすかに張り詰めていた。


 彼らを先頭に、ゆっくりと奥へと歩いていく。


 足元を踏みしめるたびに氷がわずかにきしみ、低い音が洞窟の奥へと反響していった。


 洞窟の中に生命の息吹は感じない。


 まるで時間が止まっているかのように静かだ。


 こんなところに、本当にドラゴンがいるのだろうか。


 そんな不安に苛まれながら歩くこと10分ほど。


 僕たちは開けた場所に到着した。


 地下水脈によって作られた空間だろうか。


 天井が高く、青白い光を帯びた氷壁が四方に広がっている、


 洞窟の奥とは思えないほどの広さで、天井の裂け目から射し込むわずかな光が、氷に反射して淡く輝いていた。 


 僕はハッと息を呑む。


 その空間の奥に、何かがいたのだ。


 真っ白い鱗に覆われた巨大な翼を持つドラゴンが、うずくまっていた。



「ホ、ホワイトドラゴンだ……っ」 



 押し殺した声でトトさんが言う。


 同時にオークさんたちが武器を構え、臨戦態勢を取る。 



「お屋形様はここでお待ちを」



 3人のオークさんが武器を構えてホワイトドラゴンへと近づいていく。


 ゆっくりと、一歩づつ。


 震えるような緊張感が、空間を支配する。


 しかし、とホワイトドラゴンを見て思う。


 ドラゴンの真っ白な鱗は光を反射して淡く輝いていて、まるで氷そのものが命を得たかのように思える。


 巨大な翼は折りたたまれ、静かな寝息に合わせてわずかに震えている。


 神秘的──。


 ホワイトドラゴンは、そんな言葉がぴったりな存在だった。



「……っ!」



 そのとき、閉じられていたドラゴンの瞼がゆっくりと開いた。


 ぬうっとドラゴンの首が動く。



「う、動いたぞ!?」

「警戒しろ!」



 オークさんたちが身構え、一気に警戒の色を強める。


 ドラゴンがバサリと翼を羽ばたかせた。


 瞬間、突風が洞窟の中を走り抜ける。


 いや、これは突風じゃない。


 ──吹雪だ。



「う、うわぁああああっ!?」

「オークさん!?」



 氷片や粉雪が混じった吹雪が僕たちに襲いかかる。


 ドラゴンの近くにいたオークさんが、吹き飛ばされてしまった。


 再度ドラゴンが翼が羽ばたかせ、突風を巻き起こす。


 このままだとマズい。


 体が大きいハクたちは耐えているけど、僕や他の人たちは無理だ。


 そう考えた僕は、咄嗟にカバンの中から【木の壁】を取り出した。


 ドサリと落ちてきた【木の壁】を手に取り【凝固】スキルで地面に固定する。


 いわば、即席の盾だ。



「みんな! 僕の後ろに!」



 僕の声を聞き、トトさんやオークさんたちが僕の背後に集まる。


 荒れ狂う突風が【木の壁】を吹き飛ばそうとするが、地面に固定されたままびくともしない。


 だけど、このままだとドラゴンに近づくこともできない。


 どうやってこの風を止めるか。


 アイデアをひねり出そうと思った、そのときだった。


 吹き荒れていた吹雪が、突然ピタリと止まった。


 洞窟の中に、静寂が戻る。



「……あれっ?」



 どうしたんだろう。


 不思議に思って【木の壁】からそっと顔を覗かせる。


 すると、きょとんと目を丸くしているドラゴンが。


 ……え? 何その顔?



「失礼」



 と、低くて地鳴りのような声がした。


 どうやらドラゴンの声のようだ。



「もしや貴方は、麓の農園を立ち上げた神樹の守護者様ではありませんか?」

「……えっ?」



 神樹の……守護者?



「このニオイ……間違いありません! 貴方は神樹の守護者様ですね!」



 ドラゴンは勢いよく立ち上がると、どすどすと地面を揺らしながらこちらに走ってきた。


 その地響きで天井から無数の氷柱が落ちてくる。



「くっ!? ドラゴンの攻撃か!?」

「お屋形様をお守りしろ!」

「……っ! 待てっ! 皆、動くな!」 



 オークさんが声を張り上げる。


 全員の動きがピタリと止まった。


 ドラゴンが、ぬうっと間近まで顔を近づけてきていたのだ。



「ようやくお会いできましたな、守護者様」



 ドラゴンがぶふぅと鼻息を吐きかけてくる。


 凍えるように冷たい──けど、その息から妙なニオイが。


 なんだろう、このニオイ。


 終電の満員電車でよく嗅ぐニオイっていうか。


 ──なんか、めちゃくちゃ酒臭い。


 ドラゴンが低い声で続ける。



「お会いしてお礼をと思っておりました」

「え? お礼?」

「ええ、そうです。なにせ貴方のお陰で、大陸から消えつつあったマナが蘇ったのですからね。本当にありがとうございます!」



 ドラゴンがバサリと翼を広げる。



「ほら、どうです? 見てください、この見事な翼を! ……ああ、仰らないで! 山にマナが溢れ出しているおかげで、軽くひるがえしただけでほら、一面氷の世界に!」



 ドラゴンが翼を羽ばたかせる。


 吹雪が吹き荒れ、周囲が氷漬けに。


 地面に立てた【木の壁】のお陰で防げたけど、あやうく僕たちまで氷漬けになるところだった。



「ちょ、やめてください! 危ないから!」

「あはは、それ~、それ~」



 ドラゴンが上機嫌でバッサバッサと翼を羽ばたかせまくる。


 バッサバッサ。


 吹雪がマナ臭い……じゃなくて、酒臭い。


 良く見ると、ドラゴンの鱗がほんのりピンク色になっているような……。


 これじゃあ、ホワイトドラゴンじゃなくてピンクドラゴンだ。



「いやぁ、マナも戻ったし美味しいお酒も飲めるし、最高ですなぁ!」

「お酒?」



 ふと、嫌な予感が脳裏をよぎる。



「……あの、もしかして酔ってます?」

「はい。それはもう、べろべろに」

「どこからそのお酒を?」

「高純度のマナが宿ったシードルを精霊に」

「精霊からシードル」



 嫌な予感が、現実味を帯びる。


 確か吹雪が起きる2周間前、森の精霊や動物にお裾分けするため、アルレーネ様が里で作った神樹酒を一樽持っていってたよね?


 もしかして、沢山飲んじゃった?


 それで酔っ払って、吹雪を起こしてた?


 ウソでしょ?


 僕の視線に気づいたのか、ドラゴンが少しだけ気まずそうに言う。



「あれ? もしかして私、何かやっちゃいましたか?」

「やっちゃったどころじゃないですよ! 外界ではもう2週間以上、吹雪がやんでないんですから!」

「あ~……」



 ドラゴンはしばし考え、ぶふぅと鼻を鳴らす。



「ま、2週間くらいどうってことないか」

「……」



 自分でもわかるくらい、胡散臭い顔をしてしまった。


 ちょっと酒癖悪すぎやしませんか。


 ていうか、想像していた展開とは全く違うんですが。


 なにこのダメドラゴン。



「なぁカズマ?」



 ハクが呆れたような声で言う。



「このドラゴン、討伐したほうがいいのではないか?」

「僕もそう思う」



 アルレーネ様は「話せる相手」みたいに言ってたけど、無理だよこれ。


 だけど、悪いドラゴンではなさそうだし──。


 ううむ。どうしよう。



「とりあえず、お酒を飲むの、やめてくれますか?」



 ドラゴンにお願いしてみた。



「いや、やめたいのはやまやまなのですが、数十年分のストレスが溜まってましてね……代わりにストレス発散できる美味しい食べ物でもあると良いのですが」

「食べ物」



 暴飲暴食でストレス発散とか、現代のサラリーマンかな?


 だけど、それで鎮まってくれるなら儲けものか。


 何かないかなと【神樹カバン】の中をみてみる。 


 すると、収穫したばかりの神樹の実が。



「シードルが好きなら、りんごも好きですよね?」

「え? りんご?」



 眉根を寄せる、ホワイトドラゴン。



「お言葉ですが守護者様。私、天災と呼ばれている伝説のドラゴンですよ? たかがりんごなんかで」

「神樹の実なんですけど」

「あ、是非ください」



 あっさり承諾してくれた。


 流石は神樹の実。伝説のドラゴンもいちころだ。


 というわけで、持っていた50個ほどの神樹の実をホワイトドラゴンにプレゼントし、翼を羽ばたかせるのをやめてもらった。


 ちなみに、洞窟の奥に樽にはいった神樹りんご酒が置いてあったので、それは没収することにした。


 何事も、ほどほどが一番ですよ。


 ──ていうか、こんな終わり方で本当にいいの!?

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