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第十五話

 水面から立ち上る湯けむりが、夜の冷たい空気に溶けていく。


 そっと湯の中に手を入れると、なんとも心地よい温もりが伝わってきた。


 熱さに手を引っ込めることもなく、かといってぬるさに物足りなさを覚えることもない。



「……おおっ! ちょうど良い湯加減じゃないか!」



 思わず声のトーンが上がってしまう僕。


 僕がいるのは、水場区画に作った露天風呂。


 お湯問題が解決できずにいたけれど、ハクの火の魔法を使うことなく熱々のお湯を沸かすことに成功した。


 その方法というのが──。



「素晴らしいアイデアですね、カズマ様! まさか、鍛冶場の炉の排熱を利用してお湯を沸かすなんて!」



 アルレーネ様がパチパチと拍手をする。


 僕が考えたのは、鍛冶場の炉の排熱を利用した「加熱システム」だった。


 仕組みは至って簡単だ。


 鍛冶場の炉にある熱を逃がす煙突に耐熱導管をくっつけ、その導管を露天風呂の床下に巡らせて間接的に水を加熱させたのだ。


 その耐熱導管は、サラさんに作ってもらった。


 素材はちょっと特殊で、ガラスにマナを含んだ【魔鉱石】というのを使った。


 【魔鉱石】は耐熱性に優れた鉱石だけど加工に手間がかかるため、火の精霊と契約しているサラさん以外だとうまく扱えないらしい。


 流石は火を操るモンスター、サラマンダーだ。



「うむ! アルレーネの言う通りだな!」



 露天風呂の完成を待ち望んでいたハクが嬉しそうに続く。



「排熱を使って湯を沸かすなど、常識を逸したアイデアだ。前々から突拍子もないことを思いつく人間だとは思っていたが、これほどだったとは」

「……それ、褒めてる?」

「もちろんだが?」



 少しディスりが入ってるような気がしなくもないけど……まぁ、いいか。


 そんなアイデアを思いつくきっかけを与えてくれたサラさんが、湯けむりをあげる露天風呂を見ながら、興味深げに続く。



「これが噂に聞く『温泉』というやつなんですかね? 人間は心身の不調を治療するときに温泉につかると聞きましたが……?」

「そうですね。露天風呂は一日の疲れを取るのに最適なんですよ。是非サラさんも入ってください」

「それは嬉しいですね。ありがとうございます、お屋形様」



 元々、この露天風呂は農園のみんなに無料開放する予定だったからね。


 みんな農園のために頑張ってくれてるし、少しでも恩返ししないと。


 ゴレムは──水につかったら溶けちゃうから無理だけど。



「ところで、カズマ様」



 アルレーネ様が尋ねてきた。



「この露天風呂のお名前はなんと?」

「え? 名前ですか?」

「これほど立派な温泉、農園の代名詞と言っても過言ではないですからね。未来永劫語り継がれるような威風堂々たる名称がピッタリだと思います」

「ちょ、ちょっと待ってください。そんな大げさなものじゃないですよ」



 サラさんのおかげで完成したけど、ただの露天風呂だし。 


 とはいえ、呼び名があったほうが便利なのは確か。


 あの露天風呂──じゃあ、味気ないし。


 う~ん、何にしよう?


 鍛冶屋の排熱を利用した露天風呂だから、それに関連した名前を付けたいところだけど──。



「……あ」



 しばし考え、良いアイデアがひらめいた。



「決めた! 『鍛冶熱露天風呂フォージバス』にしよう!」



 鍛冶熱を利用した露天風呂。


 安直な名前だけど、ぴったりな名前だよね。



「フォージバス……良い名前だと思います!」



 アルレーネ様が、満面の笑みを浮かべる。


 隣のハクも「わふっ」と小さく鳴いた。



「フォージバスか。良い名前だ」



 そんなハクに続き、サラさんやヒサシからも賛同の声が。


 良かった。みんな気に入ってくれたみたいだ。



「ねぇねぇ、お屋形様! フォージバスに入ろうよ!」



 待ち切れないと言いたげに、ヒサシが目を輝かせる。


 名前が決まったところで、農園名物「フォージバス」のオープンと行きましょうかね。



「そうだね。じゃあ、みんなで入ろうか」

「で、では私はログハウスに戻っておきますね」



 アルレーネ様がオロオロとしながらそう返してきた。



「え? 一緒に入らないんですか?」

「い、一緒に!?」



 アルレーネ様の頬がぽっと赤くなる。



「いや、その……ちょっと恥ずかしいというか……」

「……あっ」



 言われてようやく気付く。


 ──アルレーネ様、女性だった。



「す、すみません! 配慮が足りませんでした!」

「だ、だだ、大丈夫ですよ! できればご一緒したいのですが……あはは」



 アルレーネ様は「後でゆっくりいただきます」と言い残し、精霊たちと一緒にそそくさとログハウスへと帰っていった。


 ううむ、失敗したな。こんなことなら「女湯」も用意しておけばよかった。


 今後、女性の住民が増えるようだったら、検討してみるか。



「お屋形様、早く早く!」



 ヒサシが服をぐいぐいと引っ張る。


 はいはい、ちょっと待って。すぐに用意するから。


 パパッと服を脱いで【神樹カバン】の中に入れ、代わりに【大きめのタオル】を腰に巻く。


 そして……いざ、露天風呂へ!



「……ふぁあああ……」



 湯に浸かった瞬間、体の芯までじんわりと心地よい温もりが広がっていった。


 ふと空を見上げると、夜空に無数の星がきらめいていた。


 周囲に明かりがないためか、宝石のようにキラキラと輝いている。


 これはすごいな。


 澄んだ空気と、綺麗な星空。 


 贅沢すぎる静けさに、思わず頬がゆるんでしまう。


 ようやく完成した露天風呂に、感動もひとしおだ。



「はぁ……これが温泉ですか」



 隣でサラさんが気持ちよさそうなため息を漏らした。



「これは気持が良いですね」

「でしょう?」

「もしや疲労回復の魔法が付与されている?」

「かもしれませんね」



 そう言って、サラさんと一緒に笑う僕。


 そんな僕たちの隣で、ハクとヒサシが幸せそうな声をあげる。


 狼というより、大きなワンちゃんだ。



「気軽に湯に浸かれるのは、実にありがたいぞ、カズマ」

「焼き石を作らなくていいからね」



 毎回、膨大な量のマナを使ってたら大変だからね。


 なんてのんびり話していると、森で採取作業を終えたウッドベアさんとケンタウルスさんが戻ってきた。



「……? お屋形様、それは一体?」



 ケンタウルスさんは露天風呂を見るのは初めてらしく、湯気の立つ湯船を前にぽかんと口を開けていた。


 一方のウッドベアさんはというと、



「おお、これは温泉ではないですか!」



 と、興味津々だった。


 なんでも、自然発生していた天然の温泉に入ったことがあるのだとか。


 そんなウッドベアさんが続く。



「農園に温泉を作るなんて、凄いですね」

「おふたりもご一緒にどうです?」

「良いのですか?」

「もちろん」



 湯船にはまだまだ余裕があるからね。


 大きめに作っておいて正解だった。


 満天の星空の下、沢山のモンスターさんたちと一緒に湯に浸かる。


 なんとも異世界らしい、最高のひとときだ。


 そんな僕たちの周りを水の精霊たちが嬉しそうに舞っていた。

第十六話は明日10時更新です!


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