第二十話
ヒサシの体調が回復してから、ここ数日は平和な日々が続いていた。
天気も大きく崩れることはなく、数日前に小雨が降ったくらい。
雨が降ってくれたほうが畑に水やりをしなくて済むから楽なんだけどね。
とにかく、最近はのどかな毎日が続いているので、少しだけ刺激的なことをしたくなってきた。
「……お~、前に来たときと比べて随分雰囲気が違うね」
すっかり様変わりした森の様子に、思わず見入ってしまった。
木々は赤や黄金に染まり、風に揺れてはひらひらと葉を落としている。
今、僕がいる場所は、農園の周囲に広がる森(ステンの森ってハクたちは呼んでいた)の中。足を伸ばして散策しているのだ。
散歩ついでにサラさんに教えてもらった鉄鉱石の鉱床も確認に行く予定で、【神樹カバン】の中には採石用の道具が一通り入っている。
まずは【鉄のツルハシ】。他にも【鉄のスコップ】や【鉄のナイフ】。
サラさんから譲ってもらった【鉄鉱石】で自分用に鉄シリーズをいくつか作っていたんだけど、鉱床が発見できたらゴレムたちにも配ることができそうだ。
他に持ってきたのは【不思議なランタン】に【木のコップ】、【ロープ】【小さな傘】、それにいざというときのための【ヨモギのポーション】など。
何か想定外のことが起きたときの対策もバッチリだ。
農園の外に出るなんて久しぶりだし、のんびり森の散歩と洒落込もう──と思ったんだけど。
「お屋形様、警戒を怠らないようお願いします」
そう声をかけてきたのは、僕の隣を歩くオークさんだ。
彼は鉄の鎧で身を固め、手には巨大な斧を持っている。
散歩の雰囲気には似つかわしくない、物々しい雰囲気。
そんなオークさんが合計5人、僕の周囲をぐるっと取り囲んで歩いていた。
「しかし、ご安心くださいお屋形様。いかなるモンスターが現れようとも、我ら親衛隊、命に代えてお屋形様をお守りいたします」
「あ、ありがとう。た、頼もしいなぁ~」
思わず顔が引きつってしまった。
そう。彼らは僕の護衛なのだ。
発端は、アルレーネ様に「森の散歩にいく」と話したことにある。
慌てふためくアルレーネ様が「森に行くなら、護衛を付けてください!」と、フルプレートアーマーを着たオークさんを呼んだのだ。
森に入るだけなのにちょっと大げさすぎるよね……。
以前、水くみに行ったときも危ない目には合わなかったし。
できればひとりでのんびり散歩したかったんだけどなぁ。
まぁ、心配してくれるのは嬉しいんだけど。
「ふん、何が親衛隊だ」
どこかトゲのある声。
茂みの中から現れたのはハクだ。
そして、彼と一緒にヒサシをはじめ、ハク一族がぞろぞろと姿を現す。
「カズマを守るのは、我らの仕事だ」
「そうだそうだ! お屋形様は、僕たちが守るんだ!」
「わふわふっ!」
ハクやヒサシに続いて、他の狼たちも威勢よく吠え立てる。
それに対抗するように、オークさんたちも負けじと声を張り上げた。
「ええい、犬っころがでしゃばるなっ! お前らは森の中で遊んでいろっ!」
「なっ……!? い、犬っころだとっ!? 我は犬ではないっ!」
「そうだ! 遊ぶなら森より野原が良いと思う!」
「わふわふっ!」
ハクに続き、ヒサシや他の一族たちも異を唱える。
いやヒサシ君、そのセリフは方向性が少しズレてる気がするなぁ……。
かくして、オークさんたちとハク一族は互いに引くことなく激しく言い合い、罵声と吠え声が森に響き渡る。
そんな騒がしさを背に、僕はため息をつきながら強く思うのだった。
ああ、やっぱり散歩はひとりが良かったなぁ──と。
***
予定外の同行者がたくさん来ちゃったけど、僕は気にせずに散歩を楽しむことにした。
木漏れ日が揺れる森の小道を、のんびりと歩いていく。
鳥のさえずりと、風で葉が揺れる音。
足元には野花が咲き、風が頬を撫でるたびに草木の香りがふわりと漂う。
農園とはまた違う、どこまでも穏やかな時間だ。
「う~ん……最高の散歩日和だな~」
大きく伸びをする僕。
「ええ、そうですね」
オークさんが笑顔でそう返してくれた。
さきほどまで言い合っていた彼は、今はハクの背中に乗っている。
結局、彼らは「一緒に護衛につく」ということで折り合いをつけたらしい。
「お屋形様のおかげで神樹様の力が戻り、森の空気もすっかり穏やかになりましたよ」
「うむ。こんな日は思い切り走りたくなる」
そう続けたハクの尻尾がゆらりと揺れた。
そんなハクの後ろには、オークさんを背に乗せたヒサシや他の狼たちが。
まるで騎士みたいでちょっとカッコいい。
森を散歩するには物々しすぎるけど。
「……ん?」
そのとき、ふわりと甘い香りが流れてきた。
何だろうと思って、道の脇に視線を送ると、真っ赤な野イチゴがなっていた。
粒が沢山ついていて、見た目はクマイチゴにそっくり。
だけど、野イチゴって春くらいに実るものだよね?
異世界だから実る季節が違うのかな?
「まぁ、いいや。美味しそうだし、ちょっと味を確かめてみて──」
「お待ちを」
野イチゴに手を伸ばそうとしたとき、目の前に槍の穂先が突き出てきた。
ハクの背中に乗っているオークさんの槍だ。
「季節外れの野イチゴはモンスターの可能性があります」
「……え? モンスター?」
首を傾げる僕をよそに、オークさんがヒサシの方を見た。
彼の背に乗るオークさんがこくりと頷くと、ヒサシと共に警戒しながらゆっくりと野イチゴへと近づいていく。
──と、次の瞬間だった。
突然、地鳴りとともに地面を割いて触手が突き出し、ヒサシとオークさんに襲いかかったのだ。
「……っ! やはりか!」
「キシャァァアア!」
地面から現れたのは、トゲが生えた巨大な口──食虫植物のハエトリソウのような巨大なモンスターだった。
「ヒサシ!」
「うん、判ってるよ、兄上!」
ヒサシは器用に後ろ脚で立つと、前脚を振りかぶってモンスターの頭上から振り下ろした。
「ギャァアアァツ!?」
「じっとしてて!」
地面に押さえつけられ、身動きが取れなくなるモンスター。
「ふんっ!」
そこへ、オークさんが槍を突き立てる。
槍の鋭い矛先が、モンスターの体を貫いた。
青い体液を流しながら苦しむモンスターだったが、やがてピクリとも動かなくなった。
森の中に、静寂が戻る。
ハクの背中に乗るオークさんが、そっと声をかけてきた。
「……このようにモンスターの中には問答無用で襲いかかってくる者がおります。以後、お気をつけください」
「わ、わかりました」
こくこくと何度も頷く僕。
いきなり凶暴なモンスターに出会うなんてびっくりだ。
前に森に入ったときに遭遇しなかったのは、運が良かっただけなのかな?
「しかし、いかが致しましょう、お屋形様? このまま散策を続けますか?」
オークさんが尋ねてきた。
僕はしばし考え、首を横に振った。
「いや、やめておきます。気分転換はできましたし農園に帰りましょう」
僕の散歩のためにオークさんやハクたちを危険にさらしたくはないからね。
運動なら農園でもできるし、鉄の鉱床はゴレムたちにお任せしよう。
そう考え、農園に引き返そうとしたときだった。
森の奥、木々の隙間から不思議なものが見えた。
2頭の馬に引かれた、大きな荷馬車だ。
車輪がついた荷車には、たくさんの麻袋が積まれている。
──もしかして、商人さんの荷馬車だろうか?
どこかの町に向かう途中で、休憩しているのかもしれない。
「……商人さん、か」
しばし考える僕。
農園に足りない物資を運んでもらうために、前々から商人さんとつながりを作りたいと思ってたし、良い機会かもしれないな。
ちょっと声をかけてみようか。
そう考えて近づこうとした瞬間、思わず息を呑んでしまった。
馬車の周囲を巨大な黒い影がぐるりと取り囲んでいたのだ。
シャドウさんと同じ、黒い体を持つ巨大なクモの群れだ。
「……ち、近づくなっ!」
荷馬車の傍で、剣を構えた商人が叫んだ。
それを見て、ようやく気づく。
あれは休憩しているんじゃない。
モンスターに襲われているんだ。
「まずい! 誰かが襲われてる! 助けにいこう!」
「承知した! 我の背に乗れ、カズマ!」
オークさんと代わり、すぐさまハクの背中へと乗る。
「お屋形様!?」
オークさんたちが声をあげたが、彼らの声を置き去りにして疾風のごとくハクが駆け出した。
草木をかき分けてハクが向かう先には、無数のクモの影が。
数が多い。ハクだけじゃ、商人さんを助けられないかもしれない。
ここは──僕も一緒に戦わなきゃだ。
「でも、どうやって戦う?」
病弱サラリーマンだった僕には格闘技の経験もなければ、戦う術も何もない。
あるのは、開拓に使える開墾スキルくらいだ。
「……待てよ? 開墾スキルで戦えるんじゃ?」
すぐさま、ウインドウを開いて開墾スキルを表示させる。
そうしているうちに、ハクがクモと商人の間に割って入った。
「……っ!? ま、またモンスターかっ!?」
商人さんが、警戒の声をあげる。
「待って! 僕は味方です! 助けに来ました!」
「え?」
僕はハクの背から降りると【鉄の斧】を構えた。
「どうするつもりだ、カズマ?」
「手分けして戦おう!」
「……承知した!」
僕を狙って、一匹のクモが襲いかかってきた。
僕は地面に手を付き、開墾スキルの【冷却】を発動させる。
今のレベルで使える、最高強度で。
消費SPなんて、気にしない。
瞬間、冷却された地面が一気に凍りつく。
「ギギッ!?」
凍りついた地面に足を踏み入れた瞬間、クモの脚がバキッと固まった。
想定通り。
僕はすかさず次のスキルを発動させる。
木を切ったり地面を掘ったりするときに使う【強化】と【広域化】のスキルだ。
「いくぞっ! はああ……っ!」
斧を大きく振り抜く。
巨大な斬撃が空気を切り裂き、森の木々と一緒に目の前のクモを両断した。
「……ギィッ!」
クモの甲高い叫び声が響く。
それを聞いた他のクモたちの動きが止まった。
彼らを見て、叫ぶ。
「まだやるなら容赦しないぞ!」
「……っ!」
クモたちはびくっと身をすくませると、我先にと一目散に森の奥へと逃げていった。
これぞまさに蜘蛛の子を散らすってやつだ。
「やるな、カズマ」
感心したようなハクの声。
「我が手を貸す暇もなく、余裕でモンスターを仕留めるとは」
「い、いやいや、全然余裕じゃないし。ほら、見てよ僕の足」
ぷるぷると震えている僕の足を指さす。
恐怖で完全に膝が笑ってしまっている。
「お屋形様!」
オークさんやヒサシたちがやってきた。
それを見て、ようやくホッと胸を撫で下ろす。
「無事ですか、お屋形様!」
「うん、僕は平気だよ」
「いきなり突っ込むなど、無茶なことを……」
「ご、ごめんなさい。襲われている商人さんを助けなきゃって思って」
「しかし、あのモンスターは──」
オークさんは、消えたクモのほうを見ながら続ける。
「あれはブラックウィドウ。さきほど野イチゴで罠にかけようとしたモンスターよりも数段上級のモンスターです」
「……ええっ!? そ、そうなんですか!?」
今更ビビってしまう僕。
勢い任せだとはいえ、かなり危いことをやっちゃったんだな。
向こうが逃げてくれてよかった。
「あ、あのう……」
と、震える声が聞こえた。
そちらを見ると、商人さんが、荷馬車の影からこちらを見ていた。
「も、もう出ても大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫ですよ」
そう答えると、商人さんは慌ててこちらにやってくる。
「いやぁ、本当にありがとう。あんた、まじで強いんだな」
商人さんがフードを脱いだ。
ふわりと、良い香りが漂う。
驚いたことに、その商人さんは女性だった。
カールした黒い髪の毛に、切れ長の瞳。
マントを羽織っていたので見えなかったけど、綺麗な刺繍がほどこされたチャイナドレスみたいな服を着ている。
そしてさらに──彼女の頭には、思わず二度見してしまうものがあった。
「あたしって、どうもクモってやつが苦手でさ」
苦笑いを浮かべる彼女の頭には、まるでヤギのようなくるりと巻いた角が生えていた。
第二十一話は17時更新です!
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