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第三十話

 眼の前に広がる光景に、僕は目を疑ってしまった。


 ハクの背に乗り、神樹の里を出発してひたすら北上すること半日ほど──。


 たどり着いた北の山は、僕の想像をはるかに超える世界だった。


 まるで瞬間冷却されたかのように、なびいたまま凍りついている木々。


 ハクが歩くたび、シャリシャリと細かい氷を砕いているような音がする地面。


 そこは文字通りの「氷の世界」だった。



「う~、前に来たときより酷くなってるなぁ……」



 ヒサシの背に乗るトトさんが、うんざりしたような声で言う。



「前に来たときはチラホラ雪が降ってる程度だったんだけど」

「ここも長い間、吹雪いているのかもしれませんね」



 僕は震える声でそう返した。


 吹雪に見舞われているのは神樹の里だけではなかった。


 ステンの森の先に広がる、尖った岩が乱立している「イバラ平原」も雪の中に埋もれていた。


 だけど、ここはイバラ平原の比じゃない。


 山の木々はカチカチに凍ってるし、夜になると想像を絶するくらい気温が下がるのかもしれない。



「平気か、カズマ?」



 ハクがちらりとこちらを見て尋ねてきた。


 僕は小さくコクリと頷く。



「うん、大丈夫。ハクの毛があったかいからね」



 ふかふかのハクの毛は風だけじゃなく、体温低下も防いでくれる。


 おまけに太陽のいい香りがするし。


 まさに天然の天日干し毛皮だ。


 僕の前には案内役を買って出てくれたトトさんとヒサシが歩き、後ろにはオークさんを乗せたハク一族が続いている。


 オークさんは槍や斧などで完全武装しているが、武器以外の荷物はない。


 アルレーネ様とゴレムが用意してくれた食料や飲み物、テントやその他の消耗品などは、全部僕の【神樹カバン】の中に入れてあるのだ。


 天気は最悪だけど、身軽で済むのはありがたい。


 山頂に近づくにつれて荒れていた天候が少しだけ静まってきたのも、ささやかな救いだ。



「カズマ」



 ふと、ハクが声かけてきた。



「あれを見てみろ」



 彼の視線の先、白い雲の切れ間から広大な平原がのぞいていた。


 先ほど僕たちが通ってきたイバラ平原だ。


 雪が積もり、真っ白く塗られた平原は、まるで白い海だ。


 岩も、草も、道も──すべてが雪に飲まれて、ひとつの風景になっている。


 ヒサシが尻尾を振りながら声をあげた。



「うわぁ、すごい景色だね」

「晴れていれば、もっと良い景色なはずなんだけどな~」



 残念そうにトトさんが言う。


 僕は首を横に振った。



「いやいや、十分キレイだと思いますよ」

「そうか? 全部真っ白で味気なくないか?」

「神秘的で良いじゃないですか」



 こういう景色は、見たくても見られないからね。


 そんな絶景を横目に、山道をひたすら登っていく。


 10分ほどが経ち、先頭を歩くヒサシが足を止めた。


 彼の背に乗るトトさんが、前方を指さす。



「この道を進めば、山の反対側に降りることができるぜ。麓にはでっかい港町があって、世界中から海の幸が集まってるんだ」

「……へぇ、海の幸ですか」



 おもわずごくりとつばを飲んでしまった。


 里には釣り堀があるけど釣れるのは魚だけだし、貝とかイカとか久しぶりに食べたいよね。


 だけど、僕たちが目指しているのは、ドラゴンが住んでいるという山頂だ。



「心惜しいですが、先を急ぎましょう、トトさん」

「そうだな。ここから先は人が立ち入らない『禁足地』だ。モンスターが出るかもしれないから警戒してくれよカズマさん」



 僕たちが向かうのは、町に続く道とは逆方向。


 つまり、未開拓の地ってことだ。


 ここまではモンスターに遭遇することなく来られたけど、いつ襲われてもおかしくはない。


 改めて身を引き締める。



「ここから先はあたしも初めてなんだ」 

「てことは、手探りでドラゴンを探すしかないってことですね」



 頼れるのはカンと──狼の鼻だな。


 ハクの頭をぽんと叩く。



「ねぇハク、ドラゴンがどっちにいるのか、わかったりしない?」

「マナのニオイを頼りに進めば、なんとかなるだろう」 



 ハク曰く、微量ながら吹雪にマナのニオイがするという。


 それを辿れば、ドラゴンのもとに行けるというわけだ。


 流石は狼。頼りになるな。



「少々危険な道を行く。捕まっていろ」

「……え? 危険って──うわっ!?」



 突然ハクは進路を変えると、凍りついた獣道へと足を踏み入れる。



「皆、我に続け!」

「わふっ!」



 ヒサシや他の一族も、ハクに続く。


 凍りついた枝をはねのけ、断崖絶壁を駆け上り、山の中を猛然と走り抜ける。


 僕は振り落とされないよう、必死にしがみつくだけで精一杯だった。


 何度目かの断崖雪壁をよじ登ると、開けた場所にたどり着いた。


 がけ崩れか何かで山肌がえぐれ、岩窟のようになっている場所だ。



「ここがドラゴンの住処?」

「いや、ニオイは残っているがここではない」



 くん、と鼻を鳴らし、周囲を警戒しながら歩くハク。


 張り詰めた空気の中、冷たい風が吹き抜けた──そのときだ。


 頭上から巨大な氷柱が落ちてきて、地面にドスンと突き刺さった。



「お屋形様!?」

「だ、大丈夫! 怪我はないよ!」



 反射的にハクが跳び退いてくれたおかげで、直撃だけは免れた。



「ありがとう、ハク。助かったよ」

「安心するのはまだ早いぞ」

「……え?」



 ハクの視線の先……地面につき刺さった氷柱に異変がおきていた。


 周囲に散らばっていた氷片が集まって、次第に人の形をつくりはじめたのだ。 



「お屋形様、お下がりください! フロストゴーレムです!」



 オークさんたちが僕の盾になるように前に出てくる。


 その声に呼応するように、氷でできた巨大な人形がぬうっと立ち上がる。


 透き通っている半透明の体に、空気を凍らせる程の圧倒的な存在感。


 その足が一歩踏み出すたび、地面がビキビキと凍りついていく。


 フロストゴーレム……氷でできたゴーレムか。


 そう言えば、制作スキルで【氷の塩石】を使った氷のゴーレムが作れたっけ。


 未だに【氷の塩石】が手に入ってないから忘れてたけど。



「お屋形様! こっちにもゴーレムが!」



 背後からヒサシの声。


 振り向くと、無数のフロストゴーレムが。


 その数──おおよそ10体ほど。


 ひゅっと背中が寒くなった。



「皆の者、お屋形様をお守りしろ!」

「おおっ!」



 オークさんたちが一斉に雄叫びをあげ、フロストゴーレムに飛びかかる。


 完全武装したオークさんたちは流石の強さだった。


 ゴーレムの巨大な拳を躱し、的確な一撃を加えていく。


 氷の塊が頭から降ってこようと、お構いなしだ。


 オークさんたちは自分の何倍もある巨大なゴーレム相手でも怯むことなく、互角以上の戦いをしていた。



「ぐおおおおん!」



 と、周囲にフロストゴーレムの雄叫びが轟いた。


 そちらを見ると、尻もちをついているトトさんに向け、拳をふりあげているゴーレムの姿が。


 どうやら逃げる途中で、ヒサシの背中から落ちてしまったらしい。



「……っ! トトさん!」



 とっさに開墾スキルの【加熱】を最大レベルで発動させる。


 掌の中心に光の粒が集まり、ゴウと音を立てて炎が噴き出した。


 炎がうねり、地を舐めるように燃え広がっていく。


 その炎はフロストゴーレムの足を掠め取り、一瞬で蒸発させていく。



「がおおおん!?」



 片足を失い、バランスを崩したゴーレムが拳を振り上げたままのポーズで倒れた。


 今がチャンスだ。



「ハク!」

「まかせよ」



 背中から指示を出す前に、すでにハクは動いていた。


 倒れたゴーレムの首に食らいつく。


 鋭い牙が氷を噛み潰し、その首は粉々に砕け散った。


 しかし、すぐにまた次のゴーレムが襲いかかってくる。



「トトさん! 手を!」



 急いで手を差し伸べる。


 一瞬、ポカンとするトトさんだったけど、すぐさま僕の手を取った。


 彼女の体を思いっきり引っ張り上げ、僕の後ろにしがみついたのを確認してハクに声をかける。



「ハク! 退避して!」

「うむ」



 ハクは振り下ろされたゴーレムの拳をひらりと躱すと、後ろ足で胴体を蹴り上げ、その反動を利用して大きく距離を取った。


 そして、近くにあった岩陰に滑りこむ。


 岩陰からゴーレムの動向を確認したけれど、僕たちを見失ったようでオークさんたちの方へと歩いていった。


 ひとまずホッと胸を撫で下ろす。



「た、助かったよ、カズマさん」



 トトさんが引きつった笑顔で声をかけてきた。



「危うくやられるところだったぜ……」

「お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ」



 ところどころドレスが擦り切れているけれど、怪我はなさそうだ。



「しかし、カズマさんのスキルは凄いな。あのフロストゴーレムの足を一瞬で溶かしてしまうなんて」

「ああ、我もびっくりした」



 ハクが「くうん」と鼻を鳴らす。



「我の魔術でも、あんな芸当はできん」

「里を拡張したおかげで【加熱】スキルのレベルがあがってるからね」



 開墾スキルの【加熱】と【冷却】はレベルが5まで上がっている。


 消費SPを増やすことで、威力が格段に増すのだ。


 前にブラックウィドウと戦ったときもそうだけど、開墾スキルって十分戦闘でも使えるよね。



「だけど、この状況をどうやって切り抜けようか……」



 僕は岩陰からそっと様子を伺う。


 次々に現れるフロストゴーレムに、オークさんたちも防戦一方の様子だ。


 どうにかして彼らを手助けしたいところだけど──。



「カズマさん! あれを見ろ!」



 トトさんの声に振り向く。


 彼女は岩窟の向こうを指さしていた。


 その指先の先──白い吹雪の帳の向こうに、複数の影が。


 5体ほどのフロストゴーレムが、こちらへ向かって歩いてきていた。


 マズい。あれが合流したら、流石のオークさんたちもひとたまりもない。


 もう一度【加熱】を使って足止めをするか?


 いや、無理だ。


 1体や2体ならなんとかできるけど、数が多すぎる。


 何か方法はないか。


 そう考えた僕の目に、転がっているフロストゴーレムの巨大な頭部が映る。



「……っ! あれだ!」



 岩陰から飛び出し、氷塊のもとへと走る。



「おい、カズマ!? 何をするつもりだ!?」

「あれを使ってゴーレムの群れを仕留めるんだよ!」 



 巨大な氷塊に触れ、とある開墾スキルを発動した。


 瞬間、数メートルほどあろうかという巨大な氷塊が、まるでスポンジのように軽くなった。



「くらえっ!」



 僕の身長よりも大きい氷塊を片手で持ち上げ、思いっきりぶん投げた。


 氷塊は吹雪にあおられ、ふわりと空高く舞い上がる。


 そして、スキルの効果が切れると同時に地面に落下してきた。



「……ぐおおおん!?」



 巨大な氷塊は、見事ゴーレムの群れのど真ん中に落ちる。


 轟音を響かせ、瞬く間に一帯を白い粉雪と氷の破片で覆いつくした。


 突風で吹き飛ばされた粉雪の向こうから現れたのは、粉々に砕け散った氷塊とゴーレムの姿。



「……よし、命中した!」



 思わずガッツポーズ。


 我ながら、なかなか良いコントロールじゃないか。



「う、う、嘘だろっ!?」



 トトさんの唖然とした声が聞こえた。



「あ、あんなでっかい氷を投げ飛ばすとか、あ、あ、あり得ねぇ!?」

「これはすごい」



 トトさんに続き、ハクも驚いたような声をあげる。



「カ、カズマさん、今のって?」

「スキルですよ。【軽量化】っていうんですけど」



 開墾スキルのリストを開き【軽量化】をタップする。



 軽量化:対象の重量を一時的にゼロにできる。レベル2:効果時間10秒。



 このスキル、重いものを運ぶときに便利なスキルかなと思ってたんだけど、あんまり使ってないんだよね。


 だって重いものを運ぶときは【神樹カバン】の中に入れちゃうからさ。


 だから日の目を浴びなかったスキルなんだけど、こういうときに使えるとは思わなかった。



「見ろ! お屋形様がフロストゴレームの群れを仕留めたぞ!」



 オークさんがこちらを指差し、声を張り上げた。



「我らも負けてはいられないぞ!」

「押し返せ!」

「おおおおっ!」



 僕が群れを撃退したことで勢いづいたオークさんとハク一族が、一斉に残ったフロストゴーレムに攻勢をしかける。


 ゴーレム一体につき3人ほどで連携し、確実に一体ずつ仕留めていく。


 それから5分とかからず、襲ってきた10体ほどのフロストゴーレムは残らず氷塊へと還っていった。


 それを見て、ハクがわふんと小さく鳴いた。



「……ふむ。どうやらゴーレムどもを仕留め終えたようだな」

「みたいだね」



 ようやく岩窟の周辺に静寂が戻った。


 吹雪が弱まり、雲の隙間から青空がかすかに見えてくる。


 ひと仕事終えたような達成感があったけど、まだまだ道半ばなんだよね。



「……天気も回復してきたみたいだし、今のうちに移動しようか」

「うむ、そうだな」



 本当ならみんなで勝利を祝いたいところだけど、すぐにハクの背中に乗り、先を急ぐことにした。


 岩窟を通り抜け、再び鬱蒼とした森の中に入る。


 そのまましばらく歩き続け、とある場所にたどりついた。


 凍りついた巨大な樹木──。


 その脇に、巨大な洞穴があった。


 ハクがそちらに顔を向け、くんくんと鼻を鳴らす。



「あの中から高純度のマナのニオイがするな」

「あそこにホワイトドラゴンが?」

「わからん。だが、中に強大なマナをもつ何かがいるのは確かだ」

「……」



 ごくりと息を飲む僕。


 間違いなく、モンスターだ。


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