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第十一話

 露天風呂を造ろうと思い立ったのは一週間程前だ。


 ログハウス内にシャワーはあるけど、日本人としてはお風呂……それも、満天の星空の下で露天風呂を楽しみたい欲望に駆られたのだ。


 サクツチ様の力で疲れ知らずの体になったけれど、やっぱり夜は熱々のお風呂を楽しみたいよね。


 日本での生活に未練はないけれど、お風呂にはこだわりたい。


 というわけで、施設拡張第二弾として露天風呂を造ることにした。


 ヒサシと一緒にログハウスの前を通り過ぎ、釣り堀の方向へと歩いていく。


 青々とした野菜の葉が揺れる畑を抜け、貯蔵庫の前も通過すると、釣り堀が見えてきた。


 露天風呂の建設予定地はこの辺り。


 釣り堀と違って、露天風呂には綺麗な水を循環させる必要がある。


 そうなると、汲んできた水ではなく森の川から引いてきた水を使う必要があるから、なるべく森に近い場所がいいだろうと考えたのだ。


 この近辺は「水区画」という名前にしようかな。



「……ふむ、風呂か」



 唸るような声を出したのはハクだ。


 釣り堀で水浴びをしていたようで、僕たちの姿を見つけてやって来たのだ。



「我らには釣り堀の水で十分だが、カズマはそうもいかんか」

「シャワーがあるけど、湯船に浸かりたくてさ。どうせならハクやヒサシたちも入れるくらいの大きなお風呂にしようと考えているんだよね」

「それは良いな」



 ハクが嬉しそうに尻尾を振る。


 釣り堀の水で十分と言ってたけど、やっぱり興味があるみたい。


 だったら張り切って造らないとね。



「ねぇ、兄上?」



 ヒサシがハクにがそっと尋ねる。



「お屋形様が言ってる『ロテンブロ』って何なのかな? 普通のお風呂と違うの?」

「……」



 口をつぐむハク。


 そして、困ったようにチラチラとこちらへ視線を送ってくる。


 いかにも露天風呂を知ってるような口ぶりだったけど、どうやらハクもよく判っていなかったらしい。


 温泉はこっちの世界にもあるだろうけど、さすがに露天風呂文化はなさそうだからなぁ。



「露天風呂は屋根がないお風呂のことだよ、ヒサシ」

「温泉とは違うの?」

「少し違うかな。露天風呂は屋外に設けられた風呂場のことを指すんだ。綺麗な夜空とか自然の景観を楽しみながら入るのが露天風呂の醍醐味だよ」

「……ほう。自然を楽しみながら湯に浸かる、か」



 ハクが唸るように言う。



「我らにはない、ニンゲン独自の文化だな」

「人間独自っていうか、僕の故郷に根付いた独特の文化だね」

「カズマの故郷の文化か。それは楽しみだ」



 ハクの尻尾がわっさわっさと揺れる。


 期待を膨らませているようだ。



「しかし、カズマよ。風呂を造るとなると『湯脈』が必要ではないか? ステンの森では見たことがないが……?」

「天然の湯を使うのは多分無理だね」



 天然温泉を造るには、熱源が必要になる。


 地下のマグマを熱源とした火山性か、地熱を熱源とした非火山性のどちらかになるけど、農園の近くでそれらしきものを見かけたことはない。



「だから、シンプルに川の水を引いてこようかなって」

「川の水か。そうすると、水を熱する必要があるな」

「うん。問題はそこなんだよね」



 露天風呂を造るにあたり、解決しなくてはならない問題が「どうやって水を温めるか」だった。


 例えば、水路の水をボイラーに送って、そこで熱したお湯を送油管で露天風呂に流す。浴槽から溢れた湯をフィルターにかけ、再びボイラーに送れば循環式にすることも可能だ。


 だけど、ボイラーやヒートポンプみたいなものは製作レシピには存在しない。



「魔法を使ってみてはどうだ?」



 ハクがそんなアイデアを出してくれた。



「五大元素の『火の魔法』を使えば、水を熱することなど容易いぞ」

「なるほど、魔法か。その考えはなかったな。ハクは使えるの?」

「もちろんだ」

「おお、マジか!」



 思わず驚きの声を上げてしまった。


 ハクは普通の狼とは少し違うなと思ってたけど、魔法まで使えるなんて。


 ひょっとすると異世界の動物って、みんな魔法が使えるのかな?


 なにはともあれ、お湯問題も解決できそうなので露天風呂造りをスタートさせることに。


 地面を掘って湯船を作る──の前に、ゴレムたちにお願いして森から水を引いてもらうことにした。


 いつも水汲みをお願いしている川から水路を伸ばして、この農園までつなげるのだ。


 ついでに、湯船の縁に並べる手頃な石も集めてもらおう。


 石が並んでいたほうが、露天風呂って感じが出るからね。



「てなわけで、ゴレムたち集合してくれ!」



 声を張り上げると、すぐにテケテケと四体ゴレムたちが集まってきた。



「まず、2号と3号で川から水路を農園まで引いてほしい」

「ごむっ!(わかった!)」

「あと、できるなら座っても痛くない丸石も探してきて」

「ごむむっ!(任せて!)」



 ポンと胸を叩くゴレム2号と3号。


 二匹は【収納カバン】と【石のツルハシ】、【石のスコップ】を受け取ると、勇ましく農園を出発していった。


 う〜ん。小さい背中が頼もしく見えるなぁ。



「残った1号と5号は、僕と一緒に湯船製作に取り掛かろうか」

「ごむむ~!(おっけ~!)」



 というわけで、ハクたちにも手伝ってもらい、地面に穴を掘っていく。


 掘る穴の直径は五メートルくらい。一般的な露天風呂の倍くらいのサイズで、車二台を並べられるくらいの広さだ。


 これくらいの広さがあればハクたちも余裕で入れるよね。


 穴掘り作業は一時間ほどで完了した。


 スコップで底を平らにしてから【木の板】を敷き詰め、形を整えていく。


 浴槽の側壁部分も【木の壁】を使って補強し、耐久性を高めるために【凝固】スキルを使って完全に固定する。


 これでハクたちが湯に浸かっても壊れることはないだろう。


 かなりの広さの湯船だから【凝固】スキルの使用回数が多いけど、出し渋りせずに使いまくった。


 この三ヶ月の間で潤沢なSPが貯まっているからね。


 お次は湯船から溢れた湯を流すための溝と、排水路造りだ。


 湯船の縁に石を置くスペースを確保した上で周囲に溝を掘り、排水路につなげる。排水路はログハウスに元々あるものと合流させた。



「というか、この排水路ってずっと綺麗なままだよね?」



 森へとつながっている排水溝を眺めながら、ふとそんな疑問が浮かんだ。


 三ヶ月も経っているのに、汚れのひとつもついてない。


 シャワーの排水やキッチンから出る排水もここを通っているはずなんだけど。


「ふむ。汚れを清める『浄化の魔法』がかかっているようだな」



 ふんふんと排水路のニオイをかぎながら、ハクが言う。


 彼いわく、浄化の魔法が長い排水路を通る中で汚水を清らかな水に変化させているのだとか。


 なるほど、これも魔法か。


 排水を森の土に還しても問題ないようにする工夫だろうな。


 多分、サクツチ様がかけてくれたのだろう。


 最後に露天風呂の近くに着替え用の小屋を造ろうと思ったけど、やめた。


 だってほら、農園の住民の中で服を着ているのって僕だけだし。


 着替えは風呂の傍に置いとけば問題ないだろう。


 あとは、湯船の縁に石を設置すれば完成なんだけど──。



「れむれむ~(ただいま~)」



 森からゴレム2号と3号が帰ってきた。


 やけに早いけど、水路は完成したのかな?



「おかえり。随分早かったね?」

「ごむごむ(今、水路の終点になる溜め池を造っているところだよ。すぐに完成すると思う)」



 ゴレム2号が指さした先に視線を送ると、ゴレム3号が凄まじいスピードで作業を進めていた。


 右手のツルハシで岩盤を崩し、左手のスコップで土を書き出していく。


 なんともすごいけど、小さいゴレムがチャカチャカと動いている姿は映像の早回しを見ているみたいで面白い。


 湯船の縁に置く石も、水路製作の際に手に入れたという。


 早速ゴレムたちが肩から下げている【収納カバン】の中を確認してみると、いろいろな石が入っていた。



 花崗岩:地下のマグマが冷却固結した結晶質の石材。硬くて水に強い。

 安山岩:火山岩の一種でマグマが急激に冷えて固まった黒い石材。



 どれも聞いたことがある石材だ。


 硬くて水に強いなら湯船にピッタリだろう。


 わざわざチョイスしてくれたのかな。


 さすがはゴレムだ。



「ありがとう。これで露天風呂が完成しそうだよ」

「ごむごむ!(役に立てて良かった!)」



 2号と3号にはそのまま水路製作を続けてもらい、僕は湯船の周りに石を並べていくことに。


 石は【造形】スキルで少しだけ加工して、まばらな大きさにした。


 綺麗に揃えるより、それっぽいじゃない?



「……よし。見た目はこんな感じでOKかな」



 三十分ほどで、石の設置が完了した。


 改めてでき上がった湯船を眺める。


 縁に並ぶごつごつとした丸石と、湯船を形作る滑らかな木材。


 正反対のふたつの質感が、妙にしっくりと溶け合っている。


 これぞ趣溢れる露天風呂って感じだ。


 これは想像以上の出来かもしれない。


 あとは溜め池から湯船に水路をつなげて、それから──。



「魔法でお湯に変えれば完成だね」



 ちらりとハクを見る。


 僕の視線に気づいたハクは「任せろ」と言いたげに小さく吠えた。



「そこに石をひとつ置くがよい」

「……え? 石?」



 石をどうするんだろう。


 疑問に苛まれつつ、目の前に小さめの【花崗岩】をひとつ置いた。


 するとハクはその石に向かって、何やらブツブツと言い始める。



「精霊の灯よ。闇を焼き払い、我が敵を焦がせ。ルミナス・フラム」



 ハクの顔の入れ墨が赤く輝き出した。


 その輝きは、入れ墨を通じて四肢の末端にまで伝播していく。


 すると、ハクの視線の先、地面に置いた石が激しく燃え上がった。



「うわっ!?」



 思わず身構えてしまった。


 熱波を肌で感じるほど、巨大な火柱が天高く昇る。


 その炎は、やがて石の中に吸い込まれるように消えていった。


 凄まじい熱を凝縮させた石が、真っ赤に輝く。


 それを見て、僕は「あっ」と気づく。



「これって『焼き石』じゃない?」

「その通りだ。これを水の中に入れてみよ」



 焼き石とは、サウナなどで使う熱した石のことだ。


 熱した石に水をかけて蒸気を発生させるものだけど、水が入った風呂桶に焼き石を入れて湯を沸かす海外の伝統風呂もあったよね。


 そうか、焼き石か。


 魔法を使って直接加熱するのかと思ったけど、意外と古典的なやり方だな。


 早速、焼き石を湯船に投入してみる。


 熱々なので火傷しないよう【石のスコップ】を使って。


 焼け石が投げ込まれた瞬間、ブシュッと勢いよく蒸気が立ち上がった。


 もくもくと漂う湯気が、辺りの空気をほんのり温めていく。



「さて、どうだ?」



 期待を胸にブクブクと泡立つ水面をじっと見つめる。


 熱がじんわりと水に伝わっているのがわかる。


 石の色が黒くなると同時に、泡が静かに消えていった。


 これでお湯になったのかな?


 恐る恐る手を入れてみる。



「……どう?」



 ヒサシが尋ねてきた。


 僕は小さく首を横に振る。



「ん~、冷たいままだね」



 多少は水温が上がってる気がしなくもないけど、お湯と呼ぶには程遠い。


 ハクがそっと声をかけてくる。



「もう一度、試してみるか?」

「そうだね。お願いできる?」

「任せよ」



 再びハクが火の魔法で焼き石を作り、湯船に投入する。


 しかし、水温に変化はなかった。



「お、おのれ、矮小な水風情が……っ! がるるるっ!」



 ハクが牙を剥いて湯船に威嚇する。



「森の王たる我に歯向かうなど万死に値するっ! 集まれ、我が一族よ!」



 すぐにわらわらとハク一族が集合する。



「カズマ! 石を我らの足元に置くのだ!」

「わ、わかった」



 僕が【神樹カバン】から石を取り出し、それにハクたちが魔法をかけ、ゴレムが湯船に投入する。


 まるで餅つきみたいな流れ作業だ。


 最初はぎこちない流れだったけど、次第にスムーズに。


 そんなことを二十分ほど続けた結果、ようやく湯船から湯気が昇り始めた。



「わっはっは! どうだカズマ!」



 ハクが勝ち誇った笑い声を上げる。



「見ろ! ついに水が湯になったぞ! 我らの力はすごいであろう!?」

「そ、そうだね。ありがとうみんな」



 だけど──。


 僕は申し訳なさを押し殺しながら、続ける。



「これじゃあ、気軽に露天風呂を楽しめないね」

「……た、確かに」



 くうん、と悲しそうな声を上げるハク。


 頑張ってくれた手前、すごく言いにくいんだけどね。


 ハクはまだ元気そうだけど、ヒサシや他の一族の狼さんたちはマナが切れてしまったのか、ぐったりとしているし。


 露天風呂に入るたび、こんな頑張ってもらうのは心苦しい。


 ううむ。これは別の方法を考えたほうが良さそうだな……。



「と、とりあえず露天風呂を楽しもうか」



 ハクたちにそう申し出た。


 頑張ってくれたし、みんなで仮完成した露天風呂を堪能しようじゃないか。


 服を脱いでから製作で作った【大きめのタオル】を頭に載せ、ハクたちと一緒に湯に浸かる。



「……あはぁ」



 思わずため息のような声が漏れ出してしまった。


 この体になって疲れは全く感じなくなったけど、全身から老廃物が滲み出ていくような感覚があった。



「うむ、良い湯加減であるな」

「ロテンブロ、最高だね、お屋形様……」

「……わふぅ」



 ハクやヒサシ、他の一族の狼さんたちもうっとりとした声を上げる。


 最高にリラックスできているようだ。


 これでヒサシたちのマナも回復するといいな。


 しかし、お湯問題はどうしよう?


 農園の防衛を頑張ってくれている彼らを労うためにも、早めに露天風呂を完成させないとな。


第十二話は明日10時更新です!


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