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第二十六話

「いやぁ、すっかり寒くなっちゃいましたね、カズマさん」



 荷馬車から降りてきたトトさんが、白い息を吐きながら笑顔を覗かせた。 


 寒くなったねと言ってるけど、トトさんの格好はチャイナドレスのまま。


 首にふわふわのマフラーをつけてるけど、それで寒さは防げるのかちょっと不安になる。


 竜人だから体温が高いのかな?


 シャドウさんに頼んで防寒具作ってあげようかな──なんて心配していた僕をよそに、トトさんはテキパキと荷物の確認をしはじめた。


 手にしたリスト通りのものがあるか、ひとつひとつチェックしていく。


 チェックが済んだ荷物は、ゴレムに荷台からおろしてもらう。


 今回もトトさんに取り寄せてもらったものは、農園では賄えないものだ。


 ログハウス備え付けのものがなくなってきた、塩、砂糖、コショウなどの調味料。


 茶葉、コーヒー豆などの嗜好品や、ハム、ベーコンなどの保存食。


 他にもチーズ、バター、小麦粉。


 あとは、家畜のヤギを何頭か。


 新鮮なヤギミルクが飲みたくなったのだ。


 本当は牛が欲しかったんだけど、世話が大変そうだからやめておいた。


 そして、今回の目玉商品が──。



「ほら、カズマさんに頼まれたドライイーストだぜ」



 トトさんが木の樽に入った粉状の物を見せてくれた。


 おお、こんなに沢山。


 これだけあれば、凄い数のパンが作れそうだ。


 トトさんが不思議そうな顔をする。



「というか、パン屋でも始めるのか?」

「まさか。手作りのパンが食べたくなっただけですよ。家の裏に石窯も作ったんですから」

「えっ!? 石窯まで作ったのか!? カズマさんって、なんでも作っちまうんだな! かっけぇ!」



 身を乗り出し、キラキラとした羨望の眼差しを向けてくるトトさん。


 思わず後ずさりしてしまった。


 な、なんだ?


 妙に圧がすごいけど……。



「あ、そうだ。トトさんって、今回もしばらく農園に滞在するんですよね?」

「うん、そのつもりだ」

「だったら美味しいパンをごちそうしますよ」

「えっ、ホントに!?」



 トトさんの目が、さらに輝きを増す。



「……えへへ、カズマさんの手作りパンなんて、1000万メリィ以上の価値があるじゃん……うれしすぎる……」

「え? なにか言いました?」

「……えっ!? い、いや、何も言ってないよ。あはは~」



 引きつった笑みを浮かべるトトさん。


 一瞬だけ獲物を狙う狩人の目をしていた気がしたけど……。


 そんなトトさんは長旅の疲れを癒やすため、露天風呂「フォージバス」へと向かった。


 すんごくナチュラルに「カズマさんも一緒に入らないか?」って誘われたけど丁重に断った。


 思わず「是非」って言いそうになったけど、一緒は流石に無理だよ……。


 トトさんを見送ってから、僕はゴレムと一緒に食材を貯蔵庫へと運ぶことに。


 商品ごとに貯蔵庫を分ける必要があるため、細かく指示を出さないといけないのだ。


 特に、冷凍が必要なものは【冷却】で冷やしている貯蔵庫にしまっておかないとだからね。


 運搬が終わったら、本日のメインイベントをスタートさせる。



「ドライイーストも届いたことだし、パン作りを始めますか」

「やったぁ! パンだ!」



 ヒサシが「待ってました」と言わんばかりに尻尾をブンブン。


 では石窯に向かう──の前に、パン生地を作らないとだね。


 貯蔵庫の中から必要な素材を【神樹カバン】の中に入れて、足早にログハウスへと向かう。


 必要な素材は小麦粉に砂糖。バター、塩。


 それに、ドライイーストだ。


 ヤギミルクも必要なんだけど、それは同時進行でゴレムに絞ってもらう。


 後は、製作スキルで作った【木のボウル】と【木のヘラ】も。


 キッチンにそれらを広げて、いざスタート。


 まずは、小麦粉を【木のボウル】の中に入れる。


 そこにドライイースト、砂糖、塩を投入し、【木のヘラ】で軽くかき混ぜる。


 粉が舞わないように、少しだけ慎重に。



「わ、わわっ! 風に乗って小麦粉が鼻に……」

「ちょ、ヒサシ!? くしゃみしないでよ!?」



 キッチン脇の窓から顔を出していたヒサシが、鼻をひくひくと動かしはじめた。超危険だ。


 体が大きいし、くしゃみひとつで小麦粉を全部ふっとばしそう。


 すぐにハクにヒサシの鼻を押さえてもらい、作業を続ける。


 綺麗に混ざったら、ゴレムに持ってきてもらった搾りたてのヤギミルクを投入する。


 こうすることで風味がついて、生地が引き締まってもっちり食感になるのだ。


 お次は卵を使う。


 この卵はニワトリさんから拝借した。


 卵を入れて粉と混ぜあわせ、ひとかたまりになったら台に出してこねていく。


 窓の外から見てたハクが「むぅ」と唸った。



「なんだか生地が粉っぽくないか?」

「最初はね。ここからちゃんとしたパン生地になるから安心して」



 グッと潰すようにこねていく。


 力を込めたところから「グルテン」が出て、生地がまとまるのだ。


 しばらくこねこねしていたら、次第に生地に引き締まる力が出てきた。


 伸びが悪くなってきたら、転がしてさらにこねる。


 だんだんと表面がツルッとしてきた。


 少しずつ完成に近づいてきた。


 ここで生地の中にバターを投入。


 バターを入れると生地が伸びやすくなり、ふっくらと膨らむようになる。


 風味がよくなるってメリットもあるけどね。


 バターがよく混ざるように、しっかりと丁寧にこねていく。



「あっ、なんだか大きな卵みたいになった!」



 外からヒサシの声。


 鼻声だと思ったら、自分で鼻を押さえていた。



「それ、硬いの?」

「いや、ふわふわだよ」



 生地を指で押してみるとすぐに元の形に戻った。


 かなりの弾力がある。



「わ、すごい! もちもちだ! それを今から焼くんだね!」

「いやいや、まだだよ。これから発酵させるんだ」

「ハッコー?」

「放置して生地をふわっと膨らませること」



 いわゆる一次発酵ってやつだ。


 生地を小さめの【木の箱】に入れて、テーブルの上においておく。


 40分くらい放置すれば、いい感じに膨らむはずだ。



「さてと。今のうちに窯の準備をしておくか」



 冬のこの時期は、窯の中を高温にするまでに時間がかかるはずだからね。


 温まりにくかったら【加熱】スキルを使ってみるか。


 なんて考えながら、ログハウスを出てびっくりした。


 オークさんや精霊さん、ケンタウルスさんなど、里の住人たちが僕を待ち構えていたのだ。



「み、皆さんどうしました?」

「あの、お屋形様、パン作りを見学しても?」

「え、見学? 大丈夫ですけど……そんな面白いものでもないですよ?」



 どっちかというと、サラさんの鍛冶のほうが楽しいと思うけど。


 とはいえ断る理由もないので、みんなを連れて大行列で石窯へ。


 石窯の中に薪を投入して火をつける。


 案の定、窯の温度が思うように上がらない。


 仕方なく【加熱】スキルを使い、炉の奥から一気に熱を吹き上げた。


 これでよし、と。



「おお……なるほど、スキルで火を付けるわけですな」



 感心するようなオークさんの声。



「実に手際が良い」

「ごむごむ!(流石お屋形様……さすお屋だね!)」

「あ、ありがとう」



 一挙手一投足を褒めてくるギャラリーに、恥ずかしくなってしまった。


 そんな観客たちを引き連れ、再びログハウスに戻る。



「お次は何を?」

「ええっと……生地が完成してると思うから、小分けにして焼こうかな」

「おお、ついに!」

「ごむ!(さすお屋!)」



 ぞろぞろぞろ。


 テーブルに置いた【木の箱】に詰まっている生地を確認してみたところ、先程よりも明らかに膨らんでいた。



「お、しっかり発酵してるな」



 生地に指を刺してみたけれど、穴が元に戻らなかった。


 ボリュームが出てふっくらと膨らんでいるし、発酵は完了だ。


 生地をギュッと押して全体からガスを抜き、小分けにしていく。


 里のみんなにも食べてほしいから、できるだけ沢山作っちゃおう。



「……これでよし、と。あとは石窯で焼けば美味しいパンの完成だ」

「おおお!」

「やったぁ!」

「パンだ!」

「ごむ!(パン食べたい!)」



 窓の外から見学していたオーディエンスたちが盛り上がる。


 テレビの料理番組の出演者になった気分だ。


 生地を石窯へと運んで、小さく切り分けたパン生地をひとつづつ【ベーカリーパドル】で窯に入れる。


 ベーカリーパドルは先が平たくなっている棒状の道具で、製作スキルで作ったものだ。



「……うわ、熱っ」



 【加熱】スキルのおかげか、窯の近くはかなりの高温になっていた。


 顔がジリジリ熱いのに、吐く息は白い。


 寒暖差がすごいな。


 パドルの先に生地を置いて、手際よく中に入れていく。


 窯の中に綺麗に並べきったところで、皆と一緒にしばし待つことに。


 このパンと里の野菜でサンドイッチでも作りましょうか……なんて話していると、石窯の煙突から美味しそうな香りが漂ってきた。



「カズマ。そろそろいいのではないか?」 

「だね。ちょっと確認してみようか」



 【ベーカリーパドル】を使って、パンをひとつ取り出してみる。


 表面にはこんがりとした焼き色がつき、香ばしい香りをふわりと放っている。


 軽く叩いてみると、コンと空洞のような音がした。



「うん、出来ているみたいだね」

「おおっ! 完成か!」



 声をあげるハク。


 彼に続き、ヒサシや他の動物たちが一斉に騒ぎ始めた。



「美味しそうですね!」

「パンだ、パンだ!」

「ごむごむ!(食べてみてよ、お屋形様!)」



 大盛りあがりの観客を前に、できたてのパンをそっと両手で割ってみた。


 白い湯気がふわりと立ちのぼり、内側の生地がもっちりと糸を引く。


 外はパリパリ、中はふわふわ。


 食べなくてもわかる。これ、めっちゃ美味いやつだ。


 ──いや、食べるんだけどね?



「美味そうだ! 我にも食べさせろ!」

「ぼくも、ぼくも!」



 ハクとヒサシが尻尾をブンブンと振り回しはじめた。



「ちょ、落ち着いて。ちゃんと人数分あるから」

 興奮する彼らを落ち着かせ、口の中に直接ぽいっとパンを投げ入れた。

「……」



 しばし無言でもぐもぐと咀嚼するハクたち。


 体がデカいし、彼らには大きめのパンを作ってあげたほうがよかったかな?


 ──と思ったんだけど。



「美味なり!」

「うん! もっちりしてて、凄く甘い!」



 満足いただけたらしい。


 甘いのは、砂糖をたっぷり入れたからかな?  


 オークさんやゴレムたちにもひとつづつパンを配り、残りは【木のカゴ】に入れてログハウスに持って帰る。


 ハクに「もっとくれ」とせがまれたけど、我慢してもらった。


 アルレーネ様やトトさんにも食べさせないとだからね。


 というわけで、リビングにやってきたんだけど──。



「トトさん、できたてパンをお持ちしました──って、あれっ?」



 リビングには、掃除をしているゴレム5号がいるだけだった。


 どこにいったんだろ?


 他の部屋も探してみたけど、トトさんの姿はどこにもない。



「……裏庭かな?」



 ログハウスで行ける場所は限られている。


 アルレーネ様とおしゃべりでもしてるのかなと思ったら、案の定、ふたりで何やら話し込んでいた。



「ああ、やっぱりここでしたか」

「……おお、カズマさん」

 


 髪の毛がしっとりと濡れているのは、風呂上がりだからか。


 ちょっとドキッとしてしまった。


 そんなトトさんと隣のアルレーネ様が手にしていたのは赤いリンゴ、神樹の実だった。



「この実のことでお話をしていたんです」

「え? 神樹の実ですか?」

「はい。神樹の実を使った特産品ができないかと」

「……なるほど。それは良い考えですね」



 ここも正式な村になったわけだし、特産品があると収入が安定する。


 それも神樹の実を使うなんて、良い値がつくこと間違いなしだ。


 でも、実をそのまま使うわけにはいかないよね?


 森を抜けて町へ運ぶまでの時間を考えると、途中で傷んでしまう可能性が高いし。



「遠距離移動にも耐えられるモノに加工できればいいんだけどな」



 難しい顔でトトさんが首をひねる。


 どうやら同じ懸念を抱いていたみたいだ。


 なるほど。それで悩んでいたわけか。


 里で作れて長時間の移動に耐えられる加工品といえば「燻製」だけど、りんごの燻製なんて、あんまり聞かないよね。


 ──あ、石窯も完成したわけだし、アップルパイでも作るか?


 でも、アップルパイを量産するのはちょっと難しいか。


 パン職人さんを移住させてパン工房を作らないと無理だろうし、アップルパイってそこまで消費が多い食べ物じゃないよね?


 もっとこう、気軽に大量生産できて、町の人たちに人気があるものが良い。


 例えば神樹の実を使った、リンゴジュース……?


 ……いや、待って。


 ここはアレだな。


 丁度、ドライイーストがあるわけだし──。



「ねぇ、トトさん。お酒はどうかな?」

「え? 酒?」



 きょとんとするトトさん。


 僕はこくりと頷き、静かに続けた。



「うん、神樹の実を使った『りんご酒(シードル)』を作るんだよ」

第二十七は明日10時更新です!


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